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愚弟も時には考える

 背後から声をかけたものだから、男は小さく飛び上がったが、しばらくすると愛生あいを見つめた。腰のナイフを警戒しているのかと思ったが、男はすぐに視線を落とす。


「……なんでしょうか」


 この村に来て初めて聞く、陰気な声だった。


「聞きたいことがあるんですが」


 そんな暇はないと言いたげに、男はせっせと人形をかついでいる。なんとかここで知り合いになっておかなければ、と愛生の野生の勘が告げていた。


「少しでいいんで……その人形たちは、なぜ人間のように戦争をするんですか? 死体のように倒れるんですか?」

「そういう風に作ってあるからですよ」


 男はあっさり言った。取り付く島がない。愛生は言葉を選ぶ余裕もなくして、必死に食い下がった。


「そうじゃなくて……なんでこんなことをわざわざやってるのか、理由が聞きたいんだ。どういうことなのか、気になるんだよ」


 男は愛生の言葉を聞いて、わずかに背筋を伸ばした。


「失礼は詫びる。俺は愛生だが……あんた、名前はなんていう」

帚木ははきぎと申します」


 男は通り一遍の挨拶をした。今更敬語に戻す気にもならないので、愛生はそのままの口調でさらに聞く。


「帚木さんも、修理をしてて気にならないのか?」

「いいえ」


 ようやく口を開いて出たのが、やけにきっぱりしたこの言葉。愛生は眉間に深い皺を刻んだ。


「この二年、毎日繰り返していますが……仕事だからやっているだけのことです。気味悪がる人も多いですがね」


 帚木はそう言った。その顔に悲しみはない。


「これは人形師が作った、自動人形なんです。一定時間になれば、ああやって集まって戦をするようにできている。それ以外の時間は、そこらをうろうろすることしかしませんが」


 どういう仕組みか解説してほしい愛生だったが、今はそれどころではないと思い直した。


「その人形師ももう姿を消しています。実は、前の領主様の勘気をかいましてね。うまく隣の国へ逃げたと言う人も死んだと言う人もいますが、詳細はわかりません。ただ、この人形はその人の持ち物で、生死が分からない以上処分できないんですよ」

「あんたはそいつが戻ってくるまで、整備をしているだけだと?」

「そういうことです。なぜこんなものを作ったかは、その人でないと分かりません」


 愛生は軽く頭を振った。落ちていた鋭い剣を取り上げる。


「……それにしてもずいぶん荒っぽい戦をするもんだな。この剣は本物の人間だって切れるだろう」


 帚木はそれには答えず、今度は人形に疑似血液の補充をしている。愛生はその横顔を見つめた。


「あんたはその人形師とどう関係してるんだ?」

「別に、なにも。顔も知りません」


 帚木は沈んだ顔のまま言った。


「それなら、何も知らない俺が口出しすることじゃないか……」

「そうですよ。その人形師はとっくにいないんですから、関わり合うだけ無駄というものです。村の人だってほとんどここのことを知らない。見てしまった人はわずかにいますが」


 やや納得できない思いはある。帚木の妙に決めつけるような態度も気にくわなかったし、何か隠していそうだったからだ。しかし、それは心の中にしまった。


 まだ、自分は何も知らず、事態を収拾できるとは思えない。権力者とのつてもない。教えてくれと言ったところで、反感を買うだけだろう。──真実には、自分で辿り着くしかない。


「そうか。世話になったな」


 愛生がそう言う間も、帚木の細い手はひっきりなしに動いていた。




 愛生は動き回る。時刻はそろそろ夜になろうとしていた。とにかく今は、情報が欲しかった。


「さて、ちょっと急がないとな。そろそろ現れてくれよ」


 愛生が村をうろつき回っていると、ようやくネオンのともった休憩所を見つけた。やれやれ、と愛生はそこに向かう。


 立ち止まって扉をたたく。中からはことりとも音がしない。遠慮無く入ってみても、りゅうの痕跡はなかった。


 愛生はベッドサイドのランプをつけながら、ため息をついた。


「ここにもいないか……」


 危険な目に遭ってはいないだろうか。どこかで泣いていないだろうか。一人で心細く、ついそんなことを考える。寂しいのは龍でなくて自分なのだと、わかってはいた。


「兄ちゃん、ずっと龍さんのこと気にしてんのな」


 何か言いたげな表情をしていたのか、珍しくけいの方から話しかけてきた。


「いいじゃん。何もないってことは、今のところは無事ってことだろ。良いことじゃないか」


 たまに弟は正しいことを言う。止まっている時計が、一日二回は正しい時刻をさすのと同じようなもので、長くは続かないものだ。それでも気遣ってくれたのは嬉しい。


「……そうだな」

「まあ、わかるけどさ。龍さん、キレイだもんなあ」

「お前、余計な悪さはするなよ。婚約指輪ももう贈ってあるんだからな」

「んなことしないよ、信用ないなあ」


 京はそう言う。確かにこいつに悪意とか悪念はないのだ。


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