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運命の再会

「なぜだ……」


 泣きそうな顔でそうつぶやいたエルンストを、ドラゴンが見やる。わずかに吠えた巨体の顔が、せせら笑ったように見えた。


「は……ははは……噂の通りじゃないか……」


 エルンストがひたすら、乾いた笑いを漏らしていた。その口は閉ざされることなく、顎が下がって頓狂な顔になっている。仲間の血を、うち捨てた死体を見ても表情ひとつ変えなかった彼が、怒鳴ることもせず本当に怯えていた。しかしその恐怖ゆえの奇矯をからかう余裕がある者は、一人もいなかった。


 いっそ気絶できたらいいのに。そう思うのだが、瞬きをすることしかできない。


「これが……ドラゴン……」


 生きている世界が違う。一言で言うと、そういうことだった。りゅうは久しぶりに、自分が死んで骸になるところを想像し、震えた。




 それは、太古から生きてきた。


 災厄の象徴。生きた化石。呪いの塊。人によって呼び方は様々だ。


 凶悪に尖った口元の牙と爪を持ち、堅牢な鱗で全身が覆われている。


 勝負になど、最初からなりはしない。たいていの生物は出会った瞬間、その目でにらまれただけで己の死を覚悟する。


 威嚇すらしてこない。本気で戦うことなどない。ゆえにドラゴンは、己の身分をありがたいことだと安堵していた。


 しかし今、ドラゴンは憤懣やるかたない様子で下界を睥睨していた。鱗がぴりつき、そわそわと落ち込まない気分になる。


『人間だと……?』


 小さな二足歩行の生き物が、「人間」ということくらいは知っていた。それが何十人も、ぞろぞろとドラゴンの住み処にやってきている。


 気分が沈む。小さな生き物だと我慢することなど不可能、本格的に頭角を現す前に殺しておかなくてはならない。かつて一度、奇妙な一族に狩られかけた経験がドラゴンを慎重にしていた。


 あのときは油断した結果、財宝を失い、住み処を点々とする羽目になったのだ。同じ奴らでないにしても、手抜きをするつもりは毛頭なかった。


 幸い、連中は一様にこちらへ向かっていて、追いかける必要はない。悪くない状況だった。次に巡り会ったら、殺し尽くしてやる。




 ドラゴンの真意は知る術もないが、確かに伝わってくる殺気。今まで見てきた眷属が現れた時とは、比べものにならない威圧感。それを受けるだけで、愛生あいは目眩がした。


「た、助けてくれ!」

「俺たちは別に、あんたに逆らおうなんてつもりは──」


 とっさに命乞いする冒険者たちの言葉を聞いて、ドラゴンはそっけなく頭を振った。


 わずかに頭を巡らせたかと思うと、口を大きく開けて燃える息を吐いた。その口から放たれた最初の息は燃え広がり、鞭のように地面をなめる。


 剣も魔石も役に立たない。炎の直撃を受けて、人間の脂が燃える。あちこちに松明のような塊ができ、その炎をぬって漆黒の獣たちが攻めてくる。


 ドラゴンは器用に前足を使って、さらに起き上がる。岩山が崩れて派手な音が上がり、金色の目に見つめられた冒険者たちから悲鳴があがった。後方の道に逃げ出した何人かが、獣にのど笛を食い破られて倒れ伏す。道に殺到しかけた冒険者たちは、先行者の死体を見てなんとか踏みとどまった。


 なんの気なしにのぞいていたノアたちは、この光景に震え上がっていた。


「おい、あれだけいたのに簡単にやられちまったぞ!」


 逃げることすらできない醜態を見て、ノアたちが頭を抱える。


「どうします? あいつら、罠の邪魔になるかも……」

「でも、どうしようもないだろ。知らん顔してやり過ごすしかないぞ」

「そんな悠長なこと、言ってられるか!!」


 ドラゴンの視線が自分たちから外れた一瞬。ずっとこれを待っていた愛生は、飛び出した。先へ、龍のいるところへ早く。その思いだけが先行している。転がってきた岩を蹴り飛ばし、最短距離を進んだ。


「あのバカ!! 姿隠しの魔法の効果範囲を抜けやがった!!」

「おいノア、どこへ行くんだよ!?」

「お前らはここに残れ!! 今更見捨てられるか!!」


 ノアの走る音が背後から聞こえる。そちらも気になって、愛生の足が鈍る。


 しかし残りの距離は、愛生に気づいた龍が詰めてくれた。我に返った時には、相棒がもう目の前にいる。


 龍は一瞬愛生を見つめたが、すぐに視線を外しドラゴンを見た。


「龍!」

「愛生、受け身をとって!!」


 龍が投げた青い石が、地面に当たって割れる。一瞬光を発した石から、どっと水流があふれ出す。舞い、うねる水は炎の余波をなぎ払い、愛生たちを遠くへ押しやってくれた。


 愛生はしばらく水の中を泳ぎ、不意に地面に押しつけられた。ノアも近くで亀のように地に伏している。


「うえっ」

「大丈夫か!?」


 着地の痛みにあえいでいる暇はない。周囲には、狩りの楽しみに目をぎらつかせた狼型の眷属が近寄ってきている。数が多くないのが、唯一の救いだ。


「ど、どうするんだよこれ!」

「とりあえず片付ける!」


 できることをやるしかない。愛生は龍の付近にいたわずかな眷属を踏みつぶし、今度こそ、目をそらさずに見つめ合う。



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