表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/101

山の中に棲まう絡繰

「一度山崩れが起こったことがあってね。それ以降、誰も住まないんです。もちろん店もないので、必要なものは作るか、山を越えて買いに出ています」

「そりゃ、生活するだけでも一苦労だな」

「人から離れるということが、私の秘密を守ってくれます。苦労とは思っていませんよ」


 前を歩く帚木ははきぎが言った。


 そのうちに夜になってきて、暗闇が辺りに満ちた。彼が持つ提灯だけが暗闇の中で揺れている。愛生あいは背後を警戒したが、つけられている形跡はなかった。


 屋敷の前に大きな門があって、重そうな木戸がかかっていた。しかし意外なことに、門を入ってみると意外に中は綺麗だった。深い紺色の屋根に、白い外壁の館。洋風と和風が混じったような奇妙なつくりだが、なぜか屋敷全体に品があった。


 手入れされた花壇があって、園丁らしき老人が草を抜いている。帚木を認めると、頭をもたげて手を振ってきた。


 荒涼とした土地の仲で、まるで、ここだけが夢の国のようだった。


「……あの園丁も人形か?」

「ええ」


 時折うずくまる園丁の動きを見ながら、愛生は屋敷の玄関をくぐった。廊下にはランプがちらちらと炎をともし、毛足がたっぷりある絨毯がひいてあった。その横には美しい女性を描いた掛け軸がかかっている。


「追放されたわりに、ずいぶん豪華な家じゃないか。てっきりもっとささやかな暮らしかと思ったが」


「……昔から、人形の開発や研究は、こっそりここでやっていたんです。その時から色々持ち込んでいましたから、身ひとつで逃げこんでも不自由はありませんでした」


 帚木は少しいたずらっぽい視線を向けてきた。けっこういい根性をしているようで、愛生の中でいっそうこの男に対して関心が沸いてくる。


 帚木は階段を上がってすぐのところの扉を開けた。


「客室は十二もあります。一番近いのがここ……お気に召さなければ、他もお見せしますが」


 案内された客室は綺麗だった。しんと静まりかえった室内には、大きな寝台と書き物机がある。難を言えばやや照明が暗いところだったが、室内を見渡した愛生はうなずいてみせる。


「いや、ここで十分だ。助かるよ」

「では、荷物を置いたら階段を降りて、右手に来て下さい。食堂でお待ちしています」


 帚木はそう言って出て行った。愛生はしばし疲れた手足を曲げ伸ばしして、腰を下ろすことなく一階へ降りていく。


 食堂は西洋風で、長い卓にテーブルクロスがひいてある。とりあえず愛生は、帚木の向かい側の椅子に腰を下ろす。


 次の瞬間、ふと背後に気配を感じて振り返り、息をのんだ。村にはそぐわない長い金髪の女が、身じろぎもせずにじっと立っている。


「なに──」


 何も気配を感じなかった。愛生のくつろいだ気分が消える。


 拳を構えて立ち上がった愛生は、エプロンにスカート姿の女をにらんで、ふと違和感を抱いた。目の焦点が外れているし、棒立ちだ。人ではない。


「ご主人様、ご用はございますか」


 人形がするすると近づいてきて、ささやくように言った。そして愛生に向かって妖しく笑う。


 愛生は向かいの帚木をにらみつけた。


「さっそく人形の披露か? びっくりするからやめてくれ」

「別に挑戦したわけじゃありません、あなたが好きなんですよ。自分から出てきて世話をしようなんて、珍しい」


 たまりかねて苦言を呈する愛生に対し、帚木はそう言って笑った。


「人形は、音さえたてなければほとんど気配がないのがな……慣れない」

「そこは生身の人間と違って、体温もなければ呼吸もしませんから。武術に優れた人ほど、勝手が違う感じがするでしょう」

「やれやれ」


 間もなく人形が戻ってくる。器用なことに、ティーポットとカップがのった盆を両手で抱えていた。彼女はそれを卓に置くと、愛生たちの様子をうかがいながら壁際に立っている。


「しばらくここはいいよ。好きなことをしてきなさい」


 驚いたことに、それを聞くと人形が嬉しそうな表情になる。そして本当に出て行ってしまった。もう少し見ていたかった愛生は、少し残念に思う。


「あれで通じるのか……」

「あの子は、戦闘人形と同じく意思を持っていますからね。無論、成人の複雑な感情はありませんよ。幼児のように、したいしたくない、悲しい嬉しいくらいで」


 それでも大変な技術だ。今のロボットでも、そこまで到達はできていない。現実世界に彼女を連れて行ったら、技師のロマンだと泣いて喜ぶ研究者がいそうだ。


「彼女以外にも、家の中には炊事用の人形がいます。僕は家庭的なことはさっぱりなので、助かっているんですよ」

「へえ……」

「そういえば、河原で戦っていた人形のことだが」


 愛生がいよいよ核心に踏み込むと、帚木の目に暗い光が宿った。


「あいつらはもうちょっと上等なんじゃないか? 感情も思考も」


 帚木はそれを否定しなかった。愛生はさらに続ける。


「だから、堂々巡りにうんざりしてしまった。毎日繰り返され、終わりのない殺し合いに。だから部外者の俺を見つけて、思い立って止めてくれと頼んだ。そんなところか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ