第九十七話 「賑やか」
翌日。
色々とあった一日目を越えて、闘技祭の二日目に突入した。
三日間開催なので今日が真ん中の日となり、先日の余韻と明日への期待が重なって観客たちの熱も凄まじい日となっている。
対して僕たち参加者の気合いも充分だ。
今日は予選を抜けた人たちで一次本戦を争うことになっており、先日よりも過激な争いになることが予想される。
加えて先日の予選では森でバッジの争奪戦をしたけれど、今日は闘技場での戦いとなっている。
多くの観客たちがじかに僕たちの戦いを見るので、参加者として誇らしくて舞い上がってしまうのも仕方がないというものだ。
しかしその観客の視線に委縮してしまう人もいるらしく、一緒に闘技場に向かうために噴水広場で合流したヴィオラが、まさに顔面蒼白となっていた。
「だ、大丈夫ヴィオラ?」
「だだ、大丈夫、ですよ……。別に緊張なんて、してませんから……!」
なんとも可哀想に。闘技場へと続く大通りが大勢の観客でごった返しているところを見て震えてしまっている。
今からまさにこれだけの数の人から注目されるわけだから。
祝福の楽団が少し著名になってきて、同業者たちからチラチラ見られただけでも居心地を悪くしていたほどなのに。
杖を両手で握りしめながらあわあわと冷や汗を滲ませるヴィオラに、僕は慰めの言葉をかけておいた。
「ヴィオラの実力だったら、そんなに緊張することないと思うのにな……。むしろもっと胸を張って、『私の凄い魔法をたくさんの人に見せつけてやります!』ぐらいの精神でいたらどうかな?」
「そ、そんな恐れ多いこと思えませんよ。むしろ私なんかの魔法をお見せしてしまって申し訳ないと言いますか……」
相変わらず自信なさげな様子で縮こまっている。
見慣れた姿だから僕としてはむしろ安心できるけれど。
実際の戦闘にまで影響しないといいなぁ。
なんてほんの僅かな不安を抱いていると、不意に後ろから声をかけられた。
「チームの要がそのように下を向いていてどうしますの。もっと前を向いていなさい」
高くも芯の通っている聞き取りやすい声。
すっかり聞き慣れたその声を受けて、僕とヴィオラは後ろを振り返る。
そこにはブロンドのツインテールとワンピースに近い赤ドレスの裾を靡かせる、十二、三歳ほどに見える少女が立っていた。
ミュゼット・ブリランテ。僕たちのチームの新しい仲間であり、噴水広場で待ち合わせをしていたもうひとりの人物である。
これでチームが揃ったなと安堵していると、ヴィオラがのろのろとミュゼットに両腕を伸ばして弱々しい声を漏らした。
「ミュ、ミュゼットさ~ん……」
「わたくしに泣きつかれても困りますの。第一あなたは、モニカさんの言ったようにもっと胸を張るべき魔法使いですわ。昨日実際にあなたのお力を見させていただいて、わたくしもそう思いましたの」
ミュゼットは情けない顔をするヴィオラを近くで見上げながら、はっきりと言い切る。
昨日、僕たちは一次本戦前にお互いの力を確かめようと軽い討伐依頼を受けた。
その際にミュゼットはヴィオラの力を見たので、すでに規格外の魔法使いであると充分に知っている。
だからミュゼットが断言するのも当然のことだった。
というか身長差的にヴィオラが姉で、ミュゼットが妹みたいに見えなきゃいけないはずなのに、縋りついているのはヴィオラの方で混乱させられる。
しかしミュゼットの説得のおかげか、ヴィオラは情けなくなっていた顔を少し引き締めてこくこくと頷いた。
「わ、わかりました。おふたりの言う通り、俯くのはもうやめようと思います」
「えぇ、その意気ですわ。今は“このわたくし”もおりますからね」
ミュゼットも昨日とは打って変わって“自信”に満ち溢れた顔をしている。
そのふたりの様子を見て安心感を抱き、ヴィオラを慰めてくれたミュゼットを見ていると、不意に向こうから不満げな視線を向けられた。
「……何をにやけ面でこちらを見ていますの」
「いやいや別に。ただ、ミュゼットってやっぱり優しいなって思っただけだよ」
「まったく、何を勘違いしていますの。これもすべてわたくし自身のためですわ」
ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう。
ついでミュゼットは、心なしか言い訳がましく口早に続けた。
「チームの一員におどおどした様子でいられますと、一緒にいるわたくしまで侮られてしまうではありませんか。あなたのチームに入った第一目的は、あなたの代わりにオルガンと戦うためではありますが、わたくしはまだ生家のブリランテ家の名誉復活を諦めてはおりませんのよ」
「闘技祭でいい成績を残して実家にまだ力があるって証明したいんでしょ。まあ、ひとりで出場して優勝するのは無理になっちゃったけど、今回の闘技祭の規模ならチームで優勝してもそれなりに注目してもらえそうだからね」
そもそもミュゼットが闘技祭に出場したのは家のため。
いい成績を残してブリランテ侯爵家にまだ力はあるのだと皆に知らしめるためだ。
そのためにミュゼットはひとりでの参加にこだわっていたが、この規模の闘技祭ならチームで優勝しても力を知らしめることはできそう。
なので、まだ彼女の当初の目論見は潰えていない。
「ですからヴィオラさんには“堂々”としていてほしいんですのよ。ブリランテ家の令嬢であるわたくしの仲間として」
「はいはい、ミュゼットは別に慰めたつもりはないって言いたいんだね。わかったわかった」
「あぁもう! ですからそのにやけ面をおやめなさいな! というかあなたも他人事ではありませんのよ。ずっと腑抜けたみたいにのほほんとした顔をしていて、もっとシャキッとしてくださいませ。一緒にいるわたくしまでのんびりした人間だと思われてしまうではありませんか」
「ぼく、別に顔つくってるつもりないんだけど」
僕ってそんなに気の抜けるような顔してる?
自分の顔をぺたぺた触りながら首を傾げていると、ふと隣から湿っぽい視線を感じた。
そこにはヴィオラが立っていて、先ほどの緊張感はどこへやら、今は少し不満そうな感じで僕を見据えている。
「んっ、どうしたのヴィオラ?」
「……いえ別に。なんだかおふたりのやり取りを見ていたら、なんというかその………少し緊張が解れてきた気がします」
「それは……何よりだね」
じゃあなんでそんなに浮かない顔をしているんだろう?
とにもかくにもチーム全員が揃ったところで、闘技場へ向かうことにする。
人ごみに交じって闘技場に繋がる大通りを歩いていると、隣を歩くミュゼットがつま先を伸ばしながら耳元に顔を近付けてきた。
「ところで、本日の一次本戦の対戦形式については、昨日あなたが言った通りで間違いないんですの? 確か変更される可能性もあると仰っていましたわよね」
「うん。僕じゃなくてヘルプさんだけどね」
今日の一次本戦で用いられる対戦形式については、すでにヘルプさんから聞いている。
確かに昨日の段階では変更になる可能性もあるとヘルプさんは言っていたが、今に至るまでヘルプさんから知らせが来ていないので昨日聞いた通りのままだろう。
ということを改めて伝えるために、僕はミュゼットに小声で言った。
「今日の対戦形式は、生存している全十五チームで執り行う“攻城戦”だよ」




