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偏見の原因

「馬鹿が」


 男がいなくなってから、愛生あいは吐き捨てた。自衛が必ず悪いとは言わないが、誰彼構わず疑ってどうする。街を内部から食い荒らすようなものだ。


「愛生」


 苦虫を噛みつぶしている愛生の袖口を、りゅうが引いた。


「さっきの奴らか」

「違います。あそこ」


 龍の指先に、オリバーの姿が見えた。精神的なショックを受けたようで、顔色が青い。愛生は近寄って、オリバーの肩を叩いた。


「聞いていたのか」


 返答はなかったが、うなだれた姿勢が全てを物語っていた。諦めきったようなその姿勢は、泣かれるよりも愛生の心に刺さった。


「どうしてついてきたの?」

「……お嬢さんに何かあったら、と思って。余計な心配でしたけど」

「全くよ。どうして信じてくれないの」


 華奢で小さなソフィアがそっくり返り、大きなオリバーがしゅんとした。


「顔を上げて。いつまでもそんなことされたら、辛気くさくて仕方ないわ。一緒にパブまで帰りましょ」


 ソフィアがオリバーに手を差し出す。オリバーが遠慮してつかまないので、とうとうソフィアの方から無理矢理手をつないでいた。


「しょっちゅう、あんなことがあるのか?」


 歩きながら愛生が発した問いに、オリバーはうなずいた。愛生は暗い気分になる。


「……はい。人の心は、どうにもなりませんから。お嬢様みたいな人ばかりじゃありません」

「襲ってくるのは子供ばかりなんですか?」


 龍が聞くと、オリバーは背後を気にしながら口を開いた。


「いえ。さっきも言ってましたが、最近は自警団がありますから……大人も似たようなものです。自警団に殴られて倒れた同胞を、私とお嬢様で介抱したこともあります」


 愛生はそれを聞いて、開いた口がふさがらなくなった。


「単なる私刑じゃないか。なんの責任も義務も負わない市民が、自分の感情だけでやっていいことじゃない」


 公的な縛りがない自警団は、一旦加速し出したら止まらないだろう。最後にはすさまじい惨劇が待っている。


「子供はかわいそうだと思うけど、大部分のハーフエルフは関係ないのに……」


 落ち込むソフィアを無理に励ますのはやめ、愛生は思考を始める。ただ目の前の男だけ救ったとしても、問題解決にはならない。


 国のため、街のためと暴走する市民を完全に止めなければ、またハーフエルフの誰かが狙われる。今度は石ではすまないかもしれない。そしてもっとひどいことが起これば、現実世界の誰かの命も危うくなる。


「私刑をやってる連中が大義名分にしてるのは、誘拐犯から街を守るってことだから……」


 ということは、犯人を捕まえれば彼らへの評価も変わる。


 それを聞いて、オリバーは目を丸くした。


「みんなを助けるなんて……そんな壮大なことが、できるんですか? まだ手がかりすらないのに」

「とりあえずやってみるしかないだろう。だから、自暴自棄になりそうな奴が居たら止めといてくれよ」


 ゲームクリアしてみないと分からないが、元の状態より悪くなることはない、と思う。逃げ出すより、立ち向かうことが愛生たちの仕事だ。




 愛生たちは街の西、ロースター・エンドと呼ばれる地区から、東側のドラゴン・ランズへ戻ってきた。狭い上り坂をてっぺんまで行き、地区を隔てる大きな門で再度検閲をくぐる。身分証はあるか、身元引受人はいるか、宿は決まっているのか──東から西に行くときには一切なかった質問の連続だ。


 うんざりするほど取り調べられてから門をくぐると、あからさまに町並みが変わった。最初はあまり意識していなかったが、石畳で道は滑らかに整備されているし、見事な山の稜線が見えるように家が配置されていた。斜面に家がへばりつくようにしていた西地区とは、雲泥の差だ。


「しょうがないわよ。住んでる人数が全然違うもの」

「そういうことか」


 広さは東地区と西地区は同じくらいだが、人口の三分の二は西地区に住んでいるという。それだけの数の人間が住んでいれば、ああいうふうに小さい家を乱立させなければ成りたたないだろう。


「西地区には工場もあって、それがまた場所を取るから」

「そりゃ難儀だな」


 そんな話をしながら大通りを右に曲がれば、パブのある通りが見えてきた。


 今まで背後を振り返ったり、曲がり角を見つめたりと気を張っていたオリバーが、ようやく肩の力を抜いた。それは愛生たちも同じ事で、偽造した身分証を懐にしまう。


「やりすごせたか。みんな無事で何よりだ」


 ソフィアが周囲の店を回って、軽食を買ってくる。パブに入った彼女は、オリバーの前にでんとそれを置いた。


「ほら、ちゃんと食べなさいよ。死にそうな顔してないで」


 ソフィアがオリバーをけしかける。下僕のように扱うかと思っていたが、ちゃんと依頼人として気遣っている様子はほほえましかった。


 愛生たちにはどうせ何も出ないだろうと思っていたら、ちゃんと食べられるフィッシュ・アンド・チップスが卓の上にいつのまにかあった。


「そっちの二人も……って、もう自分の分とってるの? しっかりしてるわね」


 ソフィアは顔をしかめたが、愛生たちは苦笑いするしかなかった。


 食事が始まる。サクサクに揚がって、表面に塩がついた芋と魚は抜群に美味い。けなされることが多いイギリス料理だが、ちゃんと作れば美味いものもあるのだ。愛生は龍の倍は食べ、オリバーも同じくらいの量をたいらげていた。その様子を見て、ソフィアは満足そうに腕を組んでいる。


 腹が膨れると、愛生のやる気がわいてきた。


「まず、誘拐事件があったのはどの辺なんだ?」

「お任せあれ。ちゃんと資料にしてあげたわよ。私だって遊んでたわけじゃないんだから」


 ソフィアが地図を広げる。街の中の通りに、赤い×印がついている。これが事件現場、ということだろう。しかし、×は明らかに一定の地区に固まっていた。西側である。


「わかりやすいな。東は被害者なしか」


 愛生が地図を見つめると、ソフィアが大雑把に赤線を入れた。


「西の方が治安が悪いから、妥当よね。西にはお金持ちはまず一生、足を踏み入れないって言われてるくらいよ。主な産業は農業と工場だから」

「だろうな」

「まあ、たまに新しく特許を取って大もうけして、西から東に住み替える人はいるけどね」


 奇跡でも起こらない限り、西に生まれた人は一生を西で過ごし、そのまま西に骨を埋めるのだという。


「使用人として、東に雇われたりはしねえの? 俺だったら、可愛い女の子がいたら呼んじゃうなー」


 けいがこういう時だけ口を出してくるので、愛生は顔をしかめた。


「馬鹿たれ。由緒ある貴族の家ってのは、使用人でもそこそこの家の出なの。特に主家族の世話をする使用人なんかはものすごく厳しい。どこの骨ともわからん村娘なんか拾ってお坊ちゃまにつけちゃうのは、ファンタジーだけだよ」

「いや、そこもファンタジーの世界じゃん……」


 それを聞いて愛生は顔をしかめた。


「現実感にこだわったファンタジーなんだよ。いいから黙って話を聞いてろ」


 京がぶーぶー息を鳴らすのが聞こえたが、愛生は無視してやった。全く、恥ずかしい弟だ。他の人間に聞こえないことだけが救いである。


「では、誘拐事件で最も犯人が重視する、身代金も取れていないということになりますね」

「なんてこった、忘れてた。すぐにそれに気がつくとは、さすが嫁」


 愛生が言うと、龍の涼やかな顔に一瞬笑みが浮かんだ。


「分からない……身代金が払えるとは思えない相手を、どうしてさらうんだ? 犯人にメリットがなさすぎる。普通、なんとしても避けるだろう」


 金が手に入るか、それを無事に持って逃げられるかで、誘拐事件の意味も結果も大きく異なってくる。


「確かに、今まで誰も……犯人から接触があったって話は聞かないわね」


 ソフィアがため息まじりに言う。


「恨みや妬みによる犯行でしょうか?」


 愛生は腕を組んだ。


「まあ、それもないではないが……五人に何か接点があればの話だ」

「住んでいる地区が多少離れていますから、望み薄だと思いますが……一応、虎子とらこに調べてもらいましょうか?」

「頼む。何もしないよりはいい」


 虎子が調べてくれている間、愛生たちは別の考え方はできないか話していた。


 さらわれたのは五歳から十一歳の子供たち。男二人、女三人だ。


「例えば、美男美女だったとしたら、さらえば愛玩用として金になるとかか?」

「一応、子供たちの似顔絵もあるわよ。見てみる?」


 ソフィアに言われて、愛生はざっと五人分の似顔絵を見た。


「うーん、どの子も可愛いとは思うが、わざわざ誘拐までするほどでは……」


 龍も同じ意見だった。ソフィアから預かった似顔絵は、たくさんあるというので愛生たちも一セットずつもらっておく。


「それなら、奴隷として所持する目的でさらったという方がありそうです」

「わざわざ体力のない子供をさらってどうするの?」


 ソフィアの問いに、龍が答える。


「奴隷売買では子供も対象だったんです。どこかで労働用として売っているとしたら、親に力がなくて足がつきにくい、西側の子供の方がいい」


 それを聞いたソフィアが露骨に嫌な顔をした。


「でも、殺されてるって可能性もあるよな……」

「この街も広いし、出て行けば外に谷があります。死体を捨てたとしたら、そうそう簡単には見つからないでしょうね。最初の子供はひと月前にさらわれているだろうから、証拠も消えているし」


 言っている龍も嫌なのだろう、若干声が低くなっている。愛生はそれを補うように、大きめの声を出した。


「そうだな。今から手がかりを追おうとしても難しい。やっぱり、子供たちに何か共通点がないか、辿った方がよさそうだ」



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