第八十九話 「自分の価値」
結局僕たちは、【トラベルポート】を転々とすることで危なげなくバッジを守り切ることができた。
そして予選終了の時間となり、試験官さんの指示で森の入口に集合させられる。
それからバッジの確認作業に移り、三つのバッジを確認してもらった僕たちは、無事に予選突破が認められた。
「それではこちらの本戦出場の証明となる『青札』をお持ちになって、闘技場の受付で手続きを行ってください」
弾けるような笑顔の女性試験官さんから紐付きの青い札をもらう。
予選の時に受け取った木のバッジとは違ってかなりしっかりした材質だ。
表面には本戦出場の文字が刻まれており、その札を失くさないためか首かけ用の紐が取りつけられている。
それを周りの本戦出場者たちが首から下げるのを見て、僕も倣って青札を首にかけた。
その様子を恨めしそうに、あるいは不満げに見つめてくる敗退者たちも周りに大勢いたので、僕たちは気まずい視線から逃れるようにそそくさと森の入口から退散する。
ついでその足で闘技場の受付へ向かうことにした。
「特に何事もなく終わってよかったですね」
「だね。ちょっと拍子抜けしちゃったくらいかも。別にトラブルを望んでたわけじゃないけど」
「それくらい【ファストトラベル】と【トラベルポート】が優秀ってことですよ」
ヴィオラの言う通りだ。
変に乱戦に巻き込まれたり、執拗に追いかけ回されることがなかったのはひとえに【ファストトラベル】と【トラベルポート】のおかげだ。
この万能な機能を持っていて本当によかったと思う。
もし敵が同じ力を持っていたとしたら、確かにバッジを奪い取るのは不可能と思ってしまうかもしれない。
無制限に瞬間移動できる相手なんて、捉えられる方がおかしいから。
「ふたりとも別に次に響くような怪我とかもしてないし、本戦は万全の状態で出られそうで最高の滑り出しになったんじゃないかな」
「私が覚えている低級の治癒魔法の【ヒールライト】では、どうしても治し切れないものもありますからね」
その時は闘技祭の運営側が用意してくれた治癒師がいるらしいので、その辺りは心配いらないだろうけど。
それでも万全の状態にまで戻してくれるかはわからないので、大怪我とかしなくてよかった。
「……」
怪我、という言葉から、またあの子のことを思い出してしまう。
ミュゼットは無事に森から出ることができたんだろうか?
予選の突破は難しいとしても、せめて何事もなく予選を終わらせていたらいいけど。
そんなことを頭の片隅で考えつつ、ヴィオラと雑談を交えながら闘技場の受付を目指していく。
やがて大都市マキナに戻ってくると、すでに僕たちよりも先に帰ってきていた予選通過者たちが、闘技場の前でたくさんの人たちに囲まれていた。
「な、なんですかねこの人ごみは?」
「たぶん闘技祭の予選を見ていた観客たちじゃないかな? 予選が終わって観客たちも闘技場からはけたみたいだけど、何人かは予選通過者たちの帰りを待っていたって感じじゃない?」
予選を見て感化されて、参加者の誰かのファンになった人とか。
純粋に予選通過者たちを間近で見たいと思った人とか。
そういう人たちが闘技場からはけた後も入口で待っていて、今こうしてお目当ての通過者を取り囲んでいるという流れだろう。
「予選見てました! 二チームを一気に無力化した魔法、本当にすごかったです!」
「次の本戦も頑張ってください!」
「あの、もしよかったらサインを……」
という会話が聞こえてくる辺り、やはり予選通過者のファンになった人たちの雑踏のようだ。
その人ごみの激しさに圧倒された僕たちは、しばしその場で立ち尽くしてしまう。
それからヴィオラと目配せをして、『人ごみの隅から闘技場の中に入ろう』と視線で会話すると、不意に傍らからこんな声が聞こえてきた。
「あっ、転移魔法使ってたあの子じゃないか!」
「無事に予選突破できてたんだな!」
転移魔法を使っていた子。
という台詞から、明らかにこちらを意識した声だとわかる。
より具体的に言うなら、転移魔法を使っていたと誤解されているヴィオラを見つけた反応だ。
ヴィオラ本人もその声に気付き、僕の隣でビクッと肩を揺らす。
危険を察したのも束の間、瞬く間に人ごみの一部がこちらに寄ってきて、ヴィオラが取り囲まれてしまった。
「あなたの魔法もすごかったです! 転移魔法をあんなに使って戦闘を避けるなんて……!」
「それにあれだけ多種多様な魔法を使える人なんて初めて見ました!」
「えっ? あの、その……」
四方八方から観客たちの称賛が飛んできて、ヴィオラはあわあわと黒目を泳がせている。
そして困ったように僕の方に視線を向けてきたけれど、雑踏の一部がヴィオラに気を取られてくれたおかげで闘技場の入口が見えていた。
ごめんと思いながら、僕はヴィオラに右手を掲げて見せる。
「じゃ、僕は受付に行ってくるよ。青札持ってる僕だけでも受付できると思うし」
「えっ、ちょ、助けてくださいよモニカさ~ん!」
僕はそんな声を背中で受けながら、人ごみの隙間から闘技場の中へと入っていった。
ヴィオラには悪いけどしばらく人目を引いてもらうとしよう。
それにこんなにも手放しで褒めてもらえる機会なんてそうそうないだろうし。
ヴィオラにはもっと自分の価値を正しく理解してもらいたいから、こういう機会に周りの人からたくさん褒めてもらった方がいい。
転移魔法の部分については誤解が残ったままだが、多種多様な魔法を使える別格の魔法使いというのは事実だからね。
ヴィオラを置いて闘技場の中に入った僕は、入口前よりも随分と拓けた空間に出てほっとする。
外と比べて随分快適だと思いながら受付の方へ歩いて行くと……
「んっ?」
外ほどではないけれど、何やら受付広場の中心にも少しの人だかりができていた。
また誰かが観客たちに囲まれているのだろうか?
と思ったけど、人ごみの背格好や体格からして、観客たちではなく予選に出ていた参加者たちだとわかる。
しかもその人たちはそれぞれ、首から青い札を下げていて、予選を突破した通過者たちだと青札が証明していた。
なぜ通過者たちがここで人だかりを作っているのか?
何かしら受付側でトラブルがあって、本戦出場の手続きができなくて足踏みを余儀なくされているとか?
「ハハッ! やっぱダメだったか。さすがはあのブリランテ家のご令嬢様だこと」
「余計なお世話ですわ!」
なんて考えていると、不意に人だかりの向こうから男の笑い声と、少女の怒声が聞こえてきた。
今ので人だかりの理由をなんとなくだけど察する。
おそらく今、広場の中央で誰かと誰かが口論している。それを見ている野次馬だろう。
普段なら、面倒ごとには巻き込まないでほしいなと思って、騒ぎが収まるまで傍観している僕だけれど……
男の台詞に聞き捨てならない部分があり、我知らず人ごみの中に自ら足を踏み入れていた。
(ブリランテ家のご令嬢……?)
その名前には聞き覚えがある。
人だかりの向こうから聞こえてきた少女の声も聞き覚えがある。
騒ぎの中心になっているのはまさか……
人の波を押しのけて前の方に出ると、人ごみの中心には僕の悪い予想の通り――
「ま、あの落ちぶれ一家の小娘程度じゃ、この闘技祭で勝ち残れるはずねえか。ハハッ!」
笑い声を響かせる青髪の男に、歯を食いしばりながら鋭い視線を向ける、ミュゼット・ブリランテがいた。