表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/101

塔を登れ


 卿が叫んだ。それと同時に、荒れ果てた部屋が揺れ始める。赤蛇がいきなり巨大化し、天井を打ち砕いたのだ。卿はその後ろに隠れて逃げていく。


 部屋の変化はそれだけではない。空気がびりびりと震え、地鳴りの音が低く響く。りゅうが外へ向かって、ワイヤー弾を打ち出した。


「なんだこいつは!?」

愛生あい、捕まってください。皆さんも離れて!」


 愛生は精一杯龍にしがみつく。警官が全員、転げるようにして窓から外へ逃げ出していくのが見えた。ハンターが最後に窓から脱出するのが見えてからわずか数秒で、屋敷が倒壊する。


 地響きが納まるまで、数分もかからなかった。再び静かになった更地に、愛生たちはばらばらに放り出されている。


「……なんだ、これは」


 ハンターは、目の前に出現した建物を見て立ちすくむ。警官たちも、驚愕の声を漏らしていた。


「奴は、何を呼び出したと言うんだ……!?」


 愛生たちも、思わず武器を持った手を下ろしてそれを仰ぎ見た。登り始めた月。その明かりの中、巨大な塔が、その外周をぐるぐると回る螺旋階段が、屋敷を破壊してそびえ立っていた。


 瓦礫と化した家屋の残骸が、そこここに散らばっている。塔の高さは周りの家屋を遥かにしのぎ、月をつく勢いで伸びていた。


「こんなもの、実在したのか……」


 階段の周りには蔦が何重にも生えている。そのさまはまるで廃墟のようで、不気味な雰囲気が漂っていた。


「まさに……化け物の巣だ……」


 目を見開いたままのハンターが言う。


「……目測では、十階建てのビルくらいはありそうですね。明かりが少なくて全貌がつかめませんが。こんなものを温存していたとは」


 龍が額に手を当て、階段を見上げながら付け加えた。彼女はすでに、平静を取り戻している。


 愛生は塔の外壁を取り巻く階段に、足をかけてみた。崩れる様子はない。


「行くぞ。襲撃をかける」

「な」


 ハンターが、驚きの目で愛生を見る。


「相手も慌てていた。攻撃をかけるなら、体勢を整えるまでのこのわずかな間が最適解になるだろう。放っておいたら、この塔からぞろぞろ化け物が降りてくるぞ」


 要は誰も生かして帰さないと言っていた。その自信の根拠がこれだ。手段を選ばず相手が襲いかかってくるなら、迎え撃つしかない。


「犠牲者が出るかもしれん、無理について来いとは言わない。その場合は、この塔の周辺を固めて、周辺住民が近寄らないようにしてほしいんだが」


 誰かの耳に入って、見物にでも来られたら厄介なことになる。そう言うと、ハンターはうなずいた。


「半数は見張りのため、下に残します。残りはご一緒しましょう。もちろん、私も」

「分かった」


 全員の命を預かる緊張からか、ハンターの顔は硬い。愛生は笑ってみせた。


「最前線は俺と龍で行く。援護を頼む。あと、下に残ってる連中に頼みたいことがあるんだが」

「……かしこまりました」


 愛生は龍と軽く視線を交わしてから、階段に足を掛ける。振り返らず、ただ階段の頂点を目指す。主が、ことの元凶がいるのはきっとそこだ。


 ピサの斜塔という有名な建築物がある。この塔は、外見は傾いていないあれにそっくりだ。しかし実物の斜塔は塔の内部に階段があるし、当然窓には転落防止の柵がついている。一本道で、袋小路もない。


 こちらは傾いていない分、手すりなどなにもない、横に柱が立っているだけの階段を昇らされる。もちろん、柱と柱の間──たっぷり二メートルはある──から落ちれば命はない。


「気をつけろよ」

「ええ」


 愛生は龍に注意を促した。


 今のところ通路にはなんの気配もなく静まりかえっているが、それがかえって不気味だった。その後ろから、警官たちが追いついてきた。


 階段の途中に、門のような障害物はないと虎子とらこは言う。このまま守りが薄いうちに、塊になって卿のところまで行きたい。そう思っていた矢先──不意に、何も無かった床から大量の蛇がわいてきた。


 愛生は体を翻し、蛇たちの隙間をぬうように足をつく。龍はワイヤー弾を発射して飛び、壁にぶら下がることで足場を確保した。


 しかし警官隊はそうはいかない。蛇に足元をとられて、何人かがよろめく。バランスを崩して倒れた何名かに、後ろが巻き込まれて怒声があがった。


「各自、間隔を保て! 踊り場がないから、下まで一気に落ちるぞ!」


 まるで鞭のようにしなう蛇の体は、刃物や弾丸を器用に避けた。後ろから蛇の尾に締め上げられた者もいる。全員の突破は、どう考えても不可能だ。


「どうする、片方残るか!?」


 愛生は体をねじるようにして、龍と警官たちを見比べた。龍も足を止め、迷っている様子だ。


「我々に構わず行って下さい!」


 体格の良い男たちが、背後から現れた蛇に倒され、絡みつかれ、良いようにあしらわれている。それでも彼らは、愛生たちに進むよう強く促した。


「怪我した者は下がれ! 壁を背にしろ!」

「心配しないでください、神のご加護がありますように!」


 少し苦しそうだが、それでもはっきりした声で警官が言う。彼らが突き出したサーベルが刺さると、蛇たちも苦しげに身をよじった。武器が全く通じない、というわけではなさそうだ。


「分かった、必ず追いついてこいよ!」


 愛生は床に転がる警官を飛び越え、前方に向かって走り始めた。それに龍が続く。 足の速い彼女は、階段を数段飛ばしで登り、素早く愛生に並んだ。


「警官隊の被害状況は」


 ここは首都、曲がりなりにも警官は数がいた。装備も整っている。今の妨害はかなり痛い。無人とまでは言わないが、ついてくる警官たちはかなりまばらだ。


「入り口には数百いたが、かなり引き離された。甘く見積もっても、使えるのは真っ先に飛び出せた足が速い数十人だけだろう」

「わかりました。それでは数の有利はとれませんね」


 勢いのままに最初の関門を突破した人間たちは、上に進む。愛生は階段を見つめる。ここも見た目は何の変哲もない階段だ。


「ここで罠や迷い道でもあればさらに面倒だが……」

「あるでしょうね、きっと。性格の悪いあの男のことです」


 それを起動される前に追撃を振り切り、最上階に辿り着ければいいが──甘い考えは持たない方がいい。


 また足元に揺れが走った。爪先を階段にぶつけたが、愛生は悲鳴をのみこんで走り続ける。今、ようやく五分の一くらいまで到達したと虎子から連絡があった。


「虎子からの連絡。前方、注意してください。詳細はまだ見えませんが、数はおよそ五十。情報収集が終わるまで近付かないでください」


 ぴたっと足を止めた愛生の目に、影が飛び込んできた。敵のシルエットだ。詰め寄られる前に正体を知って、対策しなければ。


「前に敵……なんかいっぱいいるぞ!?」

「忠告ありがとうよ」


 けいはこれだ。愛生は我慢できずに舌打ちをした。


「敵の最前線、下がってきます!」

「警官隊は後ろで待機、下からの追撃あれば対応してくれ!」


 手の届く範囲に、少なくとも五体。上半身は人間で、下半身が蛇の蛇女だ。さっきの蛇よりも恐怖と生理的嫌悪をもたらす造形となっている。


「どけ、敵を減らす!」


 愛生はすらっと伸びた長い刀で、近くの蛇女をまとめて切り払う。青い血が散って、柱や階段をひたひたと濡らした。通常の武器が、まだ通じる。


「うわ、グロ」

「京、いいからもう黙ってろ。俺が許す」


 気が緩むようなやり取りを、愛生は無理矢理シャットダウンした。


「さらに後続が来ます。十数体の群れが複数存在、総数はおよそ二百」


 愛生と京のやりとりを聞いていた龍が、笑いながら言う。彼女も、鎌首をもたげた蛇女を撃ちまくっているところだった。これで十は敵が減ったが、まだ戦況はこちらに不利だ。


「敵は蛇ばかりか!?」

「いえ、棍棒を持った巨人が──」


 龍が言い終わる前に、愛生の眼前に棍棒が突き出された。愛生は左に体をひねり、棍棒をつかむ。そのまま棍棒を握り潰して、驚いている相手を外へ蹴り飛ばした。


「巨人は任せろ。俺の間合いだ。お前は摑まれたらきついだろ」


 胴体にしがみつこうとする巨人を殴り倒しながら、愛生は龍に声をかける。


「では、私は蛇を」


 龍はぽつりと言う。次の瞬間、行く手を遮る蛇女たちが地面に串刺しになった。もはやおなじみの光景だ。


「すげえ……」


 声をあげているのは、何も知らない警官ばかりである。


 数十分後、敵の大半は倒れていた。死体が重なるにつれ、布陣を崩して逃げ出す個体も出てくる。


「逃げる雑魚は放っておけ! 下から追っ手は来てないか!?」

「異常ありません!」


 追加の敵部隊がいなくなったことを確認し、愛生たちはさらに待ち伏せしていた化け物を蹴散らしながら進む。


「化け物か、あの人たちは……」


 仰天している警官たちの声が、また風に乗って聞こえてきた。


「愛生、あれを見て下さい」


 愛生は目をすがめて前方を見る。


 一旦、階段が塔の内部に入り込んでいた。明らかに愛生たちが入ってくるのを期待している様子で、罠くさい。塔の中に入れば、罠に捕まって袋だたきにされる可能性もあった。


 なんとかして迂回路を探すか、そのまま行くか。愛生は一瞬迷ったが、武器を手に意を決して、休息なしに飛びこむことにした。今は何よりも、時間が惜しい。


 塔の内部は、びっしりと蔦模様の彫刻が入った石壁でできていた。出入り口は一つしかなく、窓もない。


 明かりは蝋燭のみで、部屋の隅は非常に暗かった。愛生の全身が映るくらいの大きな鏡が、四つ等間隔で並んでいるのがかろうじて見える。


 そしてやせ細ったハーフエルフたちが、部屋の中央で身動きできなくなっていた。彼らは先頭切って飛び込んだ愛生を、不審そうに見つめる。


「スカーレット卿じゃ……ない?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ