愛は死なず
「龍、無事か!!」
「愛生こそ……良かった。いつか会えると信じていました」
抱きしめた婚約者の体からはいい匂いがする。少なくとも、血の臭いがしないことにほっとした。どうしてここにいたかの顛末は、後から聞けるだろう。
「これがお前の探してた……いや、本当にすごい美人だな。話半分に聞いてて悪かったよ」
ノアが驚いているのが妙におかしかった。
「それにしても……」
会えたことで少し落ち着いてきた愛生は、周囲を見渡す。
真っ赤に燃える岩が砕け、断末魔の声がそこここであがる。瀕死の冒険者たちを治療できる者もいない。肉の焼けるひどい臭いが辺りに漂い、ぎょっとするような姿になった死体が視界の範囲にいくつも増えていた。
あまりにも簡単に人の命が散っていく様を見て、愛生はため息をついた。状況が優勢だとは、とても言えない。それでも、これは許せなかった。
「おいこら、そこのデカブツ」
『……うむ?』
ドラゴンが鎌首をもたげた。射るような視線が愛生に降り注ぐ。当たり前のように言葉が通じることに驚きながらも、愛生は続けた。
「よくも今まで好き勝手やってくれたな」
『勝手? 振り回されているのはこちらの方だ。いつも図々しい人間たちよ』
「自覚がないとは驚きだ。あんたならちょっと脅して追い払うくらいはできるのに、わざわざ皆殺しにするとは趣味が悪い」
『それは貴様らの判断基準だ。……正義をふりかざすのもそのくらいにして、命乞いの努力でもしたらどうだ』
愛生はそれを聞いて苦笑した。
「それはこっちの台詞だ」
『……小僧、勝ち目があるとでも思っているのか?』
「いくらだってある……とは言えないが、やれるところまでやってやる」
愛生は宣戦布告を済ませた。傍らの龍が、小さく笑った声が聞こえてくる。
『そうか。ならば無駄なあがきを続けよ』
ドラゴンが言った。不自然なまでに大きくなった顎を開くと、そこから再び炎が湧いてくる。
炎に焦がされて辺りの空気すら熱い。戻ろうとしても、炎の壁がそれを遮る。悪夢のような光景だった。
フェムトを組み替えて氷を作ろうとしても、やはりこぼれ落ちていき、勝手に分解されてしまう。最終決戦でも配慮はないようだ。
愛生は残っていた魔石を投げた。水と風が炎をつっきろうとして中に食いこむが、打破するまでには至らない。
場所を変えて何度も仕切り直すが、結果は変わらなかった。
「くそ……!」
失ってしまった切り札の残骸を見て、愛生はなすすべがなくなったことを悟った。至難の業だと分かっていたが、ここまでとっかかりがないとは。
「全く、ろくなことがない!!」
毒づく愛生たちは炎の中に取り残され、ドラゴンの裁定を待つのみの身となっていた。だから、離れたところから二人を見つめ──その時静かにささやかれた老人の声は聞こえない。
「彼らは愚か者か……それとも勇者か。次の一手で、全てが決まる。お手並み拝見といこうか」
セトの言葉が終わると同時に、轟音が鳴った。勝ち誇ったようにのけぞるドラゴンの口から、さらに高熱の炎が放たれる。
それを察して愛生は地に伏せたが、抵抗としてはあまりにも儚い。せめて顔だけは腕で覆ってみせたが、自分でも無駄だとわかっていた。だめだ、受けきれない。
だが、泣いてなどやるものか。最後まで意地を張ってやる。そう決意した愛生は無意識に、拳を握り締めていた。
轟音が駆け抜ける。その音以外は、何も聞こえなくなった。炎の光に目を焼かれるのを恐れ、愛生は目を閉じる。
待っていた。死が訪れるのを。しかし、周囲は妙に静かだ。
状況を確かめようと、愛生はふと目を開けた。瞼が動く。寄っていた眉が元に戻る。眼球が目の前にあるものをとらえている。平気で動ける。それが意味するのは。
「まさか」
それを受け止めるのは、氷で出来た巨大な盾だった。間近でつぶさに見ても、割れ目ひとつない一枚の氷。その氷の向こうで、ぴたりと炎が止まっている。
あまりに異質で、突然現れた武器に、愛生は言葉がない。
「……これはこれは」
「いいものでしょう? 一回使っただけでは、なくならないみたいだし」
振り返った龍が、面白そうに笑った。玩具を手に入れた子供のように純粋な顔に、愛生の気持ちもほぐれる。そう、子供の頃から──常にこうやって助けられてきたのだ。
「その盾、どうしたんだ? 俺も欲しいな」
「遠く別れている間に、色々人に会って……」
龍は意味ありげに微笑む。今度は愛生も、声をあげて笑った。どういう引き合わせか才能か、龍はすでにドラゴンに対する切り札を手に入れていた。
「そうかい。まだ運を使い果たしちゃいないな。……今までの事情はともかく、一緒に戦ってくれるか」
「はい。足を引っ張らないよう、精進します」
頼まれた龍は、にっこりと微笑んだ。
その間にも炎の熱が氷に吸い込まれ、じりじりと抗議するような音をたてる。盾の表面が削られ、氷越しに真っ赤な業火が見えた。盾も決して無敵ではない。そのことを念頭に置きながら、愛生はこまめに立ち位置を変えていった。




