惨めな告白
「ははは」
しかしその内側には、ひたすら押し込められ潜んでいた暗い闇がある。
「だからどうだというんだ。あんな連中に頭を下げて頼むより、よっぽどマシだ」
クララは勝手な物言いをやめようとしない。
「それに面白かったぞ。作物がなく煮炊きも満足にできず、見られる危険があるから狩りをすることもできない。全てを捨てて滅びを待つだけの連中を見るのは」
龍はクララの言っていることが、全く分からなかった。
「まさか、あの連中に同情しているとでも思っていたのか? もうじき死ぬと分かっているのに、それでももがく哀れな蟲に」
ひるむどころか、堂々とクララは言った。しかも、信じがたいことに頭を少しのけぞらせて──笑っている。気味の悪い、蛭のような笑みだった。倒さなければ、と龍は決意する。
龍の弾丸は、細かく性状を変えられる。武器一つで、十や二十の役割を代替することも可能だった。今回は、盾の突破を願ってマシンガンタイプを洗濯する。
しかし龍が前に突進し、攻撃すればするほど、クララの持つ盾は硬く、頑丈になっていった。弾が刺さるものの、貫通する気配がない。
マシンガンの射撃を受けているというのに、クララは下がるどころか逆に距離をつめてくる。龍の背中が、とうとう山肌についてしまった。
「ドラゴンの鱗……」
これだけ龍を圧倒する盾のその素材が何か、困惑する声で虎子が伝えてくる。
業火を煮詰めたような、赤々とした大きな鱗。遠くで見るだけで威圧される。こんな鱗を持つ生物がいるとは、にわかには信じられなかった。
「そうだ。私はドラゴンの眷属でもある。人間に似せて作ったが、あまりに人に寄りすぎた。わずかに皮膚を変形させる変身能力しか持っていなかったのだ。それで要らぬと言われ、餞別にこの鱗だけを下されたというわけだ」
「そう。別にあなたは、人間界での地位や名誉が欲しかったわけじゃない。成功したいとは思っていたけど、自分を曲げてやるほど大事なことじゃなかった」
龍にも、彼女の言いたいことが分かってきた。
「自分より惨めで、自分より誰かに這いつくばらなければ生きていけない誰かが欲しかった。それがないと、捨てられて空っぽのあなたは干上がってしまう。生きている意味を失ってしまう。そういうことでしょうか?」
口にしたくもない卑劣な思考だったが、堰を切ったように言葉が出てくる。こんな風に言葉をまき散らすことは長らくなかった。龍の中で、怒りの炎が燃え上がった。目の前で口元を歪めた女の、全てが憎い。
「傲慢にも程があります」
「効率的と言うんだな。誰かを越えようとするより、誰かを蹴落とす方が遥かに簡単なのだから。……それにしても、あの里がなくなってしまったのは実に残念だった。私以外の、どの眷属がかぎつけたのやら」
確かにそうだ。不安を抱えて上を目指すより、下の邪魔をする方が方法としては確かにたやすい。
「お前も私の手伝いをするか?」
──だが、龍にはそれが気にくわない。少なくとも、いいなりになんて絶対にならない。
龍はそれ以上しゃべる前に、弾丸を放った。ここにいたら、歪んだ感情に触れ続けることになって気分が悪い。
しかし抵抗の証として放った弾丸は、クララの盾にあっさり弾かれた。龍は怒りの籠もった手を、渋々下げる。ドラゴンの鱗の、盾としての守りは盤石だ。……今のところ。
「お前の弾ごときでは抜けない。しかし、私の正体に気づかれたからには、必ず始末する必要がある」
それを見たクララは冷たく言った。
「抜けないかなんて、分からないと思うけれど」
「利口な回答じゃないな」
鱗から蛇のように炎が伸び、それが追ってきた。それに押されるようにして、龍は森の中の細い道を走る。いや、走らされている。
炎から逃れた先は、クララの屋敷だ。さらに大型の妖獣がいるかもしれない、敵の本拠地に追い詰められようとしている。しかし、分かっていても炎は左右上下どこからともなく現れて、逃れる道が無かった。
危険を承知で、あえてクララに接近してみようか。
しかし、龍は考え直した。愛生の助けはないのだ。一人であの厚い装甲を抜かなくてはならない。
刃物か。銃弾か。しかし、あの鱗を貫通できる武器を作れたとしても、その重量と威力で龍の腕が潰れてしまう。──いずれにしても、このままでは手に負えない。
もうかなりクララの屋敷が近付いてきた。すでに細かい傷は数えられないほどつけられている。地の利はクララにあるが、それでも諦めたくない。屋敷に利用できるものがあることを、祈るしかなかった。
急いで庭を突っ切る。罠で炎が止まるかと思ったが、炎は大きなトラバサミやギロチンをも貫通して向かってきた。ゴミが溢れる居心地の悪い空間を、龍は走り回る。
「どこも安全ではないけれど……」
何か使えるものが埋もれていないか。そうやってゴミ山に気を取られているうちに、炎に見つかった。こちらに殴りかかるように、大きくうねって炎がやってくる。




