第九十八話 「攻城と籠城」
攻城戦。
より厳密にいえば攻城戦と籠城戦を模して執り行う疑似戦闘。
まず、全十五チームそれぞれに“小さな城”が与えられて闘技場内に設置される。
その城は闘技祭の運営側が用意した魔法使いたちの合作で、とてつもなく強固な作りになっている。
外壁や内壁、内装に至るまですべて破壊不可能に近く、耐久力は相当なものだとか。
ただその代わり、生体でいう“心臓”のようなもの――“核”が存在している。
その核は非常に脆く、加えて核を破壊された城はあっという間に崩れ落ちるという。
核は城内のどこかに隠されており、相手にその核を破壊されないよう守り抜くというのが籠城戦と表した部分だ。
そして攻城戦と表した理由については、核を守り抜いて生き残るだけではダメで、いずれかのチームの城を最低でもひとつは崩していないと勝ちとは認められない。
自分のチームの城を守りながら、相手のチームの城を崩すことができたら、晴れて最終本戦に進めるというのが一次本戦の概要だ。
「闘技場内に十五の城が設置されているんですのよね? いまいちあの闘技場の中にいくつもの城が立っているイメージが湧かないのですが」
「僕も実際に見たわけじゃないからぼんやりとしか想像できないな。ヘルプさんによれば闘技場内には石畳や塀なんかも敷き詰められて、ちょっとした町みたいになってるって話だし」
今頃、闘技場内には匠な魔法使いたちによって、もう一つの町が形成されていることだろう。
スケールの大きいことをしてくれるものだ。
予選でかなり参加者の人数が絞られて十五チームにまで減ったから、実現可能になった大胆な対戦形式なのかもしれない。
思えばあれだけの人数がいたのに十五チームにまで減っているとは思わなかった。
「で、十五ある城のうち、ひとつをわたくしたちも与えられてそれを守り抜かなければいけませんのよね?」
「その上、他のチームの城をひとつは崩さないといけないから、攻城戦でもあり籠城戦でもあるって言えるかな」
「守り抜くだけではダメなところが、まさに“闘技祭”らしい感じがしますわね」
ミュゼットが呆れた笑みを浮かべるのを横目に見ながら僕も同感する。
あくまでこれは闘技大会。
参加者たちが死力を尽くして戦い合うことを目的とした催し物だ。
そのため対戦形式は戦い合うことを大前提として設計されている。
だから僕は今回の対戦形式を籠城戦ではなく攻城戦と言った。
そんな話をしていると、ミュゼットとは反対サイドを歩いていたヴィオラが、僕たちのことを覗き込みながら尋ねてくる。
「対戦形式に変更がなければ、昨日話し合って決めた陣形の方も変更は無しでよさそうですか?」
「うん、そうだね。他のチームの城を“攻める人”と、自分のチームの城を“守る人”に分かれて行動するようにしよう」
今回の攻城戦の肝は、相手の城を攻めつつ自分の城も守らなければいけないところ。
ようは攻める人と守る人で人員を分割しなければならないのだ。
チーム全員で他の城に攻め入った場合、自分の城はもぬけの殻となってしまう。
そこを攻め入られたらあっという間に城の心臓である“核”を壊されて、後ろを振り返ったら自分たちの城が崩れ落ちているなんて悲劇になりかねない。
だから人員を分けて攻めと守りを両立するのが、今回の攻城戦の定石になるとヘルプさんは予想してくれた。
「たとえ攻めに成功して他のチームの城を崩せたとしても、自分たちの城を壊されてしまったら敗退になってしまうんですよね? うぅぅ、私が指揮をとっていたら怖くて三人とも城に残しちゃうかもしれません」
「でも三人で城を守ってぼんやりしていたら、どんどん周りの城を崩されて自分たちが崩せる城がなくなっちゃうでしょ。それに攻城に成功したチームは、あとは自分の城を守るだけでいいから三人で籠城して鉄壁の守りを固めることができる。攻めを疎かにすると、時間が経つにつれて辛い状況になっていくんだよ」
と、昨日ヘルプさんから聞いた説明をほとんどそのまま改めて伝える。
するとヴィオラは両手の人差し指を立てて、右手と左手をゆっくり離しながら返してきた。
「なので、攻めと守りに分かれるのが一番安定感があるということですよね?」
「そっ。他のチームも同じような作戦を取るんじゃないかな。というか取らざるを得ないだろうね」
自分たちの城をもぬけの殻にするわけにはいかないし、他のチームの城を最低ひとつは崩さないといけないわけだから。
人員の割き方が非常に重要になる。
だから人数が少ないところは明らかに不利な対戦形式で、ヴィオラとふたりで一次本戦に挑むことになっていたらと思うとゾッとする。
改めてミュゼットが三人目の仲間に加わってくれてよかったと安堵しながら、僕は今一度彼女に問いかけた。
「それにしても、本当にいいのミュゼット? 攻めと守りの配分があれで……」
「ですからそれについては構いませんと何度も言いましたわよね。一晩立ったからといって気が変わったり怖気づいたということはありませんわ」
ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
ついでミュゼットは横目にこちらを見ながら呆れたように続けた。
「それに最悪、あなたには無制限に使える、インチキ臭い転移魔法があるのでしょう? わたくしが心配ならそちらをお使いになればいいではありませんか」
「転移魔法じゃなくて【ファストトラベル】だけどね。あとインチキ臭いは余計だよ。……ま、ミュゼットがそう言うならこのままの陣形でいっか」
特にミュゼットも強がったり無理をしている様子もないし。
いや、それどころか今は、臆病に震えていた頃の影もまったく窺えず……
「さあ、急ぎましょうおふたり共。“わたくしたち”の力をこの大勢の前に見せつけてやるんですわ」
凄まじい自信に満ち溢れた、爽やかな笑みを真っ白な頬に浮かべていた。




