いざ禁断の地へ
「でも、だったら別に惚れた真似なんてしなくてもよかったでしょう。私だって、鬼じゃないんですから……ちゃんと事情を聞いたら助けますよ」
「……いえ、それもその。本心といいますか……まあ、今はいいです」
苦笑するベルトランを見て、龍は首をかしげた。
「で、その強盗団があの『呪われた土地』に逃げこんでるっていう噂が、もうはびこってるんでしょう?」
龍が言うと、ベルトランがひきつけを起こしたときのようにのけぞった。
「言わなくても、なんでも気づいてしまうんですね」
「分かるでしょう。おかみさんのあの反応を見れば」
単なる伝承だけなら、あんなに怖がるはずがない。実際に行くリスクがあると信じているから、ああなったのだ。
「なら、私はそこに行きます」
「ご、ご自身の言ってることがわかってるんですか!?」
「もちろん。探している人間が、そこにいるかもしれません。加えて賊がいるなら、あなたの目標も果たせる。一石二鳥ではないですか?」
ベルトランはしばし開いた口がふさがらない様子だった。
「……取り返しのつかないことになりますよ」
「でも、何でも自分の目で確かめてみなければ。聞くとみるでは大違い、とも言いますし」
誘われているのが見え見えなのが不快だが、行かなければ愛生の手がかりもつかめない。龍は断固として譲らなかった。
「探索はやめると言っていたのに」
「おかみさんの手前、一旦やめると言ったまでです。それとも、あそこに入ってはいけないという法でもあるんですか?」
「そんなものはありませんけど……氷が地面を覆い尽くす、不毛の地だと聞いています。とても現実のものとは思えないとか……やっぱり無茶ですよ」
「ひとつ忘れていませんか。私は相棒の行方を捜している。私にとって相棒は、あなたのこの街と同じように大切なものなんです」
龍に見据えられたベルトランは、覚悟を決めたように肩を落とした。
龍は一旦、街の中心部に戻った。その呪われた地までは、徒歩でたっぷり三時間はかかるそうだ。馬を貸す、といわれて、龍はその申し出を受ける。貸してもらったのは、いかにも賢そうな目をした白馬と黒馬だった。
上り坂を、馬はゆっくりと進んだ。鞍の上から龍が足で馬の脇腹を軽くたたくと、徐々に歩みが速くなる。木々が多く茂る土地を抜け、未舗装の道を走る。
ベルトランは白い馬に乗って、ぎくしゃくと龍の方へ駆けてきた。あの女が言うように乗れないわけではなさそうだが、どうやら乗馬自体あまり得意でないようだ。子供の頃から馬と戯れていた龍とは比べものにならず、どんどん距離が開いていく。龍は、仕方無く速度を落とした。
「あ、危ないですよ! 不用意に山へ近寄ったら!」
「大丈夫です、道は分かりますので」
龍が迷わず進むので、ベルトランが悲鳴をあげる。ナビの存在を教えようかと思ったが、かえって混乱させそうなので龍は思いとどまった。
「次はどうしたらいいの、虎子?」
「お姉ちゃん、その道を右だよ」
妹のナビは正確だった。おかげで、前に進むことに不安はない。なんとか着いてきたベルトランは道順を細かくメモにとっている。自分用の地図を作るつもりなのだろう。
前に進むに従って、木々が枯れ、梢には新芽もなくなって、寒々とした風景が広がっていく。一つ丘を越えるごとに、冬になっていくようだ。温暖な街との差が激しすぎて、龍は一瞬自分の目を疑った。
……なるほど、これなら呪いの話が出たというのもうなずける。
それからさらに三時間ほど馬を走らせた。徒歩ならかなりの距離がある。じきに、前方に光るものが見えてきた。
「あれが目的地で間違いないですか?」
龍は前方を指さす。ベルトランはもう言うことはない、という風にうなずいた。
「少し側に寄ってみましょう」
氷の谷。氷がまるで道を埋めようとするように寄りかかってきていて、その間に道が通っている。道は一応騎馬が二列に並んで進めるくらいの幅があったが、蛇のようにくねっていて先が全く見えなかった。
あまりに殺風景なためか、空を自由に移動できる鳥すら寄りついていない。龍が見渡す限り、灰色のどんよりとした雲が上空を覆っていて、吹き抜ける風は頬を冷たくする。天候まで虚ろで暗くて、龍の心は暗い方に揺り動かされた。
「ここは、年中分厚い雲がたちこめていて、晴れの日のデータがないみたい。だから氷も溶けないんだね」
「なるほど……」
虎子の言葉にうなずいた龍は、巨大な氷に圧倒された。ロックアイスを何十倍にも大きくして、そのまま地面に順番に突き刺していったようだ。氷が今にも自分に迫ってくるような感覚をおぼえて、龍は心持ち早足になる。
氷は急速に成長して木々を飲みこんだらしく、まだ緑を保ったまま氷付けにされている草木もあった。これだけが、不毛の大地に残された生物だ。死んではいなさそうだが、日が差さないこの地では復活も望めそうにない。
ベルトランは難局を切り抜けたというのに、死にそうな顔をしている。
「……怖く、ないのですか」




