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戦の果てに

 帚木ははきぎはきちんと仕事をしてくれていた。ここを爆破すれば村に水が向かう、というポイントを計算し、その一カ所を重点的に破壊する。


 豊富な水は、装備を押し流し兵を襲う凶器に変える。そして命を守るはずだった鎧は、もはや命を奪う重りにしかならなかった。


「一メートルの津波でも歩行困難になるらしいからな。爺さん、さすがにこれは手に負えないだろ? もう慌てても遅いぞ」


 もはや体のほとんどが、かかってくる水に埋もれ、ごぼごぼと泡を吐く老人。渦に閉じ込められて暗澹とする彼をを見て、愛生あいは低く笑った。


「俺はいい子じゃないから助けてやらないぞ。勝手にあがいて勝手に死ね。少しは人の痛みが分かったか、ボケ」


 愛生を見上げる光政みつまさから返事はない。……返事できないのを分かっていて聞いた愛生も、底意地が悪いのだが。


 しかし次の瞬間、光政が狂気じみた唸り声をあげた。彼は人間離れした力で、こちらに向かって何かを投げようとしている。


 その刹那、丘の下に取り残され、壊れたかのように微動だにしていなかった人形たちが動いた。腕を動かし、縄のように器用に光政にしがみつき、離そうとしない。


「命令した覚えはないぞ……!?」

「私もです……」


 痛みを、恨みを。それを産んだ人間になすりつけるかのように、人形たちは老人にしがみつく。そのガラス細工の目は、光政をしっかりととらえていた。


「離せ、離せ──!!」


 光政があえぐ。振り払おうと腕を横に回せば、今度は素早く前や背中にしがみつかれる。指を折ろうと噛みつこうと、人間ではない彼らはさほどの痛痒も感じていない。いかに筋肉があろうと、こうなってしまうと無駄なことだった。人形数体の重みで、ついに老人の動きが止まった。


 横手にいた一体が、老人の首を深々と刀で貫く。あの河原の戦の時のように、一切の迷いのない的確さだった。そして引き抜く。首から、驚くほどの量の血液が噴き出した。


 老人の口から声が漏れたが、喉をえぐられているため、それはもう言葉を成していなかった。ひゅうひゅうと、狭い隙間を風が通る時のような音だけが、かすかに聞こえる。希望を失い、野望が破れたことを悟った眼窩が、暗い闇に沈んだ。


「なんで……」


 帚木は勝手にとどめを刺した人形たちを見て、呆然としている。だが、愛生にはなんとなく、理解できた。


「そうか、お前たちは……命を守るために生まれたんだもんな」


 命を奪うものを葬ることもまた、命を守ることにつながる。彼らは、命じられる前からそれを理解していたのだ。


 血まみれの老人が首を垂れると、彼を捕らえていた人形たちがにっこりと笑った。愛生が自分たちの意図に気付いたことを、喜んでいる風情だった。


 彼らがそこに留まっていたのもそれが最後で、後は力なく、どうどうと音をたてて流れる水に飲みこまれていく。


 驚くべき人形たちが水底へ落ちていった後には、ただ黒い水だけが残っていた。


 後方から、かすかなため息が聞こえてくる。愛生は流れる水を背に、ゆっくりと振り向いた。


「ほらな。本当になんとかなっただろ」


 帚木はそれを聞いてうなずく。朝の新鮮な空気を吸い込み、それから愛生は本音を口にした。


「……ま、欲を言えば、もっと救いたいものはあったがな……見殺しにしちまった」

「彼らはあなたの期待に応えた。作られた目的を、果たした。……悔やむより、褒めてやってください」


 帚木はささやいた。愛生はうなずき、手を合わせる。


「……で、ものは相談なんだが。あんなすごい人形の作り方を、教えてくれないか?」

「イヤです」


 一瞬の沈黙の後、愛生と帚木は顔を見合わせ、そして笑った。まだ恐怖さめやらぬ人々は呆然とそれを見つめていたが──長い夜が明け、ようやく山の間から太陽が姿を見せていた。




 エイドステーションで眠っていた愛生は、目を覚まし起き上がった。


 事件は解決したはずだが、ゲームマスターからなんの説明も展開もない。だからずるずると、この村にとどまっているのだった。


 横たわっていたベッドを整え、弁当を鞄にしまうと、愛生は外に出て河原の方へ向かう。ゆっくり帚木が道を下ってくるのが見えた。


 闘技場の残骸を乗せた荷車を引くその姿を見て、愛生は安堵の息を吐いた。もう必要もないだろう、ということで、河原の演習場は取り壊され始めていた。その作業が、無事に終わったのだ。


 あれから数日経って、ようやく光政の死体が見つかった。もう二度と、悪夢が息を吹き返すことはない。一応腐りかけ、首がちぎれてはいたが、鎧と刀をはぎ取ってさらし首にするのだそうだ。


 領主が入れ替わりを知っていたのか、について、城は大いに揉めているらしい。これがカタがつくにはしばらくかかりそうだと、城にいる帚木の協力者から文が来ていた。ヘタをすれば、領主が殺される展開になるのかもしれないが──それは、どうにもならない。そこまでは、愛生たちの知ったことではなかった。




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