第八十三話 「同格との戦い」
茂みから出てきた影はふたつ。
そのうちのひとつが大きな杖を持っており、それを振りかざした瞬間目の前から突風が迫ってくる。
――魔法による攻撃!?
それを悟った僕は、すかさず隣のヴィオラを抱えて飛び退った。
「わあっ!」
刹那、僕たちがいた場所に風の砲弾が着弾する。
爆発的な突風を背中に感じながら、僕はすぐに後方を一瞥した。
革の胸当てをして銀の直剣を手に提げた、上背の高い金髪の青年。
ぶかぶかの青ローブと大きな杖を装備した、眠たげに目を細める青髪の少女。
裏の茂みから飛び出してきたのはこのふたり。
今の時間、イントロ大森林には闘技祭参加者しかいないらしいので、僕らのバッジを狙いにきた別チームだろう。
「今の風は、あの人たちが仕掛けてきたものですか」
最初は驚いていたヴィオラだが、僕に抱えられながら後方を見てすぐに状況を察する。
そんな彼女を地面に下ろすと、なぜか謝られてしまった。
「ごめんなさい、感知魔法が遅れてしまって」
「ううん、ヘルプさんが教えてくれたから大丈夫。それよりもとっくに使ってるもんだと思ってたよ」
「えっ? 開始の合図がきてからでないと魔法は使っちゃダメなんじゃないんですか?」
「そこまで律儀にならなくていいから!」
事前に感知魔法や身体強化魔法を使っているチームはおそらくたくさんいたはず。
ルールにも魔法の事前使用は禁止されていなかったので、そこまで律儀になっているのはヴィオラくらいのものだ。
おそらく目の前の参加者ふたりも、何かしらの魔法を使って僕たちの位置を特定したんだろうし。
でなければ予選開始の合図からものの数秒で、的確に僕たちのところに来れるはずがない。
ともあれヘルプさんの知らせで事なきを得たので、今は良しとしておこう。
それよりもまずは襲撃者たちの対応だ。
茂みから飛び出してきた青年は、銀の直剣を肩に担ぎながらヘラッと笑った。
「反応はえぇな、おふたりさん。動きも悪くねえ。てっきり記念参加のカップル冒険者かと思ったが、実力はちゃんとあるみてえだな」
「カ、カップル!?」
茶化すようなその言葉にヴィオラが過剰に反応する。
「わ、私たちは別にカップルというわけではなく、ただの冒険者仲間でして……! 知り合ったのもつい最近と言いますか……」
そこまで丁寧に説明する必要はないんじゃないかと思いながら、僕は“連中の様子”に違和感を覚えて観察していた。
それから数秒ののち、あることに気がついてハッと息を飲む。
――バッジがどこにもない?
向こうのふたりはどちらも見えるところにバッジを付けていない。
今回の予選に参加しているチームなら、確実にメンバーの誰かが付けていないといけない木のバッジ。
より厳密に言えばリーダーが“見えるところ”に付けるのが原則のはず。
そのバッジがどこにも見当たらず、僕は我知らず違和感を抱いていたのだ。
しかしその謎もすぐに自分の中で解決する。
「……なるほどな」
次いで敵に杖を向けているヴィオラに、僕は隣から告げた。
「ヴィオラ、このふたりと戦ったところで利はない。無駄に『精神力』を消費するだけだ」
「えっ、どういうことで……」
「ハハッ、さすがに気付くよな。けど気付いたところでどうしようもねえだろ」
そう、これは気付いたところでどうしようもないこと。
おそらく、バッジを付けたリーダーだけ別のところに隠れているんだ。
それで残りのチームメンバーであるこのふたりで、他のチームを襲撃するという作戦なのだろう。
最悪負けてしまったとしても、隠れているリーダーがバッジを保持していれば損害はない。
安全に他のチームを襲撃できる手法。
チームメンバーが上限の三人だからこそできることで、僕たちが同じことをやろうとしてもどちらか一方に負担をかけることになるので得策とは言えない。
すると金髪の青年は肩に担いだ直剣をトントンと揺らしながらまた微笑んだ。
「他にも同じ手を使ってるチームは大勢いる。ふたりで参加したのはちょっとまずったな、おふたりさん」
別に好きでふたりで出たわけじゃないんだけどな。
仲間を募集したけど集まらなかったから、仕方なくふたりで出場することになっただけだ。
次いで青髪の少女が、眠たげな眼を青年に向けて端的に告げた。
「ダフ、さっさとやっちゃおう。わたしもう眠い」
「相変わらずぼんやりした奴だなリン。ま、他の場所でも交戦が始まったようだし、乱戦になる前にバッジひとつは確保しておきてえからな」
ふたりは敵意を示すように改めて身構えて、この場に緊張感が迸る。
僕たちも同じく短剣と杖を構えると、一瞬の静寂が両者の間に訪れた。
先に動いたのは、僕だった。
「なっ――!?」
地面を蹴って飛び出し、瞬く間に青年の目前に肉薄する。
この速さは想定外だったのか、ダフと呼ばれた青年は驚いて体を強張らせていた。
その隙を見逃さず、右脚を前に突き出す。
ダフは間一髪で直剣を盾のように構えて僕の革ブーツの先端を受け止め、同時に仲間の少女を片手で突き飛ばして距離をとらせた。
反応は遅れたがいい判断だ。すぐに冷静さを取り戻したところを見るにかなり場慣れしている。
反撃を警戒してすぐさま足を引くと、そのタイミングでヘルプさんの声が耳の奥で鳴った。
『本名ダフ・ヴィトゥマン。ドーム大陸にて活動をするAランク冒険者です』
ヘルプさんが青年の情報を補足してくれて、僕は密かに得心する。
彼も僕たちと同じAランク冒険者だったのか。どうりで今の蹴りで倒し切れないはずだ。
BやCのランクの冒険者であれば、おそらく僕の蹴りを目で捉えることも難しいはずだから。
それでも筋力恩恵値を高めた僕の蹴りは、剣を伝って青年の手にダメージを与えたらしい。
ダフは険しい顔つきで自分の右手を見つめていた。
「ダフ? どうしたの?」
「おい気を付けろリン、こいつただのガキじゃ……」
刹那――
後方でヴィオラの声が響く。
「【エアロスフィア】!」
僕が後ろを一瞥するよりも早く、リンと呼ばれた少女のもとに突風の砲弾が飛来した。
リンも間一髪のところで後方へ飛び退ると、彼女が今しがた立っていた場所で砲弾が炸裂し、土煙と裂くような烈風が四散する。
今の魔法は……
「私と、同じ魔法……?」
「はい、そうですよ」
先ほど僕たちを急襲した際に初撃で放ってきた、風の砲弾の魔法。
ヴィオラはその魔法を目で捉えていたらしく、【賢者の魔眼】のスキルできっちり習得していたようだ。
最初に見た突風の砲弾よりも格段に強烈な魔法だったため、本来の魔法の持ち主であるリンは驚愕して言葉を失くしている。
これで改めてはっきりした。
同格の冒険者を相手にするのはこれが初めてだけど……
僕たちの力は、充分に通用する。
「そっちも、僕たちを最初の標的にしたのはまずかったかもね」
「ハッ、いい生意気っぷりだな」
ダフは額に青筋を立てて直剣を構えなおす。
このふたりと戦うのははっきり言って無駄だけど、しつこく追い回されるくらいならここで無力化してしまった方がいい。
どうせバッジを持ったリーダーなら、あとでヘルプさんに居場所を聞いて探し出せるはずだから。
そう思って目の前の青年に集中すると、今度は彼の方から銀の剣を振りかぶって飛びかかってきた。