悲惨な遺体
三十分ほどして、無事に警官と遺体があがってくる。多くの警官と軍が、ほっとしたような顔になった。
「助かった……」
「いざという時の備えくらいはしておいてください。間抜けですね」
冷たく言った龍に、若い警官は憮然とした顔になった。
「そんなことを言うなら、なんで助けた」
「……絶対に、この子だけは谷に落としたくなかったので」
咎める警官に、龍は小声でそう言うのが精一杯だった。外面を取り繕う余裕が、本当になかったのだ。
警官が抱き上げた遺体はサレンだった。別れた時と同じボロボロのワンピースを身につけ、白い肌はいっそう白い。ただし、眼下には瞳が無く、暗い洞がぽっかりとあいている。
龍はそれを遠目で見ることしかできなかった。
「あんた、すごかったな。……同僚の命を助けてくれて、ありがとう」
まだむっとしている若い警官をよそに、他の者が気を遣ってくれた。公にお褒めの言葉はなかったが、現場検証が終わった後にサレンと面会させてくれるという。ぶっきらぼうではあったが、その対応に龍の気持ちも少し和らいだ。
しばらく入れ替わり立ち替わり人が来て遺体を検分し、誰からともなく去っていく。その後に抱かせてもらったサレンの体は、びっくりするくらい軽かった。龍はのろのろとサレンの額を撫でる。
瞼はすでに下ろされていた。勝ち気そうな目は、閉じられているとスルニのそれによく似ている。姉がいなくなって、スルニは悲しんでいるだろうか。それとももう、子の世にいないのだろうか。
この姉妹は、何を欲しがっていたわけでもなかった。ただ妹と一緒に、ここで笑って生活していただけだった。
それなのに、彼女の体からは死臭がしている。
龍は目を瞑った。これはゲームで、彼女は実際にはいなくて、仕方がないと分かっていても、問わずにはいられない。
──この子が何をしたっていうんですか。
サレンの検死結果が出たのは、それからかなり経って夕方のことだった。また病院に集まった面々は、三方から医師を囲むようにして座っている。
「亡骸は、龍さんが言っていた墓の近くに埋めてもらうことになりました。勝手に墓の近くを少し掘ることになりますが、祖先の方も許してくれるでしょう」
龍は小さくうなずいた。サレンの弔いの話はそれで終わり、いよいよ事件の話に入っていく。医師が資料を配る間、しきりに低いささやきが交わされていた。
「他殺なのは間違いないな」
「ですね。目についた外傷はなさそうでしたが……」
資料が行き渡ると、痛々しい顔で医師は言い放った。
「まず、皆にこれを伝えなければならん。この死体は他殺だ──心臓が、焼き切れている」
途端に、室内が静まりかえった。
「馬鹿な」
沈黙が破れると、雰囲気が変わる。室内は一気にやかましくなった。賑やかな室内を、龍はただ呆然と眺める。
「冗談でしょう?」
「くだらん。おとぎ話じゃあるまいし」
「誰がそんな冗談を言うものか」
最初は相手にしなかった者も、医師の圧に押されて徐々に口をつぐみ始める。
「え、でも……皮膚は綺麗なものですよね?」
ベルトランがおそるおそる聞いた。
「どうしてそんなことを……」
「知らん。犯人に聞け。焼けているのは心臓だけではなく、周辺臓器もだ。口の中にも火傷の跡がある。それは喉の中まで続いていることから、今回の凶器は口腔内から侵入し、胃へ落ちる前に高熱を発して心臓を焼き尽くしたと思われる」
険しい顔のまま医師が伝える。一旦落ち着いていた室内が、またわき上がった。
「それを皆に伝えろと言うのですか!?」
「そもそもそんなもの、あるのか。使う方も安全には扱えないだろう」
「こんな見解が広まれば、ここの権威も失墜します」
「どうとでも言え。私は自分の鑑定に嘘はつけん」
笑みをなくした顔のまま、医師はそう言い捨てて席を立ってしまった。真面目な学者や医者たちはこれに怒り、資料を見ながら議論を始めている。龍とベルトランが口を挟む間などなかった。結局、悪戯を咎められそうな子供のように、そろそろとその場を辞したのだった。
「あちらの検証は、専門家に任せましょう。いくら細かい理屈を聞いても、理解できません」
「そうですね」
龍はうなずいた。他に死亡した者が見つからない限り、あちらに行くことはもうないだろう。
ベルトランが先頭に立って、とぼとぼと馬を走らせる。龍はひとりつぶやいた。
「里が全滅じゃ、様子を聞くこともできませんね。せめて谷に入っていく人物の姿形を、誰かが見ていたら……」
その思いつきで、集まっている人に話を聞いてみた。しかし龍が滞在している街の人々は、怯えているか、神経が麻痺して腑抜けのようになってしまっているか、見て見ぬふりをしているかだった。とても捜査の助けにはならない。
龍はベルトランに聞いてみた。
「この村とあの山奥の中間点に、誰か住んでいないのですか?」




