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クララの研究

「クールなところも素敵です」


 何故か笑うベルトランは放って置いて、りゅうはクララに向き合った。何をすべきかは、もう考えてある。


「お前がこいつの主人か」

「主人ではありませんが……まあ、同志的な存在でしょうか」

「立派でしょう、素晴らしいでしょう。この方になら話す気になりませんか」


 横に下がって余裕が出来たベルトランがうるさい。


「どうだか。格好だけ立派な奴など、掃いて捨てるほどいる」


 クララは龍をねめつけた後、苦笑した。


「私は忙しい。帰れ」

「待ってくれ、話を聞いてくれ!!」


 ベルトランも顔を赤くして怒鳴るが、クララは意に介した様子がない。


「小物に興味はない、お前はどけ」


 いきなり踏み込み、細身のナイフで切りつけられて、ベルトランが悲鳴をあげた。


 その場で足が止まっている彼の後ろに、龍は回り込む。疾走してきたクララが、にわかに参戦してきた龍に一瞬顔をしかめた。


 龍はそのわずかな間に撃つ。もちろん実弾ではなく、量を絞った麻酔弾だ。


「……っ」


 弾はクララの足に命中した。これでしばらく、立ち回りは無理だ。龍はおろか、ベルトランすら殺せないだろう。


「……格好だけは立派と言ったことは、謝罪しよう」


 彼女は小さな声でつぶやく。負けを認めた様子だが、憮然とした表情を崩さない。何かを語ろうとする様子もない。


「ほら、無駄だって言ったでしょう。こういう女なんですよ」


 ふてくされているような彼女を見て、ベルトランは吐き捨てる。しかし龍は、深々と頭を下げた。権力も腕力もダメとなれば、あとは情に訴えるしかない。取り繕っても仕方無いのだ。


「お願いします。協力していただけませんか。里ひとつが丸々消えてしまった大事件なんです」


 龍が必死に頼み込むと、クララはわずかに目をそらした。


「……それは知っている」


 感情が露わになりかけている。そう見た龍はさらに歩を進めた。


「まあ平凡な言葉だが、ご愁傷様というところだ」


 しかしクララは再び、そっけない様子に戻ってしまった。だが、いつまでも居座られるのも迷惑だと思ったのか、さらに口を開く。


「私は誰も見ていない。それだけは確実だ」


 クララは龍の意図をはかるように冷たい目で見つめてきた。それでも食い下がろうとする気配をかぎとったのか、彼女はもう一度繰り返す。


「ここを通り抜けた者などいなかった。……これを聞くくらいの耳はあるだろう」

「今まではそうなのですね、分かりました。これから怪しげな人物を見かけたら連絡をいただけますか?」

「お前、意外としつこいな。それに無茶を言う」


 クララは舌打ちをした。


「里が消えたと騒ぐが、今日行ってみたらロンクの街は無事だったぞ。お前が間違った情報をつかまされただけではないのか」

「消えたのはロンクの側にあった、別の里です。氷の谷の奥にあって──」

「なんだと?」


 さらに言葉を続けようとする龍を、クララが遮った。彼女は揺れながらもなんとか立ち上がる。


「氷の谷の最深部に人だと……まさか」


 クララは真剣な顔でつぶやく。


「何があったんでしょうか」


 ベルトランがささやいてくるが、龍にだってわかりはしない。ただ、態度の豹変が妙だとは思う。


「わかった。お前の話に乗ろう」


 クララは腰に手をかけ、偉そうなポーズのまま言う。


「もちろん、報酬はもらうぞ」

「それくらいはお安いご用です。この人が」

「しれっと丸投げしてくる貴方も素敵です」


 ベルトランは諦めの表情でつぶやいた。クララが視線を龍に向けて、かすかに微笑む。


「その度胸は横の男も見習うべきだな。……お前、氷の里がなぜ滅びたか、知りたくないか?」


 龍は自分の頬に朱がのぼるのを感じた。


「知りたい。いいえ、知らなければならないことです」

「ならば教えよう。来い」


 短く言ってから、クララは踵を返す。龍たちもそれを追った。


 クララの家の扉は、街のどの家よりも分厚かった。大層な構えだ、と龍はわずかに眉を寄せる。


「実験動物が街に繰り出しては、お前たちが困るだろう。中には毒や牙を持った奴もいる」


 それを読み取ったようにクララが言い、龍たちに中を指し示す。龍が先に立って、ゆっくりと扉の中に入った。こもった空気が押し寄せてきて、ベルトランが咳払いをする。


「確かに、配慮はされていますね」


 窓は鉄の雨戸のようなもので締め切られているし、廊下の途中にも鋼の扉があって途中で区切れるようになっている。動物の逃走を防ぐ仕組みだった。この分では、緊急脱出用の隠し通路まで完備してあるかもしれない。そのことを聞くと、クララは薄く笑っただけだった。


「ここは……」

「飼育室だ。私はここにいる動物を使って、各種実験を行っている」


 招き入れられた室内はひんやりと涼しい。部屋の一つがガラス張りになっていて、死んだように動かない大きなトカゲがその内側で寝そべっていた。


「……中に入って最初に案内された部屋が、これとは」


 ベルトランが長く息を吐く音が聞こえてきた。

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