宝探し屋の誇り
「お姉ちゃん、道を右へ、そこから坂を登って!」
龍は老人と虎子の言葉に従い、指示された方へ走った。言われたとおり坂があってそこを登ると、地面が隆起した高台が見えた。そこは思ったより広く、一時の避難場所として使えそうだ。
安全な場所で、龍はようやく息を吐いた。日が落ちても熱い空気だが、毒をはらんでいないだけありがたい。同じようにして逃げてきた後続が、力を使い果たして地面に突っ伏している。
下の林の中が、薄い青色にけぶっている。それは美しかったが、同時に恐ろしくもあった。空中にまだガスが沈んでいるとしたら、後続は。
龍は隊を数えてみた。間に合わなかった一小隊が、またここで脱落したと分かった。結局、犠牲を出して本隊を守りながら進むという戦法は、何も変わっていないのだ。
龍はため息をつく。その時、誰かがこちらに来る足音がした。
「大丈夫かね」
「助かりました……」
視線の先にはセトが居た。龍は引きつっていた顔が、ようやく元に戻るのを感じる。
「いや、儂も油断した。前に調査しに来たときには、こんな霧はなかったんだがな」
龍の側で、セトはため息をついた。
「しかし、今ので想像以上に石を使っただろう。この先、エルンストと争わず、無事に全員を連れて行けるかは分からないな……」
冒険者たちに聞こえないよう、老人は小さな声でつぶやいた。龍は彼の肩に手を添えて、そっと聞いてみる。
「エルンストは、山に不案内なように見えますが」
「実際そうだ」
素直にうなずいたセトの言い方には容赦がなかった。
「やたらたくさん人を連れてきたのは、いざという時に身代わりにするため、というのはよく分かりました。彼らが居なければ、エルンストの命はなかった」
「だろうな」
誰かが聞いていないか振り返りながら、セトは答えた。
「しかし、そんなことをするために仲間を集めるくらいなら、最初からもう少し詳しい人を雇えば良かったのに」
言外にあいつは間抜けだ、と匂わせたのを聞いて、セトが笑った。
「君も言うね。そういう人間くさいところが見られて嬉しいよ」
「そんな……」
「こういったドラゴンの住み処や、離れ小島に詳しい人間はいる。宝探し屋だ。彼らは遥か昔から宝を求め、財宝を独り占めしたがるドラゴンを追い払おうとしてきたからね」
そう言って遠くを見るセトは、どこか今までと違って……嬉しそうに見えた。龍はどう応答していいか分からず、黙って続きを待つ。
「普段はフラフラしているようにしか見えないが、いまだに彼らは確かな腕を持っている。彼らが居れば、道中の犠牲者はもっと少なかっただろうね」
さっきの目から一転して、セトは恨めしげにエルンストを見やった。
「本当ですか?」
「実際この島だって、もっと登りやすい道があるのさ。眷属が少なかったり、いきなり襲ってくる奴がいないような道が。宝探し屋のような連中に、今まで一度も会わなかったろう? そいつらはそこを通ってるのさ」
「そう言われてみれば確かに……」
「エルンストが取りこぼしているだけだ。全く、腹立たしいよ」
龍はふと先日のことを思い出した。
「仲間集めには熱心だったようですが、宝探し屋には声をかけなかったんでしょうか?」
「かけただろうさ……だが大方、自分の言いたいように言って嫌われたんだろう。宝探し屋は、たとえ鼻薬をかがされたって、はいそうですかと人の言うことを聞くような連中じゃないからな」
セトは言って身繕いを始めた。
「さ、移動するぞ。ここは上から丸見えだ。先に、もう少し安全な洞窟がある」
「伝えるのですか?」
「……奴が気づかなければ、仕方あるまい。他の奴らの命もかかっているからな、つまらん意地は張らんよ」
振り返ったセトはそう言って苦笑した。
それからも仲間の屍を踏み越えながらじりじり進み、ようやくドラゴンの寝床の近くにまで到達した。驚いたことに、ここの地面は今までよりも熱くない。土は硬くならされていて、所々に大きな岩があるものの、沼や毒草といったトラップもなかった。
それが、妙だ。
「なんとか着いたのはいいですが……」
ここまで辿り着いたのは、最初の半数もいない。龍は他愛もない話をしているその生き残りの顔を見て、最後にセトを振り返った。
「……気になるか、お嬢さん」
「はい。この空間はすでに、ドラゴンの支配下のはず。その地の王に続く道が、こんなに無防備だなんて……」
龍は眉根を寄せる。本来なら、一番警備が厳しくてしかる場所だ。このまま進んではダメだ、と本能が告げていた。セトもあからさまに動じてはいなかったが、顔つきは厳しい。
「確かにな。最大の難所にさしかかったとは思えん。……長居はしない方が良さそうだ」
エルンストにもそのくらいはわかるのか、ためらいがちに指示を出していた。そんなに長く歩いたわけではないのに、もう汗をかいている。
熱い風が吹いた瞬間、勢いよく地面が揺れた。岩でさえ、泣くようにきしみをあげている。わずかに生き残っていた獣たちが、鼻面を後方に向けようとして叱りつけられている。




