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舞踏会への招待

「警察の拘留所では、本当に何も知らないと言っているそうだ。知り合いのところで船からの荷下ろしの仕事をして、いつもの帰り道を通っていただけだと」

「その割には息があがっていませんでしたか?」


 新聞を読んでいたりゅうが手を止めて愛生あいに聞いた。


「最近、ハーフエルフに難癖をつける連中が多いから、ちょっとでも危険を避けようと行き帰りは走ってたんだと。懐に小金があったから、働いてるっていうのも嘘じゃないかもしれん」

「裏付けは虎子とらこに頼みましょう。嘘をついていれば、何か出てくるはず」


 ハーフエルフは特徴的な見た目だから、雇い主が覚えているだろう。愛生は虎子に任せることにした。


「そういえば、拘留所の待遇はどうなっているんでしょう」

「とりあえず、警察のところにいれば飢え死にはしないわよ。ちゃんと税金から食事が出るわ。でも、長くは無理よ」


 貧乏な連中は、食うに困るとわざと微罪を犯して捕まり、警察から食事をもらおうとすることがあるという。警察の方ももちろんそれを分かっているから、重大な犯罪でなければ早々に釈放することもままある。キツネとタヌキの化かし合い、というわけだ。


「釈放までどのくらいだ」

「引っ張れて三日じゃないかしら。特に今回は、犯罪をしたかも分からないんだもの。愛生たちのはっきりした証言がなければ、それで終わりよ」

「最大でも猶予はそれだけしかない、か」

「え?」

「……いや、こっちのことだ」


 ソフィアを通じて連絡をとってもらうことにして、愛生たちは情報を求めて街を歩いた。虎子にもできる範囲で調べてもらう。しかし、あの屈強な男がジャックという名前で、用心棒的な仕事をしているとわかったくらいで、子供同士のつながりはさっぱり分からなかった。


 そうしているうちに、日が沈む。今日も何もできなかった、と愛生はため息をついた。


 ソフィアがまだやると騒がしいので、愛生は彼女の前に立ちふさがった。


「……そろそろ家に帰らないとまずいんじゃないか? 送っていくぞ」

「イヤよ! また子作りしないよう見張る必要があるわ」

「してないって言ったろう」


 愛生が苦笑したその時、奇妙な馬車が近寄ってきた。


 幌や小さな車がついた馬車自体はそこらを走っているのだが、この馬車はその倍の大きさがある。その上まるで天の神に見せるかのように、馬車の上にもびっしりと金細工がちりばめられていた。かなり裕福な者が乗っているのは、間違いない。


「……スカーレット卿」

「車上から失礼するよ、ソフィア嬢。昨日視察から戻ってきたばかりなんだ。こんなところで会うなんて、なんの巡り合わせかな。まだ探偵をしているのかい?」


 高価そうなコートをまとい、隙が無い着こなしをした男が、車の中からじっと愛生たちを見ていた。しかし、ソフィアがいるのに気づくと、彼は如才ない笑みを浮かべる。


「……ええ」

「僕も少女探偵の力になりたいものだな。また遊びに来たまえ、面白い話をしてあげよう」


 口元からこぼれる白い歯が、わざとらしいほどに白い。美容歯科などなさそうな世界でこんな歯なら、よほど外見維持に大枚をはたいているのだろう。


「誰だ?」


 男が顔を背けた隙に、愛生は龍に聞いた。虎子なら何か調べられるかもしれない。


 程なくして虎子がよこしてきた情報によると、こうだ。


 スカーレット卿。もともとは有力な弁護士だったが、貴族の未亡人と結婚。その彼女が病気で亡くなると、管理能力のない親族に代わって一家の財布を握った。彼の投資家としての才能は一級品、みるみる先物買いで頭角を現し、資産は寝ていても増え続ける状態だという。伝記に残りそうな成功っぷりだ。


 金を完全に管理され、彼に養われる格好になった一族は彼に対して何も言えず、若い後妻をもらわれても黙認している。


 現在の地位は伯爵。ここの都市を治める領主だというから、現実世界の伯爵とそう変わりない立ち位置だ。公爵には劣る地位とはいえ、子爵・男爵より上、なかなかいるものではない。かなり国の深部に顔がきく人物だ。


「弁護士としても顔が広い。商売に規制をかけられそうなところを何度も助けてもらった者が多く、近く彼を国政に出そうという動きもあるそうです。子供がいなくて政略結婚ができない分、彼自身の活躍はめざましい。いずれどこかから養子をもらう予定だろう、とも言われています」


 さすがにこちらでも、直系の子孫がいないと家が絶えてしまうのは一緒らしい。財産没収なんて間抜けな真似は、避ける男だろう。


「ちゃんと計画的に動いているんだな」

「確かに切れる男、という感じがします。……人望が本当に厚いかはわかりませんが」


 龍がちくりと刺したところで、ソフィアと卿の会話は終わった。卿は最後に手袋をはめた手を振り、ちらっと愛生たちを見て、窓を閉める。


 馬車はかすかな振動と共に走り去っていった。


「えらい人と知り合いなんだな、ソフィア」

「知り合いなのは私じゃなくてお母様よ。私はああいうふうにちょっと挨拶を交わすだけで、詳しいことはほとんど知らないもの。そんなに偉くないわ」


 珍しくソフィアが謙虚なことを言った。ソフィアの母方は男爵家の血筋で、それで社交界ともつながりがあるのだと言う。警察官の父も元は下級貴族の出だが、結婚するにあたっては身分違いだと相当揉めたようだ。


「ああいう相手に味方になってもらえば、話が進みやすいんだがな。お袋さん経由で頼んでもらえないか?」

「そんな簡単にいくわけないじゃないの。あんた、本当に探偵なの?」


 ソフィアににらまれ、愛生は口をつぐんだ。やっと見つけた手がかりだと思ったのだが、そう甘くはないようだ。




 しかし、一夜が明けた後、急に動きがあった。


「こんな手紙がうちに届いたの。早馬を使って、朝一番にね」


 ソフィアが低い声とともに、愛生に手紙を差し出す。愛生は困惑しながらも、手紙の内容に目を通した。


「舞踏会への招待状だ。名指しはしてないが、昨日のお友達も一緒に……ってことは、俺と龍にも来るよう書いてある……急に、なんのつもりだ?」

「手紙が偽物ということはないのですか?」


 困惑の色を浮かべながら、龍がソフィアに聞いた。ソフィアは首を横に振る。


「この封筒にあるの、スカーレット卿の紋章ね。偽造したらかなり罪が重いから、本物だと思うわ。あんた、一体何したの?」


 首をひねるソフィアに、愛生は何も言えなかった。こっちだってなんでこうなったか分からないのだ。


「卿は、誘拐事件に関係した情報を持っているのか……それともソフィアに会いたいだけなのか……」


 愛生がぽつりとつぶやくと、龍が手を握ってきた。


「本物なら、乗ってみましょう。こんな機会は二度とありません。どうせ私たちは、勝たないとこの街から出られないのですから」


 愛生はその言葉で覚悟を決めた。こちらを見上げる龍に、うなずき返す。


「せいぜい卿と仲良くなってくるとするか。ソフィアは当然来るとして……」


 愛生に視線を向けられて、オリバーは激しくうろたえた。持っていたカップを取り落としそうになっている。


「わ、私は無理ですよ。生まれてこの方、そんな場所には縁がありませんから」


 力説するオリバーを見て、愛生はため息をついた。


「その方が良さそうだな」

「何かあっても助けに来られないから、絶対にこのパブから出ちゃダメよ。この前みたいなことはしないで」


 ソフィアが言う。言われなくたって行けません、とオリバーは青い顔で言った。


「うちの前の道に、馬車をつけてくれるみたい。着替えの時間も含めて、その二時間前くらいに来て」


 ソフィアに言われて、龍は首を振った。


「別にこのままの服で構いませんが……」

「ダメよダメ。絶対にダメ。そんな乞食みたいな格好されたら全部台無しだわ」

「乞食……」


 龍があっけにとられる中、ソフィアは腰に手を当てて高らかに宣言した。


「チームで行動する以上、舞踏会会場では私の指示に従ってもらうからね。男爵子爵クラスもきっと招かれてるんだから、気を抜かないこと」

「はーい……」

「返事が小さい、もう一回!」

「はーい!!」


 そんな小学生のようなやり取りをさせられ、固く忠誠を誓わされた翌日、愛生たちはソフィアの家を訪れた。


「本当にこれでいいのか?」

「いいんですよ。舞踏会の花は女性陣、男性は失礼でない格好であれば良いのです」


 愛生の服装は黒のタキシードに蝶ネクタイ、手袋着用。時計を没収されて懐中時計を渡されたくらいで、特にこれといったおしゃれ要素はない。


「ほら、あちらをご覧なさい。なんと華やかなこと」


 龍の装いに、愛生はしばらく目が離せなかった。


 白いレースを基調にしたロングドレスと手袋は、一足早い花嫁衣装のよう。ドレスから少し目を上げれば、大きな琥珀を中央にあしらったブローチと揃いの耳飾り。装飾品はアンティークだという。何百年も前に作られたとは思えない品だ。


「いかがです?」

「……すまん、声をかけるのを忘れてた。見とれたよ」

「素直なご感想、ありがとうございます」

「あーあ、こっちにも一言くらい感想言いなさいよ」


 ソフィアも、良い絹を使ったであろうロングドレスに着替えていた。裾に向かって広がっているひだが美しい。値が張る一品であることは容易に知れた。


「ま、龍に比べればだいぶ落ちるが。中身が違うからな、中身が」

「刺すわよ」


 見上げてくるソフィアから殺気を感じた。


「……今のは言い過ぎた」


 愛生が早々に抵抗を放棄した時、馬車が来たと連絡があった。


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