第八十一話 「欠けた音色」
「残念でしたね。加入希望者が誰もこなくて」
「まあ薄々こうなる気はしてたけどね」
仲間を一人も獲得できなかった僕たちは、再び闘技場を目指して歩いていた。
掲示板に貼った仲間募集の紙を更新するためである。
一応、当日になるまで仲間の募集はかけるつもりだけれど、この様子だと好ましい人と巡り会うことは難しいかな。
前にパーティーメンバーの募集をかけた時は思った以上の人数が来てくれたけれど、今回は色々と状況が違うから。
残り一人を求めているチームが多くて、一人で余っている参加者の取り合いになっているだろうし。
「こちらだと祝福の楽団の名前を知っている人がいないのでしょうか?」
「僕たちの活動拠点は隣のホール大陸だからね。無名の冒険者パーティーに人が近寄ってこないのは当然だと思うよ」
仮に向こうで闘技祭が開かれることになって仲間の募集をかけていたら、もう少し違った結果にはなっただろう。
であれば向こうの冒険者ギルドの掲示板とかで、闘技祭のチームメンバーの募集をかけたらよかっただろうか?
でも前に来てくれた冒険者たちは曲者揃いで面談もボロボロだったし、急に三週間後に三日間の空きを作ってくれる人が果たしているかどうか。
「当日まで仲間が見つからなかったら二人で出るしかないか」
「まあ、二人で出て勝てるならそれに越したことはありませんからね。賞金の分け前のこともありますし」
そんな話をしながら闘技場に辿り着く。
相変わらず大混雑している受付前を横切り、広場にある掲示板の方へと歩いていった。
その時――
「んっ?」
不意に視界の端に、ブロンドのツインテールが映り込む。
釣られて視線を向けると、受付広場の端の壁に、不機嫌そうな表情で背中を預けている小柄な少女が立っていた。
『ちょっと、順番を抜かさないでくださいませ』
確かあの子は、参加登録当日に、僕たちの前に並んでいて一人で参加登録をしていた女の子だ。
なんでまたこの受付広場にいるのだろうか?
参加登録を終わらせた以上、闘技祭当日でもなければ来る意味なんてないはずなのに。
疑問に思ってつい足を止めて見据えていると、隣を歩いていたヴィオラが気づいて立ち止まる。
「どうかしたんですかモニカさん……? って、受付した時にいた子ですね……。あの子がどうかしたんですか?」
「いや、ちょっとね……」
彼女は一人で参加登録をしていた。
もしかしたら声をかけたら一緒に出てくれたりしないかな?
仲間が多いに越したことはないし、声をかけるだけならタダだから。
ただ実力の程が確かではないので、最低限の力があるかどうかだけヘルプさんに問いかけてみる。
(あの子はどうかなヘルプさん? 仲間に誘ってみたいって思うんだけど)
『本名ミュゼット・ブリランテ。元名家であるブリランテ侯爵の令嬢。古くから力によって国境防衛を成してきた家系の生まれで、その血を色濃く継いでいる人物です』
あの子、ミュゼットっていうんだ。
まさかあの日に噛みついてきた金髪ツインテールの少女が、侯爵家のご令嬢とは思わなかったな。
しかも国境防衛を成してきた侯爵家の生まれって、相当なエリート家系だよね。
実力もかなりある人物なんじゃないかな。
という期待にかぶりを振るようにヘルプさんが続ける。
『しかしミュゼット様ご本人に関する軍務や魔物討伐の履歴はなく、冒険者でもないため依頼遂行の記録もありません』
ようするに、戦闘に関する情報はまったくないってことか。
でも腕っぷしで国境を守ってきた元名家の生まれなら、相応の才をその身に宿している可能性は非常に高い。
彼女の恩恵や能力すべてをヘルプさんに開示してもらってもいいんだけど、公的に残されている以外の個人情報を抜き取るのは少々気が引けるのでそこまではお願いしなかった。
素性だけでも知ることができたので充分だろう。
優勝のために、少しでも見込みのある人物には積極的に声を掛けに行ってみることにした。
「あっ、でも……」
踏み出しかけた足を止めて、僕はチラリとヴィオラの方を一瞥する。
あのミュゼットって子は“貴族の生まれ”なんだよな。
となると貧民街出身のヴィオラに偏見がを持っている可能性がある。
以前に貴族の令息が率いる冒険者パーティーに加入しようとして、貧民街の人間だからと邪険にされたことがあるから。
その時のことが原因で、ヴィオラは貴族に対して苦手意識が芽生えてしまったようなので、ここはあらかじめ聞いておいた方がいいだろう。
「ヴィオラ、あの子に声をかけてみたいんだけどいいかな?」
「えっ、あの子ですか? 私は別に構いませんけど、どうして私に尋ねるんですか?」
「あの子、貴族の生まれみたいだからさ」
「あっ、そういうことですか」
ヴィオラもすぐに察してくれる。
僕が何に対して気を回したのかを。
そして彼女はミュゼットという子を見つめて、やがてこくこくと頷いた。
「気の強い方のようですけど、高慢な貴族といった振る舞いはありませんし、貧民街の出身者にも偏見とかないんじゃないでしょうか? それに最悪、こちらから貧民街の出だと話さなければいいんじゃないですかね」
「まあ、ヴィオラがそう言うなら……」
もうそこまで貴族に対して苦手意識がないのか、それとも単純に肝が据わるようになったのか。
それは定かではないけれど、ヴィオラからも了承を得られたので僕はミュゼットに声をかけてみることにした。
広場の壁に背を預け、ムスッとした顔で辺りを見渡している金髪少女に、やや緊張しながら歩み寄る。
「えっと、少しいいかな」
声をかけた瞬間、少女が投げやりな感じでジト目を向けてくる。
すでにそこから強烈な不機嫌さを感じたが、僕は意を決してチームへ誘ってみた。
「一人で参加登録をしてた子だよね? もしよかったらなんだけど……」
「話しかけないでくださいませ」
……まだ話している途中なのに。
あまりにも早い拒絶に、チーム加入の話は絶望的に思えてきた。
続いて少女の方から、その望みを完全に断ち切ってくる。
「大方チームへの誘いなのでしょうけど、わたくしは一人で闘技祭に参加するつもりですの。他の参加者と手を組むつもりはありませんわ」
「そ、そっか……」
おそらくもうこれまでに何度も同じように声かけされたのだろう。
だから僕も同じ狙いだとすぐに悟ったみたいだ。
そしてその度に同じように拒否し続けてきて、うんざりしているのだと思われる。
「不躾に話しかけてごめん。もしかしたら一緒に参加する人がいなくて、仲間探しのためにここにいるのかと」
「わたくしを他の独りぼっち参加者たちと同じにしないでくださいませ。わたくしはちゃんとした意思を持って一人で参加するんですの」
単独参加の意思を今一度はっきりと示されて、僕は内心で肩を落とす。
次いで彼女は再び辺りに視線を巡らせながら、この場にいる理由を話してくれた。
「ここにいるのは敵情視察のためですわ。受付にやってくる人間は全員、漏れなく敵になるのですから、視察しておくに越したことはありませんの」
「それは確かに……」
この子、闘技祭に懸ける想いが人一倍強いと見える。
敵となる参加者たちのことをよく観察して、事前に情報を得ようとするなんて並大抵の根性ではできない。
続く彼女の呟きからも、闘技祭に対する執念にも似た熱を感じた。
「他の方の助けなど必要ありません。わたくしはブリランテ侯爵家の子女として、必ず一人で闘技祭の頂点を掴み取ってみせますわ」
ミュゼットは壁から背中を離し、僕の隣を横切って立ち去っていく。
彼女の様子に何かしらの想いを感じて後ろ姿を見届けていると、同じように何かを感じたらしいヴィオラが隣で首を傾げた。
「何か訳あり……なんでしょうか?」
「まあ、なんの訳もなく若い女の子が一人で、猛者がひしめく闘技大会に出るはずないもんね」
きっと彼女にとってすごく重要な理由があるのだろう。
その訳もヘルプさんに尋ねれば一発でわかると思うけど、僕はそれをしなかった。
やはり公に晒されている以外の情報を、おいそれと覗き見るような行為はしたくなかったから。
ミュゼットを仲間に誘えなかった僕たちは、諦めて掲示板の方に行って募集用紙を更新する。
そして闘技祭の開催まで小まめに更新を繰り返して、チームへの加入希望者を待ち続けた。
それから三週間後。
仲間となってくれる人は現れず、闘技祭の当日が訪れたのだった。




