第八十五話 「奇策」
四つのチームで乱戦になった後。
僕とヴィオラは戦いの最中、隙を突いてあのお嬢様チームと蛮族チームのリーダーから二枚のバッジを確保した。
おかげでモーニングスターを振り回す鎧ドレスのお嬢様と、大斧を担いだ汗臭い半裸男に、しばらく血眼で追いかけ回されることになったけど。
『お待ちなさいなそこの盗人!』
『バッジを返しやがれぇぇ!』
そんな彼らから逃げ切るのはかなり苦労したものだ。
今は大木の根の陰に息を潜めて、いまにでも襲撃者がやってくるのではないかというプレッシャーと戦っている。
ともあれ先刻の乱戦は無駄にはならず、僕たちは一応闘技祭の予選通過の条件を満たすことができたのだった。
けれど……
「あとはこのバッジを試験終了時まで守り切る“だけ”で、予選を突破できますね」
「だけ、と言えばそうなんだけどねぇ……」
僕は顔をしかめて、チュニックの胸元につけた三つの木のバッジを見下ろす。
ヴィオラの言う通り、あとはこれを死守する“だけ”で予選は突破できるが、それは言葉にする以上に計り知れない難しさを秘めているように感じた。
いや、もっと言うなら……
「むしろここからが本番な気がするよ」
「えっ、バッジを三つ集めるよりもですか?」
「うん」
隣で同じように大木に背を預けているヴィオラは、怪訝な顔をして首を傾げた。
確かに表面上は、他チームからバッジを三つ奪うほうが難しいように思える。
けれど三つのバッジを保持している状態というのも、また違った危険性を孕んでいるのだ。
「改めて思ったけど、三つのバッジを保持しているってことは、僕らは誰から見ても逆転の芽になるってことなんだよ。執拗に追いかけ回される可能性が高い」
奪ったバッジも見えるところにつけておく規則になっている。
そのためどのチームから見ても三つのバッジを保持していることが丸わかりで、標的にされる可能性が非常に高いというわけだ。
バッジをひとつも所持していない状態のほうが遥かに安全だと言えるだろう。
僕は右手の人差し指を立てて、何もない空間を下から上に弾き、メニュー画面を呼び出した。
それを指先で操作していると、隣でヴィオラがこくこくと頷く。
「ではやはり、どうにかしてバッジを奪われないようにしないといけませんね。あっ、モニカさんの【エアグライダー】を使って空に逃げてしまうというのはいかがですか?」
「空?」
「たくさんの参加者がいますけど、さすがに空を飛べる力を持っている人は他にいないと思います。なので三つのバッジを抱えた状態で滞空し続けて、予選終了時まで空にいれば安全なんじゃないですか?」
なるほど。
先刻戦ったダフとリンの二人組から聞いた、リーダーだけ別の所に隠れておくという戦法の亜種みたいなものか。
地上のどこかに隠れるよりも空の方が安全だと考えて、【エアグライダー】を使って滞空するという手を思いついたらしい。
この前、ヴィオラを乗せて空を飛ぶこともできたので、あの手を使えばふたりで滞空もできるだろうし。
でも……
「残念ながら【エアグライダー】の駆動時間は最長で三十分なんだよ。今から残りおよそ一時間半の間、ずっと滞空できるわけじゃないんだ」
「それでも一時しのぎとして使えませんかね? 残り三十分になった時に空へ飛び上がれば……」
というヴィオラの提案に、僕の脳内でヘルプさんが応える。
『木の頂点を大きく越えて空へ上昇した場合、『イントロ大森林の範囲外への離脱禁止』という規則に抵触する可能性があります。その場合、失格の処分を受けてしまいますので推奨できません』
「今ヘルプさんから教えてもらったけど、上空へ行き過ぎると“森から出た”って判断されて失格になる危険があるからやめた方がいいってさ」
「あっ、上空は範囲内ではないんですか……」
これは僕も意外だと思った。
空に高く飛び上がるぐらいなら森から離脱したとは見なされないと思ったんだけど。
もしかしたら過去に似たような形式の試合の時に、空に飛び上がって時間稼ぎをした人がいたのかもしれない。
それがあまりにもしょっぱい見世物だったから、空も領域外という判定にしたんじゃないかな。
規則説明の時には言っていなかったので、即失格にはならず最初は注意されるくらいだろうけど。
「そういえば【リバースルーム】を使った作戦を提案した際も、同じ理由でヘルプさんに却下されてしまいましたよね」
「あぁ、昨日の夜のことね。それができれば一番楽だったんだけどなぁ」
僕はメニュー画面を右手の人差し指で操作しながら、昨夜のヴィオラとヘルプさんとの会話を思い出す。
ヘルプさんから予選はバッジの争奪戦になると聞いた時、三つのバッジを手に入れた後どうするかという話になった。
昨夜の段階では今のような状況をそこまで危惧していたわけではないが、その時にヴィオラから持ち上がったのが異空間に移動できる魔法【リバースルーム】を使った作戦だ。
『【リバースルーム】を使って異空間へ逃げちゃえばいいんじゃないですか? 同系統の魔法を持った人がいない限りは絶対に手出しされませんよ。確実にバッジを死守できます』
名案閃いちゃいました! と言わんばかりに、得意げに鼻を鳴らしながら提案してくれたのだが……
『バッジ争奪戦の予選では、“イントロ大森林の範囲外への離脱禁止”という規則があります。異空間への移動は“森からの離脱”と見なされる可能性が非常に高いため推奨できません』
禁止事項に触れる可能性があり失格処分の危険が伴うため却下されてしまったのだ。
その時のヴィオラのしょんぼりした顔は今でも忘れられない。
そんな話を思い出しながら、メニュー画面の操作を続けていると、とうとうヴィオラが怪訝な顔で画面を覗き込んできた。
「ところで先ほどから何をしているんですか? 難しい顔でメニュー画面をいじっていますけど……」
「んっ? 有効的な作戦かどうかはまだわからないけど、マップメニューで森の全体図を確認しながら、“トラベルポート”のいい設置場所がないか探してるんだ」
「トラベルポート?」