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第九十九話 「貴重な戦力」

 激しい人の波を越えて、僕たちはようやくのことで闘技場の入口前へと辿り着いた。

 すでにそこには大勢の観客と参加者たちでごった返しになっており、受付さんや試験官さんたちが対応に追われている。

 やがて闘技場の中に入ることができると、参加者は一階の闘技場へ案内されて、観客たちは上階の観客席の方へ通されているのが見えた。

 僕たちは一次本戦へと出場するため闘技場の方へ通されて、三人で戦いの舞台となる場へ赴く。

 そこにはすでに、ヘルプさんから聞いていた通り攻城戦に使われる城と、石造りの街並みが広がっていた。


「すごっ、本当に町の中にもうひとつ町ができてるみたいだ……!」


「お城もすごく小さなものと聞いていましたけど、貴族のお屋敷と大差ないほど大きいですね」


 ヴィオラの言う通りお城というよりかは貴族のお屋敷と例えた方が妥当だろうか。

 三階建てのお屋敷で庭もあり、部屋の数もそれなりに多そうに見える。

 確かにパッと見た限りではどこに心臓となる“核”があるかわからないので、実際に城内に攻め入ってあちこち探す必要がありそうだ。

 そんな大きなお屋敷が、闘技場内にできた町に十五も建っているため、割と城同士は近い場所に位置している。

 石畳の街道ふたつと小ぶりな家屋を挟んだくらいで、10~20メルほどくらいの距離だろうか。

 城は円形の闘技場内にまばらに設置されているとはいえ、十五も建っているので思いのほかぎゅうぎゅう詰めな街並みである。

 いくら闘技場が広いとはいえ、今回の対戦形式を実現させようとするとこうなってしまうのか。


「どの位置のお城を与えてもらえるかも重要そうですね。できるだけ場内の端っこのお城だったら攻められにくくて良さそうではありませんか?」


「でも見た感じ、場内の中央の城ほど大きくて部屋数も多いみたいだし、逆に端っこの城は若干小ぶりな感じだよ。肝心の核をすぐに見つけられちゃいそうで端の城も危険じゃないかな?」


 最初は観客たちを見やすくするために、観客席に一番近い端の城を低く設計したのかと思ったけれど。

 位置的に明らかな有利不利が出ないように、屋敷の大きさで競技のバランスを保っているのだと遅れて理解した。

 だから端っこの方が有利ということは無さそうで、それを知ったヴィオラは難しそうに眉を寄せている。

 次いでハッとしてからあわあわと唇を震えさせた。


「む、むしろ、観客の皆さんに近い分、より注目されてしまうかもしれません……! やっぱり端っこは無しにしましょう!」


「無しにしましょうって、僕たちが選べるわけじゃないからね」


 どの城を与えられるかは、これから行う抽選によって決まる。

 ちなみにヘルプさんに聞けば一番良さそうな場所がわかって、【セーブ】【ロード】で抽選のやり直しができると思ったけど、どの城も一長一短だから最適な答えはないらしい。

 どうか真ん中をお願いしますぅと祈りを捧げるヴィオラを横目に見ていると、不意に傍らから聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「おいおい、こいつはなんの冗談だよ」


 振り向くとそこには、群青色の無造作な髪を揺らす二十歳前後の青年が立っていた。

 髪にシルバーのインナーカラーをあしらい、耳には小さな十字架の形をした黒いピアスをつけている。

 チェスターコートに包まれた上背も高く、目立つその姿は忘れようもなく、自ずとこの場に緊張感が迸った。


「なんでてめえがここにいる、ミュゼット」


 オルガン・レント。

 ミュゼットと因縁が深い人物である。

 いや、今となっては僕も因縁があると言える人物かもしれない。

 そんなオルガンは一階闘技場にミュゼットがいることに相当驚いたようで、翠玉色の目をこれでもかと見張っていた。

 思いがけない方向からではあるが、さっそく奴の気持ちを乱すことができて僕はほくそ笑む。

 まだ一次本戦に出場する参加者が揃っておらず、観客席の方にもまだ人が入ってきている状態で試合は始まりそうにないので、ミュゼットはオルガンの質問に答え始めた。


「なぜここにいるのかって、そんなの一次本戦に出場するからに決まっているでしょう」


「はっ? てめえが一次本戦に?」


「予選を通過したチームの一員なんですから当然ですわ。たまたま闘技場に紛れ込んだ迷子などではないのでご心配なく」


「だからそれがなんの冗談だっつってんだよ」


 憤りを示すようにオルガンのこめかみが僅かに動く。

 その姿を見て、なぜかヴィオラがビクッと肩を揺らし、僕の後ろにそそくさと隠れた。

 そういえばヴィオラはオルガンを見るのはこれが初めてだ。

 威圧的な態度とチャラチャラした格好からして、どうやらヴィオラはオルガンが見た目的に苦手らしい。

 あと、奴はあれでも高位貴族なので、貧民街出身の血が奴の存在そのものを強く拒絶しているのだろうか。

 ついには後ろで裾まで引っ張ってきて、僕の方が落ち着かなくなってきていると、ふとオルガンの視線がこちらに向けられた。


「まさかてめえがミュゼットをチームに引き込んだのか?」


「ちょうどひとり分の空きがあったからね。後からチームの仲間を追加するのは規則上問題ないし」


「そのガキがろくに戦えもしねえビビりだってこと、てめえもすでに知ってんだろ。そんな役立たずに貴重なチームの一枠を渡すなんてな。気でも狂ったか」


「あいにく闘技祭が始まってから体調は良好だよ」


 本当に体調は万全だし思考もクリアだ。

 頭がおかしくなったわけでもなく、ミュゼットに情けをかけたわけでもない。

 彼女をチームに引き入れたのには、明確な理由が存在している。


「僕たちは互いの意思で手を組むことにしたんだ。もちろん勝算だってある。彼女は僕たちのチームに欠かせない貴重な戦力だよ」


「……正気とは思えねえな。昨日の今日でその木偶の何が変わったっつーんだよ」


 オルガンの怪訝な視線がミュゼットの体を貫く。

 対してミュゼットはまるで臆する様子を見せず、先日の怯えていた姿が嘘のように今は堂々とオルガンの前に立っていた。

 その態度が気に食わなかったのか、オルガンは額に青筋を立てながら宣告してくる。


「けどまあ、そっちがその気なら俺だって遠慮はしねえ。ますますてめえらのチームを叩き潰したくなったからな。覚悟しておけよ」


 そう言ってオルガンは自分のチームの方へ戻っていく。

 その姿を見た後、ミュゼットは僕の隣で不敵な笑みを浮かべていた。


「思惑通り、オルガンの興味がわたくしの方に移りましたわね。実に単純な男ですわ」


「実際にオルガンと対峙した時の様子を見てから、采配を再検討でもしようかと思ってたけど、やっぱりその心配はいらなそうだね」


 あのオルガンを前に臆さず立つことができている。

 僕としては、魔法の分身体に追われて泣きじゃくっていたあの臆病なミュゼットの姿が記憶に新しいというのに。


「……僕が言うのもなんだけど、本当に昨日の今日でミュゼットは変わったよね」


「変えたのはあなたですのよ、モニカ・アニマート」


 不敵な笑みが今度はこちらに向けられて、なんとも頼もしい限りだと思った。

 やがて全十五チームの参加者たちが闘技場内に集まり、一次本戦の概要説明と抽選が行われる。

 観客席の方も立ち見客が目立つほどに席が埋まっているようで、観客たちの視線と熱気を四方八方から感じた。

 

 いよいよ、闘技祭二日目の一次本戦が始まる。

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