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それでも諦めない

 来る、ことは気配で分かった。それでも走り寄る彼女に銃弾を当てられない。


「もう一度やっても同じ事だ!」


 彼女の手にあるのは研ぎ澄まされたメス、それに相手の動きを封じるであろう注射器。


 体を落として、致命的になりそうな注射はぎりぎり回避した。だが、メスがりゅうの脇腹を切った。浅い傷だが、じわりと血がにじむ。


「外したか」


 不満をあらわにクララが言う。ずっとここまで戦ってきた相手にはなかった威圧感を、龍は感じ取っていた。


 強い。本当なら、決して一対一で闘ってはならない相手だ。追いかけない方が、という女の指摘は正しい。炎のトラップはあの女には効かないだろうし、奇襲が有効なのは一度までだ。


 龍は肩で息をする。相手を罵りたいが、その体力も惜しかった。少なくとも、クララは痛痒を感じていない様子だ。龍は必死だったが、このままではやられる。


「距離をとりたければ、そうすればいい。こちらには、その時のための『矢』もとってある」


 龍は背後を振り返った。次の瞬間、燃えて灰になったはずの化け物が、その首だけで龍めがけて飛んできた。逃げ場は背後の窓しかない。龍は後ろの窓をワイヤー弾で破って、そのまま外に飛び出した。


 窓を割って飛び出しても、何かがついてくる。焼け落ちて恐ろしい形相になった首が、さっきと同じように龍を追いかけてきた。


「そいつの息はもう切れている。安心して餌を食え」


 自慢そうに言うクララの声も続く。龍は空中に視線をやった。


虎子とらこ、この周辺に川は。そこに何か反応はない?」

「誘導する。お姉ちゃん、急いで!」


 先を急ぐ龍の目に、屋敷と外界を隔てる壁が見えてきた。銃弾で亀裂を入れ、そこを思い切り蹴り破る。目の前に、細く流れる川があった。ここは支流らしい。


「もっと奥の方──川の本流の方角に、反応あり!」


 虎子が指示した場所は、少し距離があった。龍は見つけた支流に縋るようにして、ひたすら川をたどっていく。汗をぬぐって先を急ぐと、たっぷりした水の流れが見えてきた。


 その中に、白いものがある。しかしそこに行き着く前に、化け物とクララが追いついてくる。困ったことに周囲には何も遮るものがなく、彼女らは予想より足が速かった。


 隠れる前に、化け物が逃げる龍をとらえた。


「思ったより粘ったな。意味のない抵抗だったが」


 クララの声が響く中、龍の足に化け物が食いついた。その歯は屈強で、痛みをこらえてやみくもに打ち、引きずり下ろそうとしてもなかなか外れない。自分の足から血が流れるのを、龍は触覚で感じ取った。


 思い切って、持っていた銃の引き金を引く。銃口は、水面に向いていた。


「ぐっ……」


 体の痛みはますます強くなる。こんなところでゲームオーバーにはなれない。確証はないが、ともかくこれに賭けるしかない。もう一度、龍は水の中めがけて銃弾を撃ち込んだ。冷たい水の中に吸い込まれた銃弾は、一瞬花火のように弾けた後、たちまち流れのなかに消えていく。


 そこにいるなら、気付いて。流れに遮られないことを祈りながら、龍は痛みで手の感覚がなくなるまで銃を撃ち続けた。


「何を探しているかと思えば、酔狂な真似を」


 音もなく忍び寄ってきていたクララの蹴りが、龍の銃に当たった。衝撃と振動が伝わってきて、龍は銃をとり落とす。


「長い戦いだったけど、そろそろ決めようか。どちらが正しいのか」


 その言葉に、龍は曖昧に笑ってみせた。


「さっきのは何かの策か? とてもそうは見えないが。危ないから、せいぜい気をつけて拾えばいいさ」


 クララはそれくらいは待ってやる、という。さっきの怯えた表情は消えていた。──まだ、川の異変には気づいていない。


 ごぼごぼ、と川の中から異音がする。早く。一刻も早く。龍はじりじりと、その音が近付いてくるのを待った。


「事態が分かっていないのはあなたの方。わざわざ銃を手放した理由はこれですよ」


 音が一番大きくなったところで、龍は川に向かって手を伸ばす。水中から何かが飛んできて、龍の片腕にしっかりしがみついた。龍はそれで、足の化け物を吹き飛ばす。


「なっ!」


 それが何か理解したクララが、驚きの声をあげる。だが、思い直したようにドラゴンの鱗を構え、急いで炎の矢を放った。


 しかし、遅い。着弾ギリギリのタイミングで、龍の片腕についた氷の盾が、クララの攻撃を真っ向から受け止めていた。炎の槍が、盾に食いこんでじゅうじゅうと音をたてる。氷に押されて、炎の勢いは嘘のように小さくなっていった。


 これこそが、隠遁の一族最大の力。危険極まりない炎の化身である、ドラゴンの力に唯一対抗できる至宝。


「そこにいたのか、氷の一族!」


 龍が打ち込んださっきの銃弾は、川の一部を凍らせ、その中に潜んでいた一族への合図だったのだ。一か八かだったが、脅威に敏感な一族は龍に気づき、助けに来てくれた。


 それを理解したクララが唖然とした表情になる。事情はさっきまでと、全く変わってしまった。盾を構えるが、一人孤立したクララの背後に鋭い氷の槍が回り込む。

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