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急襲

 少女は唇を噛み、うつむいた。傷をえぐるようで少し気が咎めるが、愛生あいは厳しい言葉を続ける。


「さっきのはなんだ。面白くないにしても、あれじゃ挑発しすぎだ。かわされるに決まってるし、君の家族に文句がいくかもしれないぞ。子供のいる貴族の家なんて、調べればすぐ分かるんだから」

「じゃあ、どこに行けばいいの? 警察?」

「……いくら訴えても、こちらの警察が助けるのは難しいかもしれませんね。この地域のお偉方は、すでに卿の息がかかっているでしょうし」

「ソフィアの親父さんあたりなら協力してくれるかもしれんが……頼んでみるか」

「……他の街から、応援を集められないの?」


 話を聞いていた少女が言った。


「無理だろうな。イギリスのような地方警察をモデルにしているとしたら」


 愛生はつぶやいた。


 自治の意識が強い国では、その地域は住民が守るべきという考えに基づき、警察組織が分割されている場合がある。こういう地区では一斉捜査をしようとしても、各区の足並みがなかなかそろわない。とある地区の有力者が関係ないと言い張れば、よっぽどのことが無い限り、余所の部署が強権は振るえないだろう。


「日本の警察だって、県をまたげば連絡がうまくいかないこともありますしね」

「ニホン?」


 りゅうの言葉に、少女が首をかしげる。


「こっちのことだ。気にするな。……卿を逮捕するとなると、言い逃れのできない証拠がないと厳しいと思っておいたほうがいい。そうじゃないと、ソフィアの親父さんの首が飛ぶ」

「とりあえず、あなたはもう一緒に行動しない方がいいわ。卿に目をつけられているもの」


 そう言われた少女は、唇を噛みしめた。まじまじと龍を見る。


「あいつを死刑にしてやりたい。絶対にそれに値するようなことをしてるはずよ。……なのに、今の段階じゃ何もできない。本当に、私にできることはないの?」


 落胆した様子の少女の肩を、愛生はたたいてみせた。


「お前の気持ちは分かった。俺たちに任せておけ。これ以上誰も死なせたくないのは、こっちも同じだ」


 少女は苦しげに唸った後、おそるおそる顔を上げた。


「……本当にできるの? 警察にもできなかったのに?」

「俺のことを普通じゃない、と最初に言ったのはお前だぞ。信用しろ」

「卿でも誰でも関係ない。のうのうとしている真犯人を、必ずひきずり出してみせます。約束します」


 少女はまだ溢れる涙を手の甲でぬぐった。深呼吸をすませると、すさんでいた顔が、年相応のものになっている。


「必ず見つけてね。約束破ったら、今度はあんたらをどこまでも追いかけるわよ」


 そう言い残し、道を曲がって屋敷の方に消えていく少女を見て、愛生はため息をついた。


「見つかったな、共通点。事件の目撃者だったんだ」

「こればかりはあの子がいなければ分かりませんでしたね……あの子がグループの一員だとは、流石の犯人も気づかなかったんでしょう」


 生まれ育ちが全く違うから、知り合いだとも思われていなかったのだろう。今回はそれが幸いした。


「……さあ、調べにかかるか」

「はい。とりあえず明日、休憩所で落ち合いましょう」




「今まで俺たちが知らなかった情報が手に入ったから、共有しておく」


 舞踏会の数日後。調査を終えた愛生たちは休憩所に戻り、紅茶をすすりながら、愛生はひと息つく。さすがに龍の顔にも、疲労の色が浮かんでいた。オリバーが愛生の許可を受けて、龍の肩をもんでいる。


 ソフィアの懇願を受け、警察が協力してくれたため、足を使った調査にも少し希望が見えてきた。


「犯行ごとに目撃されてる誘拐犯の人相が違ってたのは確かよ」

「それに卿は犯行の日、全てにはっきりしたアリバイがない。それは警察も認めてる」


 愛生は眉をひそめて言った。しばらく部屋の中に、静寂が満ちる。


「これはもしかしたらあの子の指摘がビンゴかもしれん。卿がうまいこと声をかけて、職に困っているハーフエルフをかき集めて、自分の怪しげな儀式と誘拐に使っていた。特殊詐欺と同じだな。あれも、ネットで受け子を集めて使い捨てにしてるわけだし」

「トクシュサギ? ウケコ?」

「……まあ、うちで流行ってる詐欺だ。詳しく知りたきゃ後で話してやるが、被害者に話をもちかけて金を出させる。その金の回収の時が一番捕まりやすいから、受け子っていう使い捨ての兵隊を使うわけだな」

「へえ……」


 オリバーは深くうなずいていた。しかし龍は首をひねる。


「金の受け渡しだけじゃなくて、今回は誘拐です。そんなことをさせるのは大変ですよ。それに受け子はすぐ捕まるものですが、今回は誰も逮捕されていないんですから」

「それこそ、卿が言い含めて家に連れて帰ってるんじゃないの? 家の防壁も、腕が立つ見張りもあるから、女の子が言ってたみたいにそうそうわからなさそう」


 ソフィアが言う。龍はそれでも納得がいかないようだ。


「卿がそんなことをするメリットがないように思えますが……」

「犯罪の発覚を避けるためだから、必要なことなんじゃないの? 気持ちは良くないだろうけど」

「それなら殺してしまうでしょう。文字通り死人に口なし、完全に後腐れがありません。敷地の隅にでも埋めれば、勝手に骨になりますし。同じ犯人を何回も使うわけじゃないんですから」

「確かになあ……」


 ゲームだと悪の組織がぽんぽん出てくるが、実際はそんなに簡単なことじゃない。人が生活すれば、かならず痕跡が残る。日和る奴が出る。ハーフエルフはすでに殺されているとみた方がいいかもしれない。


「龍のその説でいくとすると、死体はどこに埋まっていると思う?」

「門の中のどこにでも可能性はあるでしょうね。少なくとも範囲を絞れないと、立場の弱い警察は踏み込むことすらできませんよ」

「今から探すってわけにはいかないだろうなあ……あの一言で、卿が犯人ならますます警戒するだろうし」


 愛生は一旦、卿のことを考えるのを諦めた。


「外堀から埋めていくしかないな」

「誰を追いかけるのよ。それも見当ついてないじゃない」


 ソフィアが舌打ちをした。


「ハーフエルフが子供をさらった時、何に乗っていると言っていた?」

「そうか、馬車! 少なくとも、それを操って手助けしてた奴がいるわ!」


 ソフィアが興奮のあまり、軽く飛び上がった。


「その実行役に使われたのは、西側の人間だろう。身なりを変えたとしても、綺麗な肌や歯をした人間が西側にいたら目立ってしょうがないからな」

「確かに、それはそうね」


 卿はぎりぎりまで、自分の身の安全を守りたいはずだ。目撃した人間を全てさらっていることからも、それは明らかだ。ならば、手先にはできるだけ自分とは遠い関係にある者を使うはず。


 そこまで話した時、とある人物の姿が愛生の脳裏に蘇った。あまり頭がいいとも思えない顔、そしてあの時の姿。


「……あれでごまかせたと思うなよ」

「なに?」


 いぶかしげにこちらを見るソフィアに、愛生は笑ってみせた。


「心当たりがある。急ごう。証拠を消される前に動くぞ」



「もうそんなに時間はかからない。通りがかったら後をつけるぞ」


 暖かい季節だから、物陰に潜んでいても心地悪さは感じない。日中よりややぬるくなった風が、愛生の頬をなでていった。


 愛生たちは今、ジャックを待っている。聞き込みで彼がどのあたりに住んでいるかつきとめ、いつも通るという道を張っている。万が一があってはいけないため、別道には警官隊が待機していた。


「ジャックはしゃべってくれるでしょうか。所詮彼は傀儡、何も教えられていないかも」

「それでも卿をいぶり出せるだけの証拠を持っている可能性はある。俺があいつの気を引くから、その間に証拠を探せ。さらわれた五人の子供やハーフエルフたち、犠牲者につながる者があれば警察が卿を追える」


 愛生たちの後ろには、十人近い警官が控えている。ソフィアの父親に頼んでようやく許可をとりつけ、特に腕が立つ者を集めてもらった。


「来たぞ!」


 愛生が息を潜めていると、目当ての男が通りがかった。ジャックはあまりやる気の感じられない足取りで、家に向かって進んでいく。


「……追われていることには気づいていない感じだな。行くぞ」


 ジャックを、愛生は足音をたてないように追いかけた。とある通りに入ったところで、ジャックは一戸建ての家に帰っていく。周囲は空き家ばかりのようで、ジャックの他に人の気配はなかった。


 扉が閉まる音を確認してから、警官たちに協力してもらって家の周囲を囲み、蟻の這い出る隙間もない状態にした。そこまで準備を整えたところで、愛生はジャックの住み処の扉をたたく。何度叩いても返事はなく、扉に鍵すらかかっていなかった。


 愛生は未知の家の中へ足を踏み入れた。次の瞬間、顔をしかめる。雑多な荷物が通路を埋め尽くし、手近な部屋には入れない。


 無言で龍に顎をしゃくってみせた。彼女はうなずき、器用に家財を避けながら家の奥へ消える。


 愛生がなんとか入れるところに行くと、そこはささやかな台所だった。ここも生ゴミのような匂いはしないが、全く片付けがされていなかった。欠けた食器が乱雑に積み重ねられており、テーブルクロスには大きな茶色い手形がついている。


 奥の扉がかすかな音とともに開いた。そこにジャックが立っている。作業着を着ているのに、やけに大きな銀のペンダントをしているのが目についた。


 彼は剣呑な顔で愛生を見る。愛生は肩をすくめてみせた。


「一応、声はかけたんだがな。開いてたんで勝手に入らせてもらった」

「なんの用だ」


 愛生は懐に武器があるのを確認してから、核心に斬り込むことにした。


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