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ドラゴンに追われる男

「終わった……」


 声を出してしまった。血の気が引いた顔に今更手を当てても遅い。


 後ろを向いていたドラゴンが、その巨木のような首を動かし、ゆっくりとこちらを向きかけた。背中の盛り上がった筋肉が動き、どんな獣のものとも似ていない低い唸り声が、ドラゴンの口から漏れる。


 下降してくる。そしてその瞬間、愛生あいは悲鳴もあげられず焼かれる。そんな嫌な未来予知が、一瞬愛生の頭をよぎった。


 愛生はその予知が現実になる前に、近くの崖から体を宙に躍らせた。叩き落とそうとしてくるドラゴンの尾から、間一髪で逃れる。


 ここは山頂のようだ。眼下には焼かれて墨になった木が不気味に絡み合い、岩がそこここに転がる不毛の大地が広がっている。うまく柔らかい地面に落ちれば良し、尖った岩か木に刺さればそこで終わり。愛生は頭を腕で庇い、運を天に任せることにした。




 衝撃から目覚めた愛生は顔を上げた。頭上には樹木の類いはなく、奇妙に崩れたり焦げ跡が残った岩が見えるだけだ。さっきまでいた山頂は、遥か遠くに霞んで見えている。


 手で周囲を探る。運良く、泥の沼に落ちたようだ。しかし今度は足をとられて動くに動けない。泥は中途半端にゆだって生ぬるく、不快きわまりない。一転していくら腹を立てても、ため息をつくしかできることがない有様だった。


「誰かいないのか? おーい」


 同じようにここで迷って、隠れている人間はいないだろうか。一縷の望みをかけて、周囲を取り巻く岩に向かって叫んでみた。


「おーい、りゅう? いたら返事してくれ」


 わずかな可能性にかけて、相棒の名を呼ぶ。すると次の瞬間、いきなり躍り出てきた誰かに襟首をつかまれ、愛生は沼から引き上げられた。


「逃げるぞ!!」

「いや、何から!? てか誰か知らんが、助けてくれてありがとう!?」


 愛生を助けた相手──若い男らしい──は振り返る。不満と混乱と感謝をあらわにする愛生の頭を、固い表情の男が小突いた。


「奴らが来る。生き延びたかったら、俺についてこい!!」


 そう言って、何かに気づいた様子の男は走り出す。今度は、彼は振り返らなかった。そのまま転がるようにして、坂道を下る。愛生も泥で固まった足を引きずりながら、名前も知らない男の後に続いた。


 泥のついた重い足で、走り抜けるのは骨が折れた。装飾物を投げるようにして外し、痛みをかみ殺しても限界がくる。


 少し止まってしまおうかと思った時、背後からおうおうと、泣くような声が聞こえてきた。振り向くと、鬼火のように空中で赤い炎が燃えていた。驚いたことに炎の中には一つ目が浮かんでおり、視線をこちらに向けてくる。


 自分の目が信じられなくなるが、これは事実だ。取り残されたらどうなるか、考えたくもなかった。悲鳴を押し殺して無理にでも足を動かし、愛生は男を追った。


 男は愛生のことはあまり気にしていないようだ。草木の一本も生えていない道を、こけつまろびつひた走る。岩の間から注ぐ太陽の光が、男の横顔を時々照らした。やはり、見覚えのない顔だ。


 そもそも、この男は何者だ? どうしてここにいて、なぜ守ってくれた? 


「うわっ!」


 考え事をしていた愛生は、道を逸れかけてたたらを踏む。道は急な斜面になっていて、その上ところどころが裂けている。ひとつ足を踏み外したらそのまま崖の下まで転がっていきそうだ。


「転ぶなよ、兄貴」

「暗示になるからそういうことを言うんじゃない、弟」


 頭を振って思考を切り替え、なんとか愛生は転ぶことなく降りきった。近くの岩に縋るようにして、体勢を立て直す。


 一難去ったと思ったら、奇声をあげる巨大な猿が襲いかかってきた。最初に相対した巨大猿と似た顔をしていたが、こちらは愛生の身長の半分くらいの大きさである。顔や体毛は真っ白で、腹だけが血を浴びたように赤い。


 愛生はとっさに側に居た男を突き飛ばし、猿の前に立ちはだかる。


「こっちは逃げてるだろ、見えないのかバカ猿!!」


 空を切って飛んでくる猿の体に拳を打ち込む。構えもろくに取れなかったが、猿は赤い腹を見せながら吹き飛び、後ろの岩に当たってけたたましい音をたてた。もう一発、と愛生は猿をつかむ。


「ん?」


 何かが焦げる臭いがして、愛生は拳を見つめた。手袋が焼けて、下の皮膚がわずかに赤くなっている。しばらくしたら水ぶくれになりそうな火傷だ。


「なんだこれ!?」


 愛生はあわてて手を離した。その様子を見て、男が振り返る。


「それくらいのこと気にするな! すぐ新手がくるぞ!!」

「それくらいって」

「絶対に足を止めるな、素人め!!」


 男の口ぶりは冗談とは思えなかったので、それから三十分ほど、愛生は走り続けた。ただひたすらに逃げ、いつの間にか周囲に木々が見えるところまで山を駆け降りた、と気づいたところで、ようやく男が止まる。


「追ってきてないか?」

「……いや、まいた。しばらくは安全だろう」


 男の言う通り、つけてきている気配はない。愛生の目にも、鋭く尖った山頂と険しい道が見えるだけだ。一応京けいにも聞いたが、周囲に動くものはないとのことだった。

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