情報集めは調査の基本
村の高台に、数戸の家がまとまってあった。少し下れば河があって、そこからの水を田んぼに引き込んでいる。
弥助たち三人が家に入っていくと、お帰り、と明るい声がした。弥助の妻と娘だろうと思われる女性たちが、大量の野菜を包丁で刻んでいる。
最奥には、生きているのか疑わしいくらい動かない爺さんが一人座っていた。こっちは弥助の父と推察される。全ての水分が抜け出たような、細い老人だった。
「早かったねえ。まだお菜の準備が済んでないよ」
「天気が良かったんで、早く芝刈りと草抜きが終わったんだ」
「だったらその辺で草鞋でも編んでておくれよ、かさばるったらない。……おや、その方は?」
会ったことのない男を認めて、奥方は眉間に皺を寄せた。
「旅の方らしい。一晩うちに泊まっていかれる」
「あれま。ろくな布団もないけど、それでもよけりゃ休んでいきなされ」
「ありがとうございます」
気安い態度に、愛生はほっと息をついた。
家の壁紙や床板は年月を経てくすんでいたが、その分触れると心地よい感触があった。娘たちが愛生の周りに集まってくるので、高い高いをしてやる。
ついでにフェムトで竹とんぼや毬を作ってやると、想像以上に喜ばれた。宿代がわりに差し上げます、というと、奥方の表情もさらにゆるむ。
「いいのかねえ。その毬なんか、ずいぶん高そうじゃないか」
どうせタダですから、と言いたいのを飲みこんで愛生は笑った。
「お兄さんは行商人か何かかい?」
そこまで考えていなかった愛生はため息をつく。
「もっと遠くに行くはずだったんですが、途中で船が壊れてしまいまして。私ひとり、ここに流れついたんですよ。一緒に商売していた娘もいなくなってしまって、探してはいるんですが……」
奥方は軽く嘆息した。
「それじゃ、どこに行ったかも分からないのかい。その娘さんは。あんたのいい人だったの?」
「……はい。夫婦になる約束をしていました」
愛生が言うと、一瞬、場が静かになった。ややあって、弥助が愛生の表情をうかがいながら口を開く。
「一応、村の連中にも伝えておくよ。その娘さん、あんたと同じような服を着てるのかい? 顔立ちは?」
「それは助かります」
愛生は微笑み返しながら、龍の特徴を伝えた。龍の溢れんばかりの美しさを口頭で伝えるのは難しかったし、なんなら相手が若干引いているような気もしたが、言いたいことは言えたと思う。
「さあさ、煮えましたよ。召し上がってください」
出された椀には、葉野菜がたっぷり入った味噌汁がつがれている。一口すすって、愛生はその温かさに顔をほころばせた。煮た具材に味噌の味がたっぷりとしみこんでいる。
「うまい」
褒め言葉を聞いて、弥助が笑う。同じ釜の飯を食うとはよく言ったもので、愛生もだいぶ打ち解けてきた。
「いつもの食事で申し訳ないがね。魚も肉も、ここじゃ滅多に食べないんだ。外の人はよく食べるんだろう?」
「一般的には。ここはかなり暖かいから、立派な野菜が育つでしょう」
日本地図を頭の中に思い浮かべながら、愛生は言った。
「冬はあんまり寒くないから、一年中なにかしら取れる。ありがたいことに、暮らしには困らないよ。その代わり、夏は暑い。幸い雨も多いから、米が枯れるってことはないがね。東にはここらへんの村や町を束ねる領主様の城があって、南にずっと行くと、海がある」
「西に街はあるんですか?」
「あるよ。ただ、東から風と雨が来ると、この街を囲んでる長い河が暴れるもんで、橋をかけても流されちまう。だから、ここは周囲から孤立してるのさ」
「うまくいかないものだ。それじゃ、ものの売り買いはどうするんです?」
「河船に乗って、西街の商人が来るのさ。北の山を越えれば陸地を使って行けないことはないが、寒いし足元は悪いしとば口は少ないしで、今じゃそんなことをする物好きはいないね」
「逆に北から何かがくる可能性はないわけですね」
愛生はなんとなく、四国の南東側を思い浮かべた。おそらく愛生を閉じ込めるために、フェムトたちが意図的に作った地形なのだろう。
「その船はどのくらいの頻度で来るんです?」
「河の水量が多いときは、週に一回ってところかな。今はまだ雨が降って無くて、ほとんど来ないが。その船が、たまに干し魚や薬、塩なんかの調味料を運んでくるよ。ここはそういう特産品が全然ないからね」
あまりに船がなく、そういう者が必要になった時は仕方無く山を越えるのだが、そうならないよう祈っていると息子は言った。
「探し人がいなけりゃ、もう少しして雨が降ってから、西に渡った方がいいんじゃないかね」
西の街は交通の要所であり、良い港があって、もっと大きな船も来るのだと言う。当然、人が集まれば情報も集まる。龍が逗留している可能性は十分あった。
「どれくらいで雨になるんでしょう?」
「例年通りなら十日以内には降る。天気のことだから、絶対にということはないが……空気が湿ってきてるから、近いはずだ」
ほとんど超能力のような話だが、現地民が言うならそうなのだろう。




