それは自信か過信か
「伝説の存在を、本気で狩れる気でいるのですか?」
龍は男を歓迎する気にはなれなかった。この男、うさんくさいのはもちろんのこと、なんとなく目つきが気にくわない。何をしでかすか分からない以上、すぐに話に乗る気になれなかった。
「俺は手広くやってる冒険者で、王の依頼も受けたことがあるんだがな。疾風のエルンストの名に聞き覚えはないか?」
「ありませんね、残念ながら」
聞かれてもないのに自己アピールをしてくる男は好きではないため、龍はあっさりと答えた。
「そうか、それは残念。俺はすでに、大量の装備と仲間を用意したぜ」
続きをせがまない龍に鼻を鳴らしはしたが、エルンストはぼろぼろと事情を喋ってくれる。龍の気持ちはとっくに冷えていたが、そのまま大人しく聞いていた。
「用意は万全だと?」
「そうだ。それに、ドラゴンは一度討伐されている。大昔の話だがな」
氷の一族のことだ、と龍は一瞬身構えた。しかしどこまで知っているか聞き出したところ、龍よりもざっくりした知識しかなかったので安心する。
落ち着け。変に口を滑らせて、スルニたちに迷惑がかかるようなことがあってはならない。
「あなたにもそれが出来ると?」
龍は苦笑しながら言った。
「ああ。あんたはその助けになりそうだ。だから誘ってる。見てれば分かるが、たいていの連中はあんたより下だよ」
それ以外にも暗に期待されていることがありそうだったが、龍はそれに気づかないふりをした。
「集まるのですか? こんな危険な任務に?」
「見てろ。少なくとも、百の単位では集まるはずだ」
龍は思考を巡らせた結果、その言葉を本気にしなかった。こんなところまで来る物好きがそんなにいるはずがない。集まってもせいぜい数人だろう、と。
しかし悔しいことに、エルンストの見立ては正しかった。数日経つと、ぞろぞろと冒険者たちが集まってきた。自信たっぷりの者も、逆に媚びへつらう者もいたが、エルンストはそのどちらも簡単に仲間に加え、保護を約束していた。非力そうな老人もいたのに、本当に大丈夫だろうか。
その対価として、彼は物資を要求する。どこから見つけてくるのか、宿には冒険者たちによって続々と必要な物資が運び込まれていく。それを精査するのは、エルンストの仕事だった。
「物資はこれで十分だな。人は多すぎだが、仕方ない。少ないよりましだ」
統率の取れない隊を持て余すくらいなら置いていけばいいのに、と龍は思った。しかしエルンストは問答無用で決めている様子だったので、口をつぐむ。
「どうした? ついてくる気になったか?」
談笑していたエルンストが、たたずむ龍に気づいて会話を止めた。
「はい。一つ条件をのんでくださるなら、ですが」
話に巻き込まれつつあるのを、龍は感じていた。それならただ時が過ぎるのを待つだけではなく、自分から飛び込んで有利な条件をもぎ取った方がいい。
背筋を伸ばした龍を見て、エルンストは目を細める。
「条件による。言ってみろ」
「私の連れと合流したら、彼も討伐隊に加えてほしいのです。いかがでしょう」
わずかに首をかしげた龍にちらっと視線をやってから、エルンストは笑った。
「いいだろう」
エルンストは低い声で言った。しかしその顔には、世間知らずのお嬢さんを騙してやった、と浮かれている様子が出ている。言わせておけばいい。うまくいったと思わせておけばいい。愛生に出会えたら、機を見て脱出してみせる。
「おあいにく様。騙されたのは貴方の方」
龍は誰にも聞こえないような声でつぶやいた。
翌朝、日が出始めてすぐ、冒険者たちは宿を出た。船に乗って島に向かうと、二時間ほどで着く。確かに近い。住人たちが逃げ出すわけだ。
島の入り江に船を止め、砂浜から上陸する。
ドラゴンは島にある山の上に住まうため、登っていかなければならないという。標高は富士山より少し低いくらい。想像を絶するほど高いわけではないし、荷を預けられる馬や牛のような騎獣を連れた者もいるが、それでも簡単ではない。
土を覆うようにどっさり雑草が生い茂り、木々が連なって見通しを遮る。龍はその向こうに目をこらした。
「……さすがにこの辺りはまだ、普通の森ですね。人の姿はありませんが」
「そうでもないみたいよ、お姉ちゃん」
虎子が指示した方角を見て、龍は思わず声をあげた。
「これは……」
茂っている草木ならなんということはない光景だが、それが全て根元から動いている。不用意に近付いた一人が、蔓でしたたかに顔を打たれ、わずかに怖じ気づいた顔を見せた。
それに気づいたエルンストが言う。
「大丈夫だ。ドラゴンの住み処にいる植物は、眷属の魔力で変質することがある。この程度でうろたえるな」
エルンストは上から下に、滑らせるようにして剣で蔓を切る。そうやって不気味にうごめく植物を打ち倒しながら、しゃにむにエルンストは前に進んだ。
彼の剣の腕が相当なものなのは、龍から見てもすぐにわかる。太い蔓がいくつも根元から切断され、蛇のように地面をのたうった。
「大したもんだ」
「隊長がついてるなら安心だな」




