小さな訪問者
「そうですか……最近、私以外の者がここに来て、あれこれ聞いていったりなど、しませんでしたか? もしくは誰かが、人の痕跡を見つけたとか」
長にも言えず、こっそり処理していたのなら教えてほしい。礼はする。龍はそう言ったが、大人たちはそろって首を横に振った。
「そうですか……」
「ずいぶん熱心に探すな。境界の向こうの街で何かあったのか?」
「私の探している人とは、また別件なのですが……」
長に問われて、龍はありのままを話した。街が強盗によって荒らされ、死人まで出ていることを聞くと、彼は心配そうに顔をしかめる。
「余計な真似をする連中だ。こちらの山狩りでもされたら、どうしてくれる」
龍は長に視線を投げる。嘘をついている様子はなかった。
「見聞きした情報もない。すまんが、力にはなれんな」
長はそう言ってかすかに笑った。
「孤独には慣れた。外にはもう期待せん。だから、あんたらもわしらを放っておいてくれ」
長の言葉は投げやりだった。しかし、龍はそれを咎める気にはなれない。誰にも認めてもらえない、誰も隣にいてくれない辛さが、ひしひしと伝わってきたからだ。
龍は礼をして後ろに膝でいざってから、立ち上がった。
「……ごめんなさい、私はもう帰ります」
名残惜しくはあったが、龍は深追いすることなくその場を立ち去った。
冷え込みがいっそうきつく感じる。日が落ちてきたせいもあるが、それだけのせいでないのは分かっていた。遥か昔から続く、あの里の人々の窮状が心から離れなかった。今まで自分が裕福な生活をしてきたということが、龍の心に罪悪感を植え付けている。
「なにか、助けになれればいいのですが……」
口だけの慰めでなく、何かしたい。しかし、現実世界でならいくらでも方法が思いつくのに、こちらでは全てダメになってしまう。ゲームマスターに成り代われないのが歯がゆかった。
「それにしても、賊も愛生もいませんでしたね……」
「近くに反応はなかったよ。あのおじいさんの言ってたこと、嘘じゃないと思う」
虎子の声が重く響いてくる。
ベルトランにはひとり帰ってもらって、今夜はこの周囲を捜索するか。龍がそう思った時、声が聞こえてくる。龍はとっさに身構えた。
「たーすけてー……」
氷の谷の入り口で、ベルトランが引っかかって抜け出せなくなっていた。大の男が泣きそうな顔で龍を見つめている。
龍は辛そうな彼をしばらく放っておいた。止めたのに、ひらひらしたマントなんか着てくるからだ。
「助けて下さい!」
ベルトランは必死に、龍の足首をつかんでくる。それを見やって、一気に肩の力が抜けた。
「次から次へと問題を持ってきて……あなたには、貸しが増えるばかりですね」
「すみません……」
龍は苦笑し、ベルトランのマントを外してやった。彼は大儀そうにマントを始末し、龍に礼を言う。
「それにしてもあなたにしては冷たい仕打ち……ずいぶんご機嫌斜めですね。賊でもいましたか?」
「いいえ」
龍は首を横に振った。
「なんですかあ。教えて下さいよ」
「だめです」
目を輝かせて言うベルトランを、龍はいなした。
「あ、イヤリングを片方なくしたから?」
「つねりますよ」
今のところ、詳しい話はしないほうが賢明だろう。
ベルトランはもしかしたら、味方になってくれるかもしれない。しかし、街の者と一緒に彼女らを迫害していた可能性もあった。街を愛するからこそ、その感情が違う方向に向いてしまうこともありうる。
様子を見て、見所があれば話してやってもいい。こんな時に、愛生がいてくれたらよかったのだが。
「戻りましょう。明日もお弁当をお願いしないといけませんから」
それから龍はしばらく、山や村を歩きながら調べ物をした。時には客が来ないので暇を持て余した宿の子供と遊んだり、簡単なお使いをしたりすることもある。しかしベルトランの目があって、またあの山に行くことはできなかった。
身分の高い者も低い者も、正体のしれない強盗に怯えている。苦しい胸の内を語る者もいれば、強がって胸を張る者もいた。宿泊客も噂を聞きつけたのか、減り続けていた。
あの派手な宿無し女性も、全く姿を見せなかった。強いように見えて、不安だったのかもしれない。それもおかしなことではなかった。
今日も有意義な情報はなかった。龍は宿先のテラスで暖かいお茶を飲みながら、ため息をついている。問題はたまっていくばかりだ。何かひとつくらい、いいことがないものか。
見覚えのある姿が目に入って、龍はやにわにカップを置いて立ち上がった。
スルニだった。口をぴたりと閉じ、頬をわずかに紅潮させていたが、龍を見つけると笑った。
「……ここで何をしてるんですか?」
まさかこんなことが起こると思っていなかった龍は、叱るような口調になってしまう。寄ってきていたスルニが足を止めた。
「どうやって潜り込んできたんですか。危険ですよ。ここには店を襲う悪い人たちがいるんです」
龍がそう言うと、スルニは肩にめりこみそうなほど首をすくめた。その様子を見て、さすがに龍も言い過ぎたと反省する。




