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幕が終わって一回休み

 また上空のどこからか声が聞こえてくる。マスターの声だ。激闘のわりには素っ気ない言葉で、一応褒めてやるかという風情だ。すかさずりゅうが銃を構え、戦闘態勢をとる。


『ここで君たちに、一ヶ月の休暇を与えようと思う』


 愛生あいと龍は、思わず顔を見合わせた。


「……どういう風の吹き回しだ」


 愛生はできるだけ冷静に言ってのけた。これでクリアというなら別に構わないのだが、休暇とはどういう意味か。純粋な配慮だとは、どうしても思えない。


『休暇は休暇さ。興味を持ってくれて嬉しいね』


 ゲームマスターは愛生の問いに、面白そうに答えた。


『現実世界に戻って好きに暮らせばいいさ。何をしようが、どこに行こうがその期間は干渉しない』


 いきなり与えられたその自由に愛生は仰天する。と同時に、罠に違いないと確信した。


「……それで帰って、こんな世界にのこのこ戻ってくる気になると思うか? 他の人間なんて知ったことか、と俺たちが判断したらどうする?」


 愛生は拳を握りながら聞いた。


『もちろん、何もないなどという展開は期待しないことだ』


 それを問われて、ゲームマスターは態度を翻した。


『逃亡となれば話は別だ。君たちの家族に埋め込んだフェムトを、作動させるしかない』

「……なに?」

『どうして我々が外の人間を殺せるか、疑問に思ったことはないか? その方法を思いついているか?』


 愛生が唇を噛んでいると、ゲームマスターが勝手に話し始めた。


『小さなフェムトはすでに研究所から逃げ出していた。それは時には食物と共に、時には薬品と一緒に体内に入り、体内の重要臓器に根を張る。静かに行われる改造だから、おかしいと思う人間はいない』


 愛生はそれを聞いて目を丸くした。


『それで何が起こるかは、君も予想がつくはずだ。体内に入り込んだフェムトの除去が難しいというのは、先例で分かっているしね』

「……ご立派なマスター様だな、お前はよ」


 きっと、裏切った途端、容赦の無い死を与えてくるのだろう。愛生はゲームマスターの首を絞めてやりたくなったが、伸ばした手は天には届かない。傍で聞いている龍も、厳しい目をしていた。


『どうするかは任せる。逃亡さえしなければ、このゲームの中にいても良し、現実にいてもよし。君たちが決めろ』


 決めろと言われても、無理強いされているのと同じ事だ。愛生が額に手を置いて呆れていると、ドラゴンに気をとられていたノアたちが、なぜかあわてて駆け戻ってきた。彼らの顔がまた引きつっている。


「なんだ、あれは」

「新手のドラゴンが来るのか……?」


 天空から長く伸びた蔦が何本も降りてくる。それは昔に行った球場の外壁の蔦に似て、緑の小さな葉をたくさんつけていた。ドラゴンに群がっていた冒険者たちも、異変を感じ取ってあわてて離れる。


 繊細そうに見える蔦が、かたかたと音をたてながら硬くて重いドラゴンの骨を持ち上げたのを見て、龍が驚愕の声をあげた。


「まさか、あれを使う気なんでしょうか……」


 その予想は当たった。蔦はあっさりドラゴンの骨を巻き取り続け、縛り固めて白い階段にしてしまう。その先には、虹色の光をたたえた謎の穴が口を開けていた。そこがこの世界の出口、なのだろう。


「どうする?」


 問われた龍は首を振った。


「私は帰りたいです」

「ま、そうなるよなあ」


 どうせ一ヶ月経ったらまたゲームに縛られるのだろう。それなら少しでも家族の顔が見たいし、彼らに現状を説明しなければならない。


「じゃ、そうするか。──その前に、挨拶だけは済ませてな」


 怪訝そうな顔で階段を見上げるノアたちに、愛生は近付いていった。


「俺たちは家に帰る。お前たちも気をつけて戻れよ」


 愛生が階段を指さすと、ノアがこめかみに手を当てて呆れた顔になった。


「……あんな穴の向こうが家なのか? なんて町だ」

「東京かな」

「トーキョー?」


 ノアは聞き慣れない言葉を聞いて首をかしげた。きっと意味が分からなかったことだろう。しかし愛生の感情を読んだ様子で、それ以上は何も聞いてこなかった。


「ま、そんなことまで聞きたくないや。お前がいなくなったら、ちょっと不安になるけどな。まあ、なんとかやってみるさ」

「いい宝探し屋になれよ」


 舌を出すノアに愛生が笑うと、老人が彼の横に並んだ。二人とも、懐に手を入れている。


「……記念にこれ、やるよ。俺のこと、忘れないでくれな」

「私からも龍さんにこれを」


 ノアが差し出してきたのは貝殻を研いで作ったような薄いナイフ、老人が出してきたのは金色に光るドライバーのような小さな工具のセットだった。


「ナイフか」

「ま、装飾的な意味合いが強いけどな。餞別と思ってとっといてくれ」


 愛生はありがたくナイフを持ち上げた。刃の表面が虹色に変化し、実に美しい。龍はその横で、工具をためつすがめつしている。


「これは……」

「解錠の道具だよ。泥棒の七つ道具というやつかな」


 龍はまじまじと向かいに立つ老人を見つめた。


「別に泥棒をしなければならないってわけじゃない。君は危険なことに首をつっこむからね。どこかの扉を開けなければいけない、ってことがあるかもしれない」


 老人は言って、皮肉っぽい笑みを浮かべた。


「長く埋もれていたものだが、まだ劣化してはいないよ。してあげられることはそれしかないが、存分に使ってくれたまえ」

「……さっそく使う機会があるかもしれません。大事にします」


 その会話を聞いて、愛生は肩をすくめる。できれば、そうあってほしくはないのだが。


 手を振る彼らから離れる。愛生の傍らで龍は無言のまま、階段を見つめていた。その目はすでに据わっている。


 そろそろ戯れは終わり、真面目な話をしなければならない。なにせ、大好きな家族を人質にとられている。自棄になって放り出すわけにはいかなかった。


「まずは帰るか。懐かしの我が家に」

「……お供しましょう」


 愚痴る前に、愛生はふらつきながら立ち上がった。龍がためらいなくぴったりとついてきて、足音が重なる。


 こうして第一幕に勝利した二人は、ゲームの世界から生還した。

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