赤毛同盟の再来
伯父の前ではしおらしくしていたが、まだ諦めていないようだ。愛生より年下設定なのに、しぶとい。隣で龍が不意にうつむいて「仕置きが足りないようですね」とつぶやくのが怖かった。
「ええ。かれこれ三年ほど、ずっと」
「それにしても、住むところがだいぶ離れてないか?」
「だからこそ、全然違う話が聞けて面白いんじゃない」
聞けば、雑誌の募集で知り合って意気投合したのだという。会ったこともないというのに、すごい入れ込みようだ。
「この前の猿の事件も聞いてるわ。ものすごく派手な殺人事件だったんでしょう? お話をうかがいたいの」
もう愛生たちがしゃべる前提で話している。この娘、かなり我儘に育てられたようだ。黙っていれば可愛いのに、もったいない。
「断りましょう」
「まあ、待て」
龍に毎回暴れられては、愛生の方がもたない。
「わかった、話す。その代わり、君はこちらの街のことを教えてくれないか?」
素直に協力を乞うと、少女はふんと鼻を鳴らした。
「じゃ、ついてらっしゃい。この街のことなら、私に聞くのよ。なんたって、生まれも育ちもここなんだから」
……なんとかなった。これからも女性二人の機嫌をうまくとって綱渡りをしないと、愛生の命が危ないことに変わりはないが。
「宿も紹介してあげるわ。つまんない宿にひっかかると、お湯もまともに出ないのよ」
そう言って娘が馬車をつかまえようとするので、愛生はあわてて止めた。
「宿ならもうあるんだ。そちらに荷物を置いてくるから、どこかで待ち合わせしないか?」
そう言ってなんとか食い下がる少女から離れ、愛生はため息をついた。
「じゃ、探すか。本当にこの街に、あの奇妙な部屋が移動してきてるか」
「……私は、雑魚寝でもその方がましに思えますが」
吐き捨てる龍に、愛生は柔らかい視線を向けた。
「俺だってそうだが、今度はまともな食べ物が出てくるかわからないからな。何回もゲームマスターに特例を頼むのは、お前だって嫌だろ?」
「それは確かに」
「そろそろ腹に何か入れないと、倒れそうだ。行こう」
愛生が歩き出すと、龍が拘束するように腕を取ってきた。
イギリス全土を知っているわけではないが、ロンドンなら出張したことがある。
本当にモデル通りだとしたら、左手にキングズ・クロス駅、右手をひたすら進めばベイカー街に到達する。その右手に反応あり、と龍が言った。
「あの光る矢印はもう出ないんだな」
目印としてはわかりやすかったのだが、ナビの地図上にしか出なくなってしまったようだ。
愛生たちの横を、駅馬車が盛んに通り抜けていく。屋根のない車に四・五人が並んで座っていて、それを四頭の馬が引いていた。乗り心地はあまり良くなさそうだったが、住民はそれが当たり前といった顔で乗っている。
右手に進んでいくと長い運河が見えてきて、その横に公園がある。反応は、その公園の真ん中にあった。緑の低木や草木が茂る中、土道を行くと石造りの家に擬態している休憩所があった。
小川を迂回して家に辿り着き、愛生が扉を開けると、真っ暗だった室内に明かりがともった。相変わらずがらんとしていて、机や家具の上には何もない。少し、消毒液のような臭いがした。
愛生が軽食を頼むと、十数分でサンドイッチとコーラが出てきた。愛生は、ずっと本棚に向かっている龍に声をかけた。
「できるだけカロリーためとけよ。恨んでる相手からもらうものでも、食べ物に罪はないからな」
味は上々。サンドイッチには分厚いベーコンとトマト、レタスがはさんである。いわゆるBLTというやつだ。
愛生が龍の分を取り分けていると、龍は本棚の前に立って、本を引っ張り出したり戻したりしている。
「……この街についての資料を、読んでおこうと思って。知識は重要でしょう」
「すまん、俺も……」
「愛生は仮眠をとったらどうですか? 電車の中でもうとうとしていたでしょう。途中で変な事故でも起こしたら大変です」
愛生は苦笑しながら頭をかいた。
「なるほど、それもそうだ。じゃあ、お言葉に甘えるか」
少女と男は、開店前のパブで待っているという。愛生たちは、ぎりぎり約束の時間に間に合った。
看板を頼りに狭くて長い階段を地下へと降りていくと、細長い店があった。日本の単位で言えば、二十畳程度の小さな店だ。
店の中は思ったより暖かい。店の隅に何故か寝床があるのが気になったが、酔った客が泊まってでもいくのだろうか。
「あ、時間通りに来たわね。賢明な判断よ」
少女がそう言って片手をあげる。バー特有の、背もたれのない高い椅子を示されたので、愛生たちは並んで座った。
まず、愛生たちが出くわした事件のことをたっぷり聞き出された。血まみれの事件だというのに少女はぐいぐい身を乗り出してきて、楽しげに聞いていた。犯人の身勝手な動機には愕然としていたが、おおむね満足したようだ。
愛生は区切りのいいところで、少女の隣の男に目をやった。
「……ところで、この人は君の付き人かい?」
「いえ、依頼人よ」
少女の横で浮かない顔をしていた男が、依頼人だという。痩せたうだつの上がらない中年男性だが、耳が無理矢理引き延ばされたように長く尖っている。今まで見たことはなかったが、エルフというゲームによく出てくる種族を実体化するとこうなるのだろう。
改めて見ると、彼の服は布地がぺらぺらで、かなり着込んである様子。辛うじて上着は着ていたが、つぎがあたっていた。まともな着替えもない彼が、探偵に依頼する余裕があるようには見えない。
その姿を横目に見ながら、少女が腕を組んだ。
「このおじさん、謎の事件に巻き込まれてるの! 他に相談できる人がいなくて、有能なあたしが出てきたってわけ」
少女が声を張る。冗談を言っている顔ではなかった。
「……そうかい」
「信じてない顔ね。私、こっちじゃそこそこ名の知れた探偵なのよ?」
そう言って少女は名刺を渡す。少女の名前──ソフィアというそうだ──の横に、何故か男物の名前がでかでかと書いてあるのが気に掛かった。
「このカーターという男の人は?」
「お父様よ。警察署の署長なの」
「……かわいそうに」
「ずいぶんあからさまな七光りの利用ですね」
愛生たちに呆れられても、娘は平然としていた。
「いいのよ、悪いことしてなきゃ」
「まあ、一旦それは置いておいて。警察署長の娘なのに、パブに住んでいるのですか?」
龍が聞くと、ソフィアは首を横に振った。
「住んでるのはこのおじさん。職もなくて住むところもないっていうから、私名義の店を貸してあげてるの。マスターが大怪我して入院しちゃったから、しばらく営業できなくて空いてたしね、ここ」
少女が言うと、男が決まり悪そうにうなずいた。
「ちゃんと職探しはしてるんですけどね」
「でも早速、変なことに巻き込まれかけて逃げ出してきたんでしょ? 手間のかかるおじさんよね」
男はますます、枯れかかった花のようにうなだれてしまった。
「……どういう理由で逃げ出すことになったのか、教えてもらえませんか?」
愛生が聞くと、男は愛生の顔をまじまじと見た。
「私のこの姿を見ても動揺なさらないんですね」
「……別に、それだけで怖がるほどのことじゃないでしょう」
耳が尖った程度の種族ならゲームで見慣れてるし、と愛生は心の中で言い添えた。男はそれをあっけにとられた様子で見ていたが、意を決したように話し始めた。
「私はオリバーと申します。この街はある理由で、私のようなハーフエルフを疎外するようになりました。些細なことで簡単に解雇されたり、配偶者から離縁を求められたり──私もそのとばっちりを受け、生活できなくなったクチです」
収入はなくなっても、税や家賃の取り立てはある。短期で荷物運びや工事の仕事をしてみても、全く向かずにすぐクビにされてしまった。
オリバーが困り果てていると、同胞から奇妙な話を聞かされた。
「ハーフエルフだけを集めてる、奇妙な条件の求人があるそうだぞ」
常識で考えればあるはずがない依頼だったが、藁にもすがる思いで現地に赴く。本当に求人にその通りの広告が出ており、男はそれが示す地点に行ってみた。
そこには、沢山のハーフエルフたちが集まっていた。厳しい条件もなく、割の良い仕事につけるのだから当たり前だ。中にはハーフエルフのふりをしようと付け耳までしていた奴もいたと聞いて愛生は呆れた。
仕事内容は朝に来て槌や鑿を使って簡単な工具を作り、夕方に戻ってきた監督官に見せてその日の日当をもらう。
「いくらくらい?」
聞き出すと、日本円にしてだいたい二万円くらいだった。確かに軽作業だけでそんなにもらえるのなら、かなり割がいい。愛生も風俗以外でそんな時給、聞いたことがなかった。
それを三日ほど繰り返したが、なんだか嫌な予感がして逃げてきたという。
「まあ、逃げ出したのは一割もいませんでした。私はたまたまソフィアお嬢さんに会えたのが大きかったですが。でも、あのまま居続けたらどうなっていたのか、同胞はどうしているのか、今も気になっているんです……」
男の話はそれで終わった。龍が腕を組む。
「まあまあ面白い話ですね」
「有名な推理小説に、そんな話があったな……」
愛生は爪先でこつこつと地面をたたく。
「ただし、あの小説では採用されたのは、探偵に相談に来た一人だけだった。あれは犯人が用事があったのは、相談者だけだったから」
愛生は、龍たちに簡単に小説の内容を説明してやった。




