第九十四話 「三人目」
魔物と魔人の侵攻で、領地が半壊。
どうやらヘルプさんが言っていた情報の通りみたいだ。
『ブリランテ侯爵家は魔物と魔人の侵攻により、領地で多くの犠牲を出しました。その結果、資産と信用を失い国境の領地を没収され、代わりにその地を引き継ぐことになったのがレント侯爵家です』
それがミュゼットとオルガンの繋がり。
かつて自分が過ごしていた領地は、今はオルガンの生家が統治している状況ということだ。
その原因となったのが魔物と魔人の大規模な侵攻。
「半壊した領地を復興するためには、莫大な資金が必要でしたわ。しかしブリランテ侯爵家は侵攻の影響で資産の半分以上を失った状況で、加えて領地を守れなかったことから信用も失墜し、やむなく土地を没収されることになりました」
「それで領地の復興と統治を代わりに引き継ぐことになったのが、オルガンの生家のレント侯爵家なんだよね」
「えっ、そのことをご存じでしたの?」
「さっき明かした、色んな情報を教えてくれるヘルプさんっていう力のおかげだよ。軽くだけど、ミュゼットが元々いた領地をレント侯爵家が代わりに統治することになったって聞いてさ」
これはおそらく公的にも知られている情報だろう。
ミュゼットは得心したように頷いて左右のツインテールが僅かに揺れると、ついで彼女は自嘲的な笑みをそのままに説明を続けた。
「その通りですわ。レント侯爵家は国境防衛の実績も確かで、資産も潤沢にあり、うちの領地を任せるに値すると判断されたのです」
「半壊した領地を任せられるくらいだから、国からの信頼も厚い家なんだね」
「実際、領主がレント侯爵家に変わってから復興も滞りなく済み、以降魔人と魔物に侵攻されることもなく平穏が維持されております」
オルガンの生家が実力のある武闘派一家というのも確かな情報みたいだな。
けど、魔人と魔物の大規模な侵攻は、いわば災害に遭ったようなもの。
それでブリランテ侯爵家が領地を守れなかった落ちぶれ一家と見下されるのは少し可哀想だ。
しかも領地経営を引き継いだレント侯爵家の子息に侮辱されるなんて、屈辱もいいところ。
同じ規模の大侵攻を食い止めたというのなら蔑むのもわかるけど。
「一方でうちは領地を追われ、兄一家が統治する領地の屋敷に逃げるように転がり込むしかありませんでした」
「じゃあ今ブリランテ侯爵家の人たちは、そのお兄さん一家のところでお世話になってるってこと?」
「はい、屋敷に居候させてもらっています。お父様が叔父様の家臣としてついていたり、お母様が叔父様の娘の侍女として働いていたり、わたくしのお兄様は叔父の持つ軍で軍務に励んでいたりします」
ブリランテ侯爵家に拠り所があったのは不幸中の幸いだな。
ブリランテ元侯爵家、と呼ぶのが正しいかもしれないが。
聞くところによると没落した貴族は平民として暮らすのを余儀なくされ、これまでの生活とのギャップに多大なストレスを抱えてしまう人も多いらしい。
周りからの蔑みと嘲笑でますます心に負担がかかり、その結果……一家そろって首をくくる、なんて人もいるとかいないとか。
だから一家が今も職を持って、貴族家との繋がりを失くさずにいられているのは幸運だ。
「そしてわたくしは、両親の反対を押し切って、今は闘技祭に参加するためにこの大都市マキナに来ています。本当でしたら叔父様の家の手伝いや、参加できる社交界を探して、ブリランテ家の娘としての責務を果たしているべきだったのですが……」
「やっぱりご両親から承諾を得て闘技祭に参加しにきたわけじゃないんだ」
普通だったら許可するわけないもんな。
家の名誉を取り戻すために大規模な闘技大会に出場するなんて。
だからミュゼットは家族の制止を振り切って闘技祭に参加しに来たらしい。
そこまでする理由を、彼女は唇を噛み締めてから言う。
「悔しかったのですから仕方がありませんわ。わたくしはとにかく嫌だったのです。自分の家のことを悪く言われている現状が。領地を守り切れなかった落ちぶれ一家と蔑まれていることが。社交界でもどれだけ陰口を叩かれたことか」
ミュゼットが社交界に出ればその話題で持ち切りになるだろう。
現在は兄一家の庇護下に置かれた、貴族と言えるか曖昧な立場であるが、探せばおそらく参加できる社交界はある。
そこに出て別の貴族との繋がりを得ることで生家の立場を立て直すこともできるかもしれないが、現状ミュゼットが社交界に出たところで陰口の対象になるだけだ。
参加しても無意味だと言える。
その点もミュゼットが社交界に出なかった理由になっているのかな。
「お父様とお母様は叔父様のところでの仕事で手一杯で、お兄様も叔父様の軍の任務が忙しく周りにかまけている暇はありません。ですからわたくしがやるしかないんですの」
ミュゼットはつぶらな碧眼に闘志の火を燃やして、華奢な体躯には似つかわしくない力強い声音で続ける。
「落ちぶれたと侮辱されているブリランテ侯爵家の名誉を取り戻せるのは、わたくししかいません……! ブリランテ侯爵家にまだ力はあるとわたくしが証明できれば、再び領地を賜れる可能性だってあります」
周りから向けられる目も変わって、もう陰口を叩かれることだってなくなるだろう。
“力を示すこと”こそが、ブリランテ元侯爵家のすべてを取り戻す“道”になっている。
「そしてまた一からブリランテの領地を繁栄させて、今度はわたくしがその領地を守り切ってみせます。お父様やお母様、お兄様ばかりに負担をかけさせるわけにはいきませんから」
「だから闘技祭に出場したんだね。自分の家にまだ力はあると証明するために」
ミュゼットは僕の眼下で小さく頷いた。
ついでやや虚ろな目をした表情でこちらを見上げて、乾いた笑い声をこぼす。
「まあ、それもこれも、すべて無駄に終わってしまいましたが。本当に、怯えて何もできない自分が嫌になりますの」
「気持ちの問題は、すぐにどうにかできるものでもないから仕方ないんじゃないかな。そもそも戦うのが怖いと思っている人が、すぐにそれを克服できるわけもないし。それにもうすべて終わったと決めつけるのは……」
と、慰めの言葉をかけようかと思ったけれど、ミュゼットは虚ろだった目に光を戻し、決意を固めた顔を見せてきた。
「でも、だからこそ、これ以上何もせずに震えているだけなんてまっぴらなんですわ」
「えっ?」
次いで彼女は、つま先を伸ばしてぐっと背伸びをしてから、こちらに顔を近付けて前のめりに問いかけてくる。
「あなた、まだチームの三人目は見つかっていませんのよね?」
「さ、三人目? うん、まだ見つかってないし、新しく加わる予定もないけど」
「でしたら、わたくしをチームに入れてくださいませ」
「えっ……」




