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鏡よ鏡

 愛生あいの顔を認識すると、彼らはよろよろとこちらに向かってくる。敵か味方かわからない愛生は、とっさに武器を構えた。


「頼む、ここから逃がしてくれ」

「……あの化け物共にはもううんざりだ」

「おい、できるはずないだろ……」


 愛生はハーフエルフたちをじっと見た。愛生たちを救世主のように見つめる者、どうせスカーレットたちに敵うはずがないと諦めている者。十数人の異なる顔がそこにあった。


 誘拐の実行犯という用が終わったはずなのに解放もされず、ずっと放っておかれたのだろう。足の筋肉がすっかり萎えて、もはや涙も枯れた彼らの様子は哀れそのものだった。


「……わかった。引き受ける」


 ハーフエルフたちは愛生の声色が変わったことに気づいて顔を上げた。


「あんた、そんなに強いのか」

「心配するな、ここの主を瞬殺したらすぐ戻ってくる。無事に終わったら、病院にも連れていってやるから」

「さて、それができるかな」


 たちまち場の空気が緊迫した。ハーフエルフたちからどよめきがあがる。


 愛生は周囲を見渡す。部屋の隅の闇には、誰も潜んでいない。なのに、石壁の付近から何者かの声がする。


「ここだよ、ここ。ハーフエルフの面々は分かっているだろう? こっちを見るんだ」


 ハーフエルフの一人が、呼びかけに応じた。おそるおそるといった表情で鏡をのぞく。彼が鏡に映った瞬間、体が硬直した。顔が恐怖でこわばっている。


 いつかの夜の光景も、こんなふうだったのだろうか。鏡の表面が真っ黒になり、深い穴のようになった。その鏡の中から、青い霧がぞろりと這い出てくる。


 りゅうがとっさに発砲するが、弾丸は鏡の中に音もなく吸い込まれた。龍は黙って鏡をにらむ。


 次の瞬間、鏡の前にいたハーフエルフがもんどりうって倒れた。


「なに!?」


 倒れたハーフエルフを見て、愛生が身を乗り出す。彼の体に傷はなかったが、溺れたときのような哀れな呼吸をしている。


「あら、見事にかかったわね」


 別の方向の鏡から声がした。愛生がそちらに顔を向けると、ちょうど左横の鏡に、若い女性が映っている。舞踏会で、卿の傍らにいた後妻だ。


「もう間に合わないわ。そいつはダメよ」


 物言いたげな愛生に、スカーレットの妻が答えた。


 逃げ出すこともなく、ハーフエルフは動かなくなっていった。死に顔は驚愕の表情を浮かべたままだ。生き残った同胞たちは、不安と恐怖で身を寄せ合っている。


「そんな……」

「毒の処刑だよ。一瞬で済むのだから、むしろ感謝してもらいたいくらいだね。無能に与える、私の最大の慈悲だ」


 今度は反対側、右手の鏡から声がする。スカーレット卿がそこにいた。どういう仕組みの鏡か分からないが、向こうからこちらの様子が見えるようだ。


 龍が身構える。なんとか相手に攻撃する術がないか、探っている顔だった。


 愛生も相手の顔を観察したが、一片の感情も浮かんではいなかった。弱者をただ処分しただけ、という顔だ。利用するだけしておいて、簡単に捨てる。常人ならためらう判断を、たやすくやってのける面の厚さが許せなかった。


「黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって……お前にそんな資格はないぞ」


 愛生はますます、この男が泣き叫び、恐怖に顔を歪めるところを見てみたくなった。


「お前の面を張り倒しに、必ず昇っていってやるからな」

「不利を承知で来るというのかしら、面白いわ。まだ上には何百と眷属が残っていてよ? それに直面しても、大騒ぎせずにいられるかしら」


 そう言って笑ったのは、スカーレット卿ではなかった。傍らに立つ彼の妻である。彼女の目にはぎらぎらとした欲望の色が浮かんでいる。


「……あんたも共犯か」


 問うた愛生を、妻は値踏みするような目で見下ろす。舞踏会の時と違って、彼女は夫より背が高くなっている。……下半身がすでに巨大な蛇と化していたからだ。


 愛生たちの世界で、ラミアと呼ばれる化け物に似ている。彼女の名前は知らないが、愛生は勝手にラミアと呼ぶことにした。


「そうよ。夫とは人生の目的が同じなの。夫婦だから問題ないでしょう?」

「……嫌な意味で、似合いのカップルだな」


 吐き捨てた愛生を、ラミアは余裕の表情で見る。


「嫌だと思うなら、直接戦いに来るといいわ。頂上まで辿り着けたら、相手をしてあげる」

「降りてくるより相手を来させる気か。お貴族様はいいね」

「まあ、それより先に人生が終わるかもしれないけれど。せいぜい頑張ってね」


 ラミアの高い笑い声が響き、そしてかき消える。それと同時に、鏡から一斉に青い霧が出てきた。


「さっきの毒か……!」

「愛生、まずいです。閉じ込められました!」


 塔の入り口が、すでに厚い石によって閉ざされている。音もなく降りてきていた石によって、死の密室が完成しつつあった。


「これで追加のガスが来たら積みってか? ふざけんな!」


 愛生は自分用にガスマスクを生成する。龍も同じようにしているのを横目で見てから、駆け出した。全員分のガスマスクを作り、つけさせている時間はない。迷っている場合ではない。


 轟音が響く。内部の人間を閉じ込めていた石壁が、愛生の蹴りによって吹き飛んでいた。


 愛生は穴から頭を出した。穴の三十センチほど下に階段が見える。そこに駆けつけてきた警官隊が固まっていた。愛生はその姿を見て安堵する。


「開いたぞ! できるだけ呼吸せずに外に出ろ!」


 ハーフエルフたちに声をかける。それでも、数人は虚しく地面に倒れた同胞を振り返る。だが、連れていくには間に合わない。愛生はかぶりを振った。


 死体を拾うより先に、生き残ったハーフエルフは、体を丸めるようにして穴から脱出した。


「捕まってたハーフエルフだ、保護頼む! 俺たちは先に行く!」


 愛生は簡単に事情を説明して、泣き笑いのハーフエルフたちを警官に託す。それから、龍と一緒に階段を駆け上がる。


 警官隊を置いていくことに後悔はなかった。毒ガス攻撃があると分かった今、全員分のガスマスクを用意できない隊を連れて行ってもメリットはない。


「……ひどい目にあった」


 頭を振ってガスマスクを消す愛生。その横で同じようにしながら、龍がつぶやいた。


「ですが、これで分かったこともあります。何故卿が、私たちの侵入に気づいたか。何故、屋敷の中に現れたのか。全て、あの鏡のせいでしょう」


 龍の言う通りだった。それなら、こちらが全て後手に回ったのにも納得がいく。


「厄介だな、あれは」

「……虎子とらこ、聞こえる? 頼みたいことがあるんですが」


 愛生は走りながらため息をつく。その間に龍は、虎子となにやら話していた。


 話が終わってしばらく経って、龍が叫んだ。


「中間地点を抜けました。後、半分です!」


 いかめしい面が見下ろす大きなアーチをくぐると、階段の色が変わった。愛生が構わずその段差を昇っていると、いきなり足元がすっぽ抜ける。


「危ない!」


 龍が特殊弾を放つ。放たれた弾はワイヤーに変わり、愛生の手をぎりぎり引っかけ先端を壁に突き刺した。切れ切れになった階段の下で、愛生は必死にワイヤーにしがみつく。


「上がれますか」

「問題ない!」


 愛生は自分を叱咤してワイヤーを登り、なんとか階段の向こうに辿り着いた。上に戻って振り向くと、龍はすでに段差を飛び越えるために踏み切っている。龍が、手を広げて迎える愛生に向かって微笑んだ。


「すまん。助かった」


 愛生に抱きとめられた龍も笑う。


「どうやら、ランダムで階段が抜ける仕組みになっているようです。最上階の広場につくまで、油断できませんね」


 虎子もこれには手こずっているようで、ようやく落ちる階段の手がかりを見つけた時には、月が完全に天頂にのぼっていた。


けいさんにもシステムを共有してもらいました。抜ける階段が画面上に赤く表示されるようですから、それを見て合図するだけです」


 さすがにそれくらいできるよな、と龍の声には嫌味がこもっていた。


「……不安だが、いちいち声かけあう労力が惜しい。それでいこう」


 愛生たちは役割分担の後、再び前進を始めた。数十メートル進んだところで、急に京から声がかかる。


「あ、兄貴。その段赤いわ」


 愛生は悲鳴をあげる暇も無く落下した。衝撃がくるかと覚悟したが、龍がワイヤーで足をひっかけてくれたので、また宙づりのまま留まる。


「……大丈夫ですか?」

「……辛うじて……大丈夫だ……」


 階段がなくなった隙間から、愛生は返事をする。足から引き上げられて、最後に顔が奈落を越えた時は心底ほっとした。


「京、お前な……」


 未だに事態を飲み込めない様子の弟に向かって、愛生は唸った。


「ちゃんと見守ってたって。赤に来た時に教えてやったじゃん」


 愛生の脳裏に、悪気のない表情で首をかしげる京の姿が浮かんだ。踏む「前」に指示を出さないとなんの役にも立たない、ということがこいつには分かっていないのだ。許せぬ、断じて許さぬ。


「お前殺す絶対殺す」

「愛生、落ち着いて」


 なだめる龍をよそに、愛生はしばらく呪詛の言葉をつぶやき続けた。絶対に、現実世界に戻ったら京に紐無しのバンジージャンプをさせてやる。


 つぶやく愛生を見て、龍が苦笑した。


「では、私が先に行きましょう。愛生、私が踏まなかった段を覚えることはできますか?」

「めんどくさいが、弟の指示で殺されるよりましだ。頼むわ」


 愛生はため息をつき、上がっていく龍の後ろ姿を見る。彼女が飛ばした階段を愛生も踏み飛ばして昇った。


「……また卿のお友達がいますね」

 龍の言う通り、駆け上がった先に、蛇女の群れが見える。彼女らは余裕の表情で愛生たちを待ち構えていた。


 龍が何も言わずやおら銃で撃ったが、蛇の体には傷ひとつつかない。むしろ元気にこちらへやってくる。龍が目を見張った。


「危ない!」


 愛生が叫ぶ。蛇女の尾が、横殴りに襲ってきた。愛生はとっさに龍を抱いて上に飛ぶ。蛇女がじりじりと間合いを詰め始めた。



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