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一人、脱落

「やっぱり昇ると、敵も頑丈になるか……」

「倒して動きを止めるしかなさそうですね……いえ、もしかして……」


 りゅうが低い声で言う。愛生あいは彼女を背後にかばいながら、刀と蹴りで蛇女に対抗する。まともに入れば相手は倒れるが、ピンポイントな急所を狙わなければならない。さっきの蛇との厄介さは段違いで、一体倒す間にさっきの個体の十倍の労力が必要だった。


「上まで体力温存といきたかったが……」


 そう吐き捨てた愛生は、ふと横手から気配を感じた。空中には何もない。右側の塔に大きな穴が開いていた。


「龍、そっちの穴だ!」


 愛生が注意を促すと、龍はうなずいてその穴の奥を見た。そこからずるずると、何かを引きずる音がする。間もなく、奥から頭ばかりがやたら大きい蛇が現れた。体が極端に短く、造形としてはワニに近い。これに噛まれたら、歯形なんて生やさしいものでは済まない。噛まれた部位をごっそり持って行かれるだろう。


 蛇女が退き、そのかわりに蛇の攻撃が降ってきた。愛生は伸ばした手で蛇の頭をいなし、壁に激突させる。しかしそれでも、蛇はかま首をもたげて襲ってくる。同じようなワニ蛇が、ざっと見ただけで数十はいる。


「龍!」


 愛生の声を聞いた龍は後退する。さっきまで龍の立っていた地点に、蛇が代わりに陣取った。足を止めた龍は、柱を背に追い詰められた。


「ワイヤーで飛べ!」


 愛生が叫ぶ。敵はすぐ側だ。


 龍は銃を構えた。しかし、その顔には逃げるとは思えない不敵な笑みがあった。笑みを浮かべたまま、龍は引き金を絞る。目の前の蛇に、銃弾が命中した。


 次の瞬間、蛇の目が潰れ、その喉から絶叫が漏れる。他の個体にも弾がめりこみ、次々に悲鳴があがった。


 愛生は驚きの目で龍を見た。わずかな時間でリロードを済ませた彼女が微笑む。


「特殊弾か!?」

「銀の弾丸ですよ。おとぎ話の中だけだと思っていたけど、こちらの化け物にも効くんですね。威力はあなたの拳と遜色ないかと」

「そういう伝承があるから、ゲームマスターが取り入れたんだろう。生け捕りにする必要はない、どんどん撃って死体にしてやれ」


 犯人役のキャラクターが死んでも、現実世界に影響はない。その設定が、今はありがたかった。圧倒的に敵の方が数が多い今、中途半端に生き残らせることにメリットはない。


 堰を切ったように押し寄せる敵が、雨あられと降り注ぐ銀の弾丸で次々に倒れ始める。もともと、攻撃の正確さには格段の差があるのだ。


 これで戦況は膠着状態になった、と愛生が思った次の瞬間──上の階へ向かう階段に、大きなヒビが入り始めた。全ての敵を倒していたら、とてもじゃないが間に合わない。


 状況は悪くなる一方。龍はそれでも、ひるまず顔をあげてみせた。


「愛生、行ってください! こっちは心配しないで」

「残るなら俺の方が──」


 愛生が言うと、龍はきっとした顔でこちらを睨んだ。


「私のナビの方が優秀! あなた、メインルートを見失ったらまず復帰は無理でしょう! 急いで!!」


 愛生は何も言い返せなかった。その通りだったからだ。しばし、龍を凝視する。


 龍は器用に足場を蹴って飛び移り、有利な高所からの射撃を仕掛けている。空を飛べない蛇女たちは、攻めあぐねてじりじりしていた。龍はその間にリロードを済ませ、周囲に目を配る。


 数十体の蛇女とやり合うのはたやすいことではないが、ここは龍に任せるしかない。完全に安心するわけにはいかないが、あの位置取りならそう簡単にやられはしないだろう。──残して行くしかない。


 すでに階段は半分近く崩れている。愛生は一段飛ばしで、上へ上へと歩を進めた。龍の姿が小さくなる。


 辛い思いをこらえて愛生が階段を昇っていると、塔の内部から不意に小さな羽虫が湧いて出た。その数は千、一万、いやもっといるかもしれない。その羽虫は愛生を無視して、低い羽音と共に一気に下っていった。


「まずい」


 あの大きさでは、龍の銃弾もまともに当たらない。それが分散し、四方から襲いかかってきたら──。


 愛生は思わず振り返り、下を見た。龍の銃の音がまだ響いている、果たしてどれだけ当たるのか――と思ったら、次の瞬間、強い光が放たれた。その光の中、龍の体が宙に向かって投げ出されるのが見えた。


 空中に向かって手を伸ばしても、間に合うはずがない。愛は思わず両目を手で覆った。塔が高すぎるのか、龍が地面に落下した音さえ聞こえてこない。


 それが済むと、こわごわと下をのぞく。婚約者の姿はなく、十数体の蛇女がうねうねと陣取っているのが見えるだけだった。塔の真下には、ただ闇だけが満ちている。


「くそっ!」


 愛生の中で憎しみが爆発する。虫たちがこっちに向かってくるのを見て、腹立ち紛れに壁を殴った。どこかでバラバラになることはあるかもしれないと思っていたが、まさかこんなことになるとは。


「……いや、落ち着け」


 まだはっきり確かめたわけじゃない。死体を見たわけじゃない。龍には運も度胸もある、きっと無事だと言い聞かせるが、気づけば握りこんだ壁石に爪痕が残るほど手に力を入れていた。


 愛生はそれでもひたすら最上部を目指す。階段の半ば、踊り場に足をかけた瞬間、横手に気配を感じた。群れではない、大型の一体。愛生は足を止め、周囲を見渡す。


 奇声をあげて三つ首の大蛇が壁の中から現れた。塗り込められていたように見えるが、どうせあの鏡の仕業だろう。重い尾を引きずるようにして現れた大蛇は、合計六つの目を愛生に向けた。


 まだ一度も勝負したことがなかった。愛生はとっさに後ろへ飛ぶ。蛇が移動すると、階段が重みに耐えかねて嫌なきしみ音をたてた。蛇が噛みついた柱が砕け、下に向かって倒れていく。


 こいつは足が遅いが、重い。愛生は一撃を避けたあと、蛇の背後に向かって斜めに飛んだ。


「やめとけ。今の俺は怖いぞ」


 頭の間を飛び越え、背中に怒りをこめた後ろ蹴りを放つ。叩きつけた足形に、蛇の皮膚がへこんだ。そのままよろめいた相手の背中に、肉厚のナイフを何本も投げる。刃が骨と筋肉を切り裂き、蛇の動きが止まった。


「だからやめとけって言っただろうが」


 蛇は崩れる階段と共に落下していく。鼓膜を裂くような凄惨な鳴き声を聞きながら、それから遠ざかるために愛生は走った。山登りのように延々続いていた階段も、ようやく終わりが見えてきている。


 階段の頂点には、広場があった。愛生は拳についた細かい岩クズを払って、広場を見渡す。


 直径は百メートル前後、床はこれまでと同じ石造り。堅固な壁や柱はないが、各所に鏡が仕込まれた高い柵があり、足を滑らせたら即転落ではなさそうだ。柵の向こう側に、闇に沈んでいる街のシルエットがかすかに見える。


 広場の中央はさらに一段高くなっていて、長い階段が伸びている。篝火が赤々と燃える段の上に、見間違えようがない人物がいた。待ち構えていたスカーレット卿が、不敵に笑っている。


「……やっとついたぞ。あちこち引き回してくれやがって」


 卿は滑るような足取りで、愛生に近付いてくる。愛生は覚悟を決めて、顔を上げた。


「ほう、良い度胸だ。誰もが見捨てた者たちのために、こんなところまで来るとはな。……ひどい格好だ」


 愛生はスカーレットたちを見上げる。己が血にまみれていることは分かっていた。だから否定はしない。


「そう思うなら、途中に更衣室くらいつけとけ」

「……だが、いい面構えだ。君が只者でないことは認めよう。我々の仲間にならないか?」

「耳と正気を疑う発言だが、冗談じゃないんだな? 人殺しの仲間になれと?」


 険しい顔をする愛生を見て、ラミアがにやにや笑った。


「もちろん本気よ。あなただって楽しく生きたいでしょう? 好き勝手に人生を謳歌したいでしょう? だったら私たちの言うことを聞きなさい」


 外道に嘲弄されるとは思わなかった。かえって、これで腹が決まる。愛生は少し斜めにしていた顔を、一気に持ち上げた。


「俺たちの目的を勘違いしてないか? お前らを再起不能なまでに叩きのめすことだ。受けるわけないだろう」


 愛生は正面から喧嘩を売った。唾を吐きかけてやりたい気分だったが、すんでのところでこらえ、その代わりに刀を構える。


「……そう、残念だわ。殺されないと、分からないようね」


 吐き捨てられた言葉を耳にしたラミアが、呆れた顔になる。そして薄く笑った。


「あの娘には、地獄で再会なさい」


 愛生を揺さぶるために言われた言葉だった。が、それを聞いた愛生は静かに言う。


「ひとつ聞くが。この城を作ったのは確かにお前なんだな?」

「そうよ。城の維持も、仕掛けの魔力も私が担当しているの」


 うなずいたラミアを見て、今度は愛生が笑った。


「そうかい。それが聞きたかったんだ」


 鏡から伏兵が飛び出してきた。その数はざっと見て二十前後。愛生の背後をとろうと狙ってくるが、そう簡単に思い通りにはさせない。


「どけ!」


 愛生は長刀を振り回し、間合いを広げる。ぐらついた相手の腹部を、思い切りよくナイフで切り裂き、一気にラミアに肉薄した。ラミアを守ろうと、取り巻きの蛇たちが飛びかかってくる。


 四方を行き交う化け物の攻撃をよけながら、愛生はラミアへの致命傷を狙う。ラミアも愛生を狙っているようで、じっと動かずにこちらを睨んでいた。


 下を這う蛇を踏みつぶし、横手から来た蛇をつかんで柱に叩きつける。後ろから来た奴は長刀の回し斬りで胴体から真っ二つにした。


 戦いは進み、床は蛇たちの血でぬらぬらと濡れた。愛生は足の置き場を考えながら飛び回っていたが、とっさに回避しようとして血の溜まりを踏んでしまう。よろけて転ぶことを防ぐのに必死で、愛生の視線がラミアから外れた。


 注意がおろそかになったその次の瞬間、飛んできた尾に殴られて腹に痛みが走る。愛生は踏みとどまれずに吹き飛んだ。


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