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第九十二話 「提案」

 ミュゼットに手を引かれて受付広場の隅に来ると、闘技場中央へ続く通路が目についたのかそちらへと導かれる。

 途中にはおそらく選手用の控え室と思われる部屋があり、本戦は明日にもかかわらずドアは開いていた。

 人気のないところの方が都合がいいのか、ミュゼットは僕をその中に連れて行く。

 そして僕の腕から手を離すと、改めてこちらを振り向いて眼下から鋭い視線を浴びせてきた。


「何を勝手なことをしていますの!」


「ご、ごめん……!」


 突然怒られて、反射的に僕は謝ってしまう。

 しかしすぐに怒られた理由を察してミュゼットに謝罪した。


「まったく無関係の人間が、よそ様の事情に勝手に首を突っ込むなんて非常識だったよね。余計に騒ぎを大きくしちゃったし、本当に申し訳ないと……」


「そうではありませんわ!」


 ミュゼットはブロンドのツインテールを振り乱しながら怒りをあらわにする。

 てっきり僕が乱入したことで一層騒ぎを肥大化させてしまったことを怒っているのかと思ったけれど。

 どうやら怒りの原因は別にあるらしい。

 いったい何がまずかったんだろうと冷や汗を滲ませていると、不意にミュゼットが怒りの顔から一転、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「なぜ、自ら巻き込まれるようなことをしたのかと言っていますの! わたくしのことなんて放っておけば、こんなことには……」


「……」


 そっちの意味で怒っていたのか……。

 部外者なのに首を突っ込んで、あの場を乱してしまったことはミュゼットとしてはどうでもいいことらしい。

 それよりも僕が自ら巻き込まれるようにミュゼットを助けたことがいけなかったようだ。


「これであなたはオルガンに目をつけられてしまいましたわ。本戦ではいったい何をされるかわかりません。取り返しのつかない大怪我をさせてはいけないという規則はありますが、あの男なら規則に触れないぎりぎりの範囲まで、あなたを痛めつける可能性が……」


 不安げにそう続けるミュゼットを見ながら、僕は静かに笑みを浮かべた。


「僕の心配をしてくれるんだね」


「えっ?」


「僕が自ら巻き込まれにいったようなものなのに、それでも君は僕のことを心配してくれるんだ」


 別にミュゼットは僕に助けを求めたわけじゃない。

 僕が勝手に助けただけに過ぎないのだ。

 だからいわば、これは自業自得。

 自ら荒事に巻き込まれにいって、厄介な相手に目をつけられてしまったというだけの話。

 だというのにミュゼットは、僕のことを心配してくれて、忠告するためにここまで連れてきてくれたのだ。

 強気な態度ばかり見せられてきたけど、やっぱり本当は優しい子だったんだな。

 ミュゼットに笑みを向けると、彼女は一瞬呆けた顔を見せた後、すぐにハッと目を見張ってそっぽを向いた。


「し、心配しているというわけではありませんの! 自分のことを助けてくれた相手が、私事に巻き込まれてしまって、それで怪我でもされたら目覚めが悪いというだけですわ!」


 優しいからではなく、あくまで気分の問題だとミュゼットは主張する。

 その後、すぐにまた不安げな表情に戻って続けた。


「それにあの男……オルガン・レントは強いですわ。認めるのは癪ですけど、オルガンは武闘派一家レント侯爵家の跡取りであり、歴代でも随一の才を持って生まれた逸材なんですの」


 どうやらミュゼットはオルガンのことをよく知っているらしい。

 彼が尖った性格をしていることも、類稀なる才能を持って生まれた強者だということも。

 だから僕の身をこうして案じてくれているんだ。


「あなたの力も一度見させてもらった時、凄まじい実力を感じました。けれどそれでも、あのオルガンに届いているとは思えませんでしたの」


「そっか。そこまで断言されるほどなのか……」


 あの時に見せた力がすべてではないけど、少なくとも【ステータス】メニューで得られた怪力や俊足だけではオルガンには勝てないってことだろう。

 そんなにも実力がある人物なんだ。

 あれだけの大口を叩くから、それなりの力はあるんだろうと思っていたけど。

 よもやミュゼットに断言させてしまうほどの力量差があるとは、ちょっとショックだな。


「仮にオルガンが、あなたと同じ冒険者だったなら、確実にSランクへと到達していたことでしょう。その名を界隈の隅々にまで轟かせていたに違いありません。勝ち目なんて、万に一つもありませんわ」


 実力はSランク冒険者に匹敵する。

 いや、その中でも上澄みの人たちと並ぶほどだと思った方がよさそうだ。

 確かにそれなら勝ち目は薄いかもしれない。

 僕なんてまだAランクになって間もない冒険者だし。


「ですからこれ以上、オルガンと関わるのはやめてくださいませ……! できれば本戦出場そのものを辞退してほしいとも思っていますが、あなたにも闘技祭に出る事情というものがあると思います。なのでせめて、自らオルガンに近づくのだけはやめていただきたいのです」


「その忠告をするためにここまで連れてきてくれたんだね。言われなくても、僕から喧嘩を吹っかけに行くようなことはしないから安心してよ。ま、向こうの方から来られたら関わるなっていうのは無理になると思うけど」


 というか、たぶんそうなる。

 だからミュゼットの忠告はありがたいけれど、おそらく無駄になってしまうかな。

 今からでもどうやってオルガンを迎撃するか作戦を立てておかないとな、なんて考えていると、思いがけない台詞をミュゼットが言った。


「その点については考えがありますの」


「んっ?」


「向こうから手出しをしてこないように、わたくしがあの男に尻尾を振りますわ」


「えっ……」

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