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第九十話 「没落貴族」

 どうしてミュゼットがここにいるのだろう?

 それに言い争いをしているあの男はいったい誰だ?

 歳のほどは、僕よりも僅かに上の二十歳前後といったところか。

 無造作な群青色の髪に、シルバーのインナーカラーがあしらわれている。

 前髪が僅かにかかる目は、ややつり目立っているが宝石のように輝く翠玉色で、耳には小さな十字架の形をした黒いピアスをつけている。

 上背は1.8メルほどで脚が長く、スタイルのいい体躯を包むのは丈の長いチェスターコート。


 かなり顔立ちの整った青年だ。

 身につけているものもすべて上等な品々。

 そして首から青札を下げているところを見るに、闘技祭の参加者で予選を突破した人物だろう。

 あの青年とミュゼットに何かしらの因縁があるのだろうか?

 という心中の疑問に、ヘルプさんが答えてくれた。


『男の名前はオルガン・レント。生家はレント侯爵家。ミュゼット様の生家であるブリランテ侯爵家に代わり、国境防衛を務めることになった武闘派の名家です』


 生家はレント侯爵家。

 ということは、あの人は貴族の令息なのか。

 しかも国境防衛を務めることになった武闘派の名家の生まれなんだ。

 どうりでいい身なりをしている。

 そういえば闘技祭の参加受付をした日、ヘルプさんがこう言っていた。


『軍事的に強い力を持つブルース王国の、中でも武闘派と言われている“貴族家”から参加登録をしている人物も複数人います』


 あのオルガンという人物も、そのうちのひとりということか。

 予選を突破していることからも、彼自身に実力があることも証明されている。

 ていうか、ミュゼットの家に代わって国境防衛を務めることになったって……


『ブリランテ侯爵家は魔物と魔人の侵攻により、領地で多くの犠牲を出しました。その結果、資産と信用を失い国境の領地を没収され、代わりにその地を引き継ぐことになったのがレント侯爵家です』


 というヘルプさんの補足により、ふたりの関係性がより鮮明になる。

 そういえばヘルプさんがミュゼットのことを説明する際に、こんな風に言っていた。

 彼女の生家であるブリランテ侯爵家は、“元”名家であると。

 どうやらミュゼットの家は魔族被害から領地を守れずに没落してしまったようだ。

 そしてオルガンの生家であるレント侯爵家が、ミュゼットがいた元領地を代わりに賜って再興したと。


 ふたりには何かしらの因縁があるのだと思っていたが、まさかここまで悪い意味で深い関係だったなんて……

 であれば今こうして言い争っている状況も納得がいく。

 加えて周りの人たちが注目して人だかりを作っているのも、当事者が著名なオルガン・レントだからということなのだろう。

 誰も止めに入らないのも、オルガンの実力を知っているからかもしれない。


「で、予選に落ちた奴が今さらここに何しに来たんだよ。まさか誰かから青札でも譲ってもらって本戦に出場しようっていう、惨めなこと考えてるわけじゃねえよな」


「……」


 ミュゼットは唇を噛み締める。

 図星といった反応に、オルガンはますます嘲笑うように笑みを深めた。

 考えてみれば予選を突破しても、何かしらの事情や体調不良などで本戦を辞退する人はいるかもしれない。

 そういう人がいれば、受付カウンターに青札を返しに来るはずなので、ミュゼットはそれを待っていたってわけか。

 というか今さらながら、ミュゼットはやはり予選で落ちてしまったのか。


「仮に本戦を辞退する奴がいて、そいつから青札をもらったとしても、本戦出場が認められるはずねえだろ。そもそもてめえじゃ、どうせ一次本戦でまた落ちるだけだっつーの」


「そんなの、やってみなければわかりませんわ……!」


 ミュゼットは力強い視線をオルガンに返す。

 それを意に介さず、オルガンはミュゼットに嘲笑を向けた。


「いい加減気づけよ。てめえは自分の領地も守れなかった落ちぶれ一家の人間で、端から才能なんてありはしねえんだ」


「落ちぶれ一家、ですって……!」


「いいか、才能は生まれた時から決まってんだ。能無しがいくら努力したところで何も変わりはしねえ」


 オルガンは大腕を広げて、周りの人たちにも聞こえるように続ける。


「それが恩恵とスキルで支配されたこの世界のルールだ。目に見えた才能の前に、努力や工夫なんかなんの意味も成さないんだよ」


 オルガンが笑い声を響かせる度に、ミュゼットの表情により翳りが落ちていく。

 恩恵とスキルで支配された世界。才能は生まれた時から決まっている。

 確かにその点は間違っていないと僕も思う。いい血筋ほど恩恵やスキルに恵まれるから国は名家を優遇しているわけだし。

 それに僕自身、メニュー画面の真価に気付く前は自分の才能の無さを嘆いたものだから。

 もっと言えば、そういう仕組みの世界にした神様に不満を抱いたものだ。

 でも……努力や工夫がなんの意味もないっていうのは、さすがに納得がいかなかった。


「大方、ブリランテ侯爵家の令嬢として闘技祭でいい成績を残して、生家の名誉を取り戻そうって魂胆だったんだろうが……」


 オルガンは腰を折り、ミュゼットの眼前に顔を近付けて薄ら笑いを浮かべる。


「無駄な努力だったな、ミュゼット。やっぱてめえも含めて、あの家はクズの集まりだな」


「な、なんですって……!」


「この予選も突破できねえんじゃ実力のほどなんて知れてるじゃねえか。仮に名誉を取り戻してもう一度領地を賜ったところで、また壊滅させるだけだっつーの」


 ミュゼットの悔しげな顔が僕の目に映る。

 同時に彼女がたったひとりでこの闘技大会に出場した理由をようやく悟った。

 この闘技祭はすでに過去最大規模のものとして広く知れ渡っている。

 そんな大舞台でブリランテ侯爵家の人間として優勝を勝ち取ることができたら、没落して侮辱されている生家の名誉を取り戻すことができる。

 ブリランテ侯爵家に、まだ力はあるのだと。

 そして再び領地を賜れる可能性も大いにあるので、ミュゼットは自分の家のために闘技祭で優勝を目指すことにしたわけだ。

 その願いは叶わず、予選で敗退するという結末になってしまったが。


「目障りだからさっさとあの没落一家に帰れよ。ただそうだな、てめえがもし俺に尻尾を振って従属するってんなら、思い出の領地の一端くらいは分け与えてやってもいいぜ」


「……」


 オルガンは、目を見張るミュゼットに手を差し伸べる。

 ふたりの立場と言葉の意図から察するに、おそらくオルガンは婚約を打診していて、伴侶として付き従えと言っているのだろう。


「体格はガキだが顔立ちは整ってるしな。将来化ける可能性に賭けてやってもいいって言ってんだ。ほら、おこぼれに与れるチャンスだぜ」


 オルガンは軽薄そうな態度で、差し伸べた手をぶらぶらと揺らす。

 その手を固まった表情で見つめていたミュゼットは、やがておずおずと自分の手を動かした。

 そして――


 パンッ‼


 受付広場に響くほど強く、オルガンの手を弾いた。


「あなたみたいなクズ男、死んでも願い下げですわ……!」


 オルガンのこめかみがピクッと軋む。

 ミュゼットが拒んだことに対し、彼が苛立ちを覚えたのが一目見てわかった。

 しかしミュゼットの性格を考慮すれば、こうなることくらい容易に想像できたはずだ。

 彼女がそんな屈辱的な施しを受けるはずがないと。

 自分と生家を侮辱した男の伴侶になることを選ぶはずがないと。

 そこまで考えが至らなかったのか、ミュゼットに反抗的な態度を示されたオルガンは額に青筋を立てる。

 次いでコートのポケットに手を入れて、あろうことか……


「なら、ここで野垂れ死んでろ」


 つまらなそうに長い脚を振りかぶった。

 そのまま斜めに振り抜けば、ミュゼットの顔にブーツの先端が刺さる位置。

 周りの人だかりから小さな叫び声が聞こえたのも束の間、オルガンが脚を振り抜く。

 その時すでに、僕の体は勝手に動き出していた。


 ――ガッ‼


 反応できずに立ち尽くすミュゼットの前に割り込み、ブーツを掴む形でオルガンの蹴りを片手で制する。

 後ろからミュゼットが息を飲む気配が伝わってくる中、僕は眼前のオルガンに鋭い視線を返しながら、ブーツを掴む手にギュッと力を込めた。


「これは少し、やりすぎじゃないか」

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