表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/101

侍の影

 気がつくと、愛生あいは一人になっていた。服まで取り上げられてはいないが、荷物は全てなくなっていて心もとない。


 強張った体を、伸びによってまっすぐに戻す。ぼんやりしていた視界が元に戻った。体のあちこちにすり傷があるが、ひどい怪我はない。


「なんだ、あれは? なあ、どう思う?」


 つぶやいてみても、りゅうの声はない。慌てて周囲を駆けてみたが、細い道があるばかりで、他はただ生い茂った雑草しかない。夕方の日射しはあるが、その中に龍の姿も警官隊の姿もなかった。


 信じられないことに、全く違う場所に来てしまったようだ。


「まいったな。まず龍を探さないと」


 愛生が道を歩くと、畑が見えてきた。暖かい気候で作物はよく育っているようで、夕焼けの中でもしっかりした葉っぱが茂っているのが見える。畑の奥には家が何軒か固まって建っていて、煮炊きのためか煙が出ていた。閉ざされた障子に、時折ちらちらと人影が動くのが見える。


「障子……ってことは、日本が舞台なのか!?」


 さっきまでイギリス風の国にいたのに、いきなり和風の世界に飛ばされてしまった。この世界の位置関係はどうなっているんだ、と愛生は毒づく。


 まっすぐ道を降りてみた。相変わらず西洋のような高い塀のある家はなく、昔の農村写真で見た、茅葺き屋根の家屋が続く。


「まいったね。船を使えば、あの大陸まで戻れたりするのか?」


 愛生はとりあえず人を捜し回り、ようやく活発そうな村の娘を見つけた。畑帰りなのか、たすきで着物の袖をまくっている。籠の中は野菜でいっぱいになっていて、娘は満足そうだった。


「すまん。俺と同じような服装の娘を、見なかったかな」


 娘は愛生に気づいて顔を上げる。


「いいやあ、そんな変な服の人は見たことがないよ」

「ソフィアやカーター、ベルトランって名前に聞き覚えは?」

「なんだねそれは?」


 その言葉は本心のようだった。愛生は娘に軽く一礼して、その場を去る。


「さっきの状況とは全然違うじゃないか……話が違うぞ」


 龍はどこにいるのだろう。心配しているに違いない。彼女を泣かせるようなことだけはしたくない愛生は、とうとう最終手段に出た。


けい


 ……ひどいナビだとわかっているが、頼らずにはいられないのが悔しい。


「京、この近くに龍はいるか」

「ふあ」


 寝てやがった。うとうとと船を漕ぐ姿が容易に想像できて、愛生は額に皺を刻む。


「んにゃー。ここにいるのは、兄ちゃんだけだなあ」


 やっぱり、と愛生は肩を落とす。合流するまでの苦難の道は確定してしまった。なぜこんなことをしたのか、とゲームマスターに問いただしたが、空からはなんの声も返ってこなかった。


虎子とらこに聞いて探してもらってくれ。隣にいるんだろう?」

「いや。なんかゲームマスターから、俺たちを完全に隔離するよう警告が来たんだ。だから今は完全に別々」

「なんてこった! ここに来て一人か……とにかく、龍を探さないと」


 憮然とした顔で愛生は言う。パートナーがいなくなった痛手だけではない。ナビがこのポンコツしか残らなくなった窮地からも、早々に脱出しなければ。


「兄ちゃん、ピンチだな」


 比べたところで仕方無いが、せめてこいつが虎子の十分の一でも頼りになればいいのに。愛生の口から、とめどなくため息がもれた。


「とにかく、移動したい。周りに何が見えるか教えてくれ」

「周りったって……なんか、人気がないんだよな」

「夕方だからな。みんな、仕事を終えて帰った後かも……」


 愛生は寂しい周囲を見渡しながら言った。さっきの娘もそうだったし、村人はもう家に入ってしまったかもしれない。


「変な石が、まとまって立ってるくらいだ。なんか、そろえて作った石みたいだな……」


 愛生はそれを聞いて無言になった。


「おい。石の数はまさか……」

「いち、に……」


 弟は律儀に声を出して、八まで数えた。その数を確信すると同時に、気持ちが落ち着かず背筋が冷えてくる。死亡フラグが立った気がして愛生は押し黙る。


「わかった。それ以上言うな」

「お地蔵様とかじゃねーの? なんか兄貴、顔青くなってんぞ」


 ゲームマスターは、今度は街を作るにあたって日本の小説世界を参考にしたらしい。それにしても、ひどすぎる。もっと穏やかな舞台設定はなかったのか。


「それは墓かもしれない。逃げこんだものの財宝目当てに村人たちに惨殺され、『七生まで祟る』と言い残した武者のな」

「シチショー? それってどこのこと? パワーアップアイテムのありか?」

「すまん」


 龍に話しているつもりで言うと大怪我を負う。慎重にいこう。


「……とりあえず、俺の周りに変なサムライみたいな奴はいないか」


 危険なにおいがしないか、京に探らせる。するとポンコツが、珍しく実のあることを言い出した。


「サムライ……それなら、そんなような連中がいるなあ。鎧着て、刀持ってる」


 心の準備もなくそんなことを言われて、愛生の背筋が寒くなった。


「……場所は」

「えー? なんか近くの河原だよ」

「案内しろ今すぐにだ分かったか愚弟が」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ