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舞踏会の乱入者


 愛生あいたちを迎えに来た馬車は、貴人用のタウンコーチと呼ばれるものだ。ドアには金の紋章、御者席には従僕の衣装と同じ色のハンマークロスがかかっていた。


 普通の馬車より細めで、車の中には四人しか乗れない。愛生とりゅう、ソフィアが箱に入り、使用人は馬車の後ろに立つ。


「誰でも乗れる駅馬車とは、やはり違いますね」


 車のソファはビロード張り、クッションもしっかりしている。虎子とらこが乗ったら喜びそう、と龍が姉らしい感想をのべた。


 馬車が動き始めた。車はしっかり作られているらしく、走行中に外の音はあまり聞こえない。通行人の視線が馬車に注がれるのが、内側からだとよく見えた。


 ソフィアの家から、卿の邸宅までは馬車で二時間ほどかかった。大きな道を通ってもこれほどかかるのは、卿の邸宅が東側エリアの中でも特に東の外壁に近いからだとソフィアが言う。


 窓を開けていると、徐々に街を抜けて緑が多くなっていく。枯れた木や、荒れた土地は目に入る範囲ではひとつもない。


「手入れがきちんとされている山なんだな」

「ここら辺、全部スカーレット卿が所有している平野や山よ。天気が良ければここで狩りをしたりもするみたい」

「そりゃ豪勢なことで」


 愛生は山を見上げる。しばらくして、厚い壁が見えてきた。かなりの高さもあり、馬車に乗っていると内部の状況は全く分からない。


「卿の屋敷の防壁。ぼこっと飛び出してる上に見張りの弓兵がいるから、不用意に手足出さないでね。攻撃と間違われて撃たれるわ」

「はいはい」


 無駄のない警備システムに舌をまきながらも、馬車は無事に大きな門をくぐって外壁を突破した。その中には馬車道が続いていて、屋敷の全体像がようやく見えた。


 高価な煉瓦を使って作られた、チョコレート色の外壁。天に向かって伸びる奥の塔はどんな風にも屈しないといった体でそびえている。その前には本館があって、そこが主人一家の住み処。本館から横に細く伸びた家々が使用人の住み処や、厨房になっているようで、どちらかというと横に広い構造をしていた。


 大きさは、一般的なカントリーハウスより少し大きい程度。いったいどんな大邸宅かと期待していた愛生たちは拍子抜けしていた。


「……想像していたより小さい家ですね。あの男のまとっていた調度品は見事でしたが」

「まあ、綺麗ではあるが……月ヶつきがやの家と比べたらなあ。正直、拍子抜けだ」

「あんたたち、一体何者なのよ……」


 愛生たちが批評する様子を見て、ソフィアが引いていた。


 馬車は門をくぐり、玄関前の車付きについた。すぐに扉を開ける係が寄ってきて、うやうやしく扉を開く。


 会場はすでに人でいっぱいだった。舞踏会らしく、通されたホールには着飾った男女が並んでいて、すれ違うのにも苦労する。皆、正式な夜会服に長いドレス姿だ。


 曲名と演奏される順番が書かれたプログラムを受け取って、愛生はひと息つく。早くも龍に媚びへつらう男たちが出てきたが、ソフィアがうまくいなしてくれていた。


 しばらく龍とソフィアから離れて、適当に踊った。出会う女性とのダンスや壁際にたむろする男たちとの会話は面白かったが、連続すると少し疲れる。ふと愛生が外に目をやると、刈り込まれた植木が並ぶ庭があった。


 庭の中に知った顔を見つけて、愛生はふと立ち止まった。確か、あのハーフエルフを捕まえたジャックとかいう大男だ。あの友好的とはいえない別れからそれっきりだったが、意外なところで再会した。


 しかし彼の装いは安物に見えるのだが──招待客なのだろうか。顔色も悪そうだから、保護されたのか。そう思っていると、彼は不意に姿を消した。もうどこにもいない。


「どうしました?」


 偵察に出ていた龍が戻ってきた。その後ろから、やに下がった笑みを浮かべた男たちがぞろぞろ駆け寄ってくるのが見えて、愛生は視線鋭く追い払う。


「いや……」


 後には夜のとばりがあるばかり。うらぶれた雰囲気のジャックは、まるで管理者のゲームマスターに消されたかのようだった。愛生は割り切れないまましばらく庭を見て、ようやく諦め会場に視線を戻す。


「ちょっと、何やってるのよ」


 ソフィアに問われて、愛生が笑ってごまかす。何も言わない愛生に、ソフィアはわかりやすくむくれた。


「まあ、なんでもいいけど……だらけた姿を見せないでよ。卿、そういうのにすごくうるさいんだから」

「……善処するよ」

「疲れてるなら、そっちの食堂でなにかつまめば気分も変わるんじゃない。私も疲れちゃったから、行ってみましょ」


 ソフィアに袖を引かれて、愛生は足を踏み出した。客が歓談する食堂の扉は、両方とも大きく開け放たれている。そこから隣の生演奏が聞こえてきた。水や軽食が並んでいたが、愛生たちはそれを手に取らず、周りを観察する。


 食堂の中には、十数人の男女が集まって小声で話をしていた。ただ、年齢層は愛生たちよりずいぶん上だ。若くて中年、最も多いのは初老の人々で、髪に白いものが混じっていることが多い。


 ソフィアと同じ年頃の子は皆無だった。そのため、彼女は立っているだけでずいぶん目立つ。横に立っている愛生たちにも視線が注がれた。


「ソフィア様、ずいぶんお会いしない日がありましたので、ご案じ申し上げておりましたよ」

「少し体調が悪かったもので。失礼いたしました」


 それから入れ替わり立ち替わり客が挨拶に来て、しばらくソフィアは忙しくなった。たまに愛生たちにもお鉢が回ってくるので、適当に答える。


 しばらくたつと、数人の客が食堂を出て行った。これ幸いと、愛生はソフィアに聞く。


「そんなに久しぶりなのか?」


 愛生が聞くと、ソフィアは声を落としてささやく。


「大げさなのよ、ここの人たち。毎日集まって社交に明け暮れるものだから、知った顔がちょっと来ないとうるさいの。私は、なんだかんだ理由つけてサボってるしね。さ、調査に戻るわよ」


 ソフィアは憎まれ口をたたく。愛生は周囲に聞こえやしないかとはらはらしながら、ホールに戻った。


 すると不意に会場の奥、階段からスカーレット卿が現れた。愛生はまじまじとその男の顔を見る。この場の皆が感嘆の息を吐き、卿が話しかけてくれないかとそわそわしていた。


「どうするの? このまま遠目で見てる?」

「……近付いてみよう。無視されたら、それはそれだ」


 愛生は少し考えた後に、ソフィアを伴って卿に近付いていく。相手に視線を投げかけ、こちらに気づいてくれるよう促す。その甲斐あって、卿が視線に答えてうなずく。


「やあ。来てくれたのか」


 卿は恵まれた者特有の堂々と背を伸ばした姿勢のまま、ソフィアに向き合った。その横には、柔和な笑みを浮かべる女性がいる。彼女が噂の後妻だろう。ふわりと香水の甘い匂いがした。しっかり香りはするがきつすぎる印象はない。いかにも男性が転がりそうな香りだった。


「ん……?」


 しかし愛生は、ふとそこに違う臭いを感じ取った。なにかと聞いてみたい気がしたが、かろうじてこらえる。


「久しぶりだね。そちらの彼も来てくれたのか。なんの仕事をしている?」


 卿は愛生たちを見て、首をひねった。


「……探偵、のようなものでしょうか」

「ほう、ソフィアと同じか。私には想像もつかない仕事だ。すまないね、あまり世の中を知らなくて」


 探偵がそんなに珍しいのか、卿は嬉しそうな顔をしていた。卿の妻も、目を丸くして愛生を見ている。……彼女が見ているのは、後ろにいる龍かもしれないが。


 そして、卿の方から手をすっと出した。相手にたいして親愛の情がないことは分かるが、礼儀は礼儀だ。愛生はしばらく様子をうかがってから、その手を握る。


「愛生。日ノ宮愛生ひのみや あいだ」

「月ヶ祠龍つきがや りゅうと申します」

「……変わった名前だな」

「申し訳ない。外国の出なもので」


 名乗ったところで、ソフィアが口を開いた。


「彼らは事件捜査のために、トロアから派遣してもらった探偵なんです。実際にあちらでは、凄惨な事件を解決しました」

「ほう。確かに、悪くない面構えだ」


 卿は奇妙な物を見るような目で、愛生を見た。


「だから誘拐事件も、もうすぐ解決すると思います」


 ソフィアは強気に言った。卿は目を細める。


「大きく出たね。確かこの前、新たな誘拐があったと聞いたが」

「お詳しいですね」

「顔が広いと見込まれて、子供の手がかりを知らないかと聞かれるだけだよ。実際は何も知らない。心を痛めてはいるのだがね」


 卿はそう言って首をかしげてみせた。それを呼び水にして、招待客たちの会話が始まる。


「目的はなんなんだろうな?」

「それは私も気になっていましたわ。身代金の請求もないという話でしょう?」

「それでも今のところ、死体は出ていないのよね。意味が分からないわ」


 自分には関係ないと言わんばかりの大人たちに、愛生は腹が立つ。これを聞くまで、事件のことなど知らなかったという若者がけっこういた。西側のことなど、目に入らない人間がここまで多いのだ。


「ご大層に着飾っても、中身はこの程度か」

「聞こえますよ」


 龍がたしなめてくる。愛生が口を尖らせていると、群衆の中から何かが飛び出てきた。


 それはソフィアより年下の少女だった。彼女は急に開けた場所に出たせいで、目をぱちぱちさせている。


「迷子か?」


 愛生がいぶかる中、少女は周囲にいる大人たちを見渡した。


「連れ去られた子供たちは、どうなったとお考えですか。スカーレット卿」


 少女は口火を切った。大人たちが振り返り、ざわつく。身分が下の者から声をかけるなど、どこでも許されることではない。


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