呪われた土地の罠
「誰って……私たちだけしかいないけど」
「あなたたちだけ? お父さんか、お母さんは? そもそも、どこから来たんですか?」
聞き捨てならない言葉に、龍は思わず驚きの声をあげた。
「どこって……」
「しっ」
スルニが道の奥の方を指そうとするのを、サレンが押しとどめた。少女たちが戸惑っている様子がありありとうかがえる。十やそこらの少女たちがこの程度の質問で戸惑うということは、よほど何かがある証拠だ。
この少女たちが話さないなら、周りの大人達に事情を聞いてみたかった。昔、なにがあったのか。たくさんはいないかもしれないが、ひとりふたりは生き残っているだろう。
「……地の果てから来たの」
強張った顔で、サレンがようやくそれだけ言った。
「あっちで暮らしてる人は、私たちの村まで来られない。呪われてるから、ここは」
姉妹が言った。真剣にそれを信じている様子に、龍は首をかしげる。事情を知らない外の人間が呪いだ罰当たりだと言うならわかるが、ここをよく知っている姉妹が言うとはどういうことだろう。
「でも、私もこちらの人間ではないんですよ。だから、呪いも関係ないかもしれません」
龍はつとめて軽く言った。それを聞いて姉妹は首をすくめる。馬鹿なこと言ってくれちゃって、という仕草だった。
龍はそれを見て、軽く喧嘩を売ってみたい気分になった。
「じゃあ、あなたたちの村まで辿り着けたら信じてくれますか?」
「……いいよ。どうせ危険な場所が多くて無理だから」
サレンはそう言って、すたすた歩き出した。
彼女の言うことは嘘ではなかった。普通の子供をはるかに凌ぐ速度で、彼女たちは走る。曲がりくねり、いくつにも分かれ、時には氷陰にある隠し扉をくぐる。
「前方、川があるよ。川幅は三メートルってとこかな」
「了解」
ワイヤーを使って川を飛び越え、龍はさらに北に向かう。相変わらず気温は低いし日射しはない。体が冷えるので、それを振り払うように走った。
陰鬱な空の色を吸ったかのように、進むにつれて氷は厚く青くなり、剣山のように鋭く尖って侵入者を拒む。たたまれた屏風のような氷の脇を通るときは、さすがに虎子の声も鋭くなった。
「この先、ずっと同じ構造が続くよ。一点でも触れたら崩れてくる」
「そうなったら死にますね。気をつけます」
しかし、その間を軽快に走る少女たちはいっさい足を止めなかった。彼女らを追って飛び、走りするうちに、龍はまるで忍者になったような感覚を味わう。
それからもまだまだ、細かい罠がたくさんあった。しかし、優秀なナビシステムはその全てを見抜いていた。上空から、地中から、全てが見えているのだから、立ちふさがる障害をかいくぐるくらいは易しいことだ。
一つしかない正解の道を、龍はひたすら進む。
山々の色が濃くなり、氷の色がほぼ青に近付いた頃──少女たちはようやく足を止めた。もはや道は目の前に一本しかなく、それはまた入り口と同じように大きな氷に囲まれている。しかし奇妙なことに、今度の氷はまるで人が削った塔のような形をしていた。
龍はそれを見上げる。塔の表面にはゆるやかな曲線が氷の表面を這い、極細の彫刻刀で彫ったような複雑な模様を描いている。
呪いと言うより、神殿と言った方が正しいような壮麗な光景だった。覗きこんだ龍の顔が小さくいくつもに分かれて映る。ちょうど龍がそれをこつこつ弾いていると、声がした。
「え?」
振り返った少女たちは、そこに龍の姿を認めて呆然としていた。厄災を乗り切れるとは、最初から考えていなかったのだろう。
「どうして……」
「呪いが効かなかったの?」
「私にとって、忌々しい呪いなんてそんなものだったということですね」
龍ははっきり言い放った。姉妹は驚いて目を見開いていたが、しばらくすると顎をしゃくった。
「……案内してあげる。豪華な食べ物のお礼よ」
誘導が無くても勝手に行くつもりだったが、龍はうなずいた。
進んだ氷の合間、四方を囲まれた場所に洞窟が口を開けている。氷が大きいため遠くから見れば小さなアリの巣穴に見えたその洞窟は、近付いてみると大人の背丈くらいの高さはあった。
中も思ったより広い。所々氷が、岩のように壁に張り付いて地面に影を落としていた。その氷の中には、ほとんど崩れかかっていたが、建物らしきものが混ざり込んでいた。
「この土地は昔、街だったのでしょうか……」
「分からない。危険がないか調べてみる」
少し考えた末に虎子が言った。龍は、そちらは任せることにする。
こもった空気の中を、龍は進んだ。人の気配がして、反射的に銃に手を置く。
しかしその先で見た光景に、龍はぎょっとしてすくんでしまった。
人が立ち並んでいる。大人もいれば子供もいたが、彼らは一様に不健康な痩せ方をしており、死んだような目で龍を見る。見慣れない人間がいたらざわつくものだが、集団からはわずかな声すら聞こえてこなかった。
少女たちだけでなく、集団全体が飢えているとは思わなかった。龍はしばし愕然とし、恐ろしいゾンビのようになっている彼らを見つめる。




