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少女との邂逅

「別に怖くはないですね。予想より寒いのには困っていますが……すぐに凍えるということはないでしょう」

「しかし」


 まだ言うベルトランの腕をつかんで、りゅうは言った。


「あなたはしばらくそこにいてください。見張りをお願いしたいので。馬にも水をやっておいてください」

「は、はあ……」


 ずっと乗ってきた馬をベルトランに預け、龍は奥へ進む。正直、あのナイトならいない方が気が楽だ。


 吹き付けてくる冷気から身をかばうように、龍は己の腕で胴体を抱いた。やや猫背になり、小さくなりながらも先へ進む。まだ肝心の愛生あいどころか、賊の姿さえ全く見えない。


「どこまで行くの?」

「とりあえず数時間は歩いてみようかと思います。さすがに日が落ちてきたら、帰らないといけませんが」

「大丈夫かなあ……」


 不安げな虎子とらこをよそに、龍はずんずん奥に進んでいった。氷と岩で狭いが、一応ひと一人通れるくらいの道はある。薄気味悪い土地ではあるが、猛獣の類いがいない分、今のところは前の塔よりだいぶ歩きやすかった。


 ふと龍は振り向いた。かろうじて聞き取れる程度の声がするのに気づき、眉をひそめる。


「今、ひとの声がしませんでしたか」

「……確かに、レーダーに人の姿があるよ。でも小さい。大人の男じゃなさそう」


 虎子も声を低くしている。龍は音をたてないよう、慎重にそちらに近付いていった。たとえ子供だったとしても、無害な相手とは断言できない。


 物陰からのぞくと、人が動くのがよく見えた。


 一人が先導し、もう一人が後を追っている。少女たちだった。姉妹なのか、二人とも白髪に青や紺が混じった、グラデーションの髪をしている。彼女らの髪は長く伸びて腰にまで達していた。しかし大事に手入れされてそうなったのではなく、好き放題伸ばしたという感じでざんばらだった。


 しかも極端に痩せていて、それを覆い隠すように粗末な布を巻いていた。顔立ちがとてもかわいらしいのが、かえって痛々しく感じる。親は何をしているのかと、龍は少し呆れた。


 その時、龍の足元の氷がかすかにきしんだ。急にたった音だったので、龍は隠れるわけにもいかず棒立ちになってしまった。


「……誰?」


 無心に氷を削り取っていた少女たちが、不意に振り返った。そして龍を視認すると、二人揃って氷の際まで急速に後ずさる。妹と思われる方が龍を指さし、ぱくぱくと魚のように口を動かした。驚きすぎて、悲鳴も出ないらしい。


 その幽霊のような青白い顔にたじろぎつつ、龍は口を開く。


「ごめんなさい。この辺りを散歩していたの。少しお話ししていい?」


 突っ立っていた姉が、不意に龍の方を見つめた。立ち向かうべきか逃げるべきか、それとも話しかけるか迷っているように見える。


 重苦しい空気の中、龍は彼女の前にしゃがみ、微笑みかけた。


「何をしてたんですか?」

「食べ物……探してた」


 ちょっと言いよどんだが、少女は答えた。


 龍は唖然として、少女の手元を見つめた。必死で掘り起こされ、少女の手に握られていたのは、ただのしなびた雑草に見える。栄養になるどころか、食べてしまったらかえって毒になりそうだ。彼女たちの住み処は、そこまで余裕がないのだろうか。


「うーん、私はそれを食べたことがなくて。良かったらこれ……一緒に食べませんか?」


 龍の示したサンドイッチに目を奪われていた姉は、うなずきかけた。しかし一瞬の後、激しく首を横に振る。


「毒が混じってるかもしれないから、いらない」

「これじゃ嫌? じゃあ、いいものを作ってあげますね」


 龍はため息をついて、サンドイッチを諦めた。龍が食べられるものなら、フェムトにとっては毒扱いなのかもしれない。


「では、この水筒の中のスープにしましょう」


 龍は、密閉してある水筒を取り出した。飲める水が入っていたが、道中で飲んでしまっている。


 開口部から適当に氷を入れ、それをなんとか操作してスープに変えた。


「これなら、毒が混ざってたら私も死にますよね? 敵ではないと、信じてもらえましたか?」


 姉にしがみついていた妹が、肩越しに水筒をのぞく。


「お姉ちゃん……」


 妹が姉の顔色をうかがい、小さくつぶやいた。ためらってはいるが、妹の方の意思は決まっているようだ。


 しばしの沈黙の後、龍が水筒を差し出すと、姉妹はそれを無心で口にする。よほど飢えていたのか、きれいさっぱりスープがなくなるまでは一瞬だった。それでも姉の方は、最後の一杯を妹に譲ってやって、年長者らしいところを見せていた。


 結局彼女らは龍が作り出したサンドイッチにも無造作に手を伸ばし始め、たちまち平らげてしまった。そして龍の横に座り込み、丸く膨れた腹をさすっている。


 燃え尽きた様子の少女たちが復活してきたのは、たっぷり十分ほどもたってからだった。


「……いつも食べているものより、ずっといい」


 姉の方が、ようやくかすかにではあるが笑顔を見せた。


「私は龍といいます。あなたたちは?」

「私はサレン。妹はスルニ」


 妹を抱き寄せながら姉が言った。


「ここには誰と来たんですか?」


 龍が問うと、サレンとスルニは奇妙な顔をして、お互いを見やる。


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