第八十話 「小さき挑戦者」
140メルほどの小柄な体躯に、サファイアのように綺麗なつぶらな碧眼。
歳のほどは十二、三歳といったところだろうか。
ドレスとワンピースの中間のような赤い服を着ていて、幼げな童顔からは八重歯が僅かに覗いている。
上背が低いせいで前に並んでいたことにまったく気がつかなかった。
思わず順番を抜かしてしまいそうになって、悪気がなかったことを僕は伝える。
「ご、ごめんなさい。前に人がいることに気がつかなくて」
「それはわたくしの体が小さいことを揶揄していますの?」
「違う違う……! 人が一気にはけてごちゃごちゃしてたからさ」
事実を織り交ぜた言い訳を話すと、少女は不満げな顔をそのままに「ふんっ」と鼻を鳴らしてカウンターの方に視線を戻した。
とりあえずは難を逃れることができて、僕はほっと胸を撫で下ろす。
ていうか、ここに並んでいるってことはもしかして……
その疑問に頷きを返すように、少女は背伸びをしながらカウンターの向こう側を覗き、その先にいる受付さんに声をかけた。
「闘技祭の参加登録をさせてくださいませ」
「は、はい。かしこまりました」
よもやこんなに小さい子が闘技祭に参加するとは思わず、受付さんも戸惑った様子で手続きを進め始める。
本当にこの子が闘技祭に参加するのだろうか? 親御さんとか仲間の代わりに登録しに来たわけではなくて?
神託の儀を受けたかどうかも怪しい年頃に見えるというのに。
そう思いながらブロンドツインテールの後ろ姿を見据えていると、続けて衝撃の台詞が少女の口から放たれることになった。
「参加登録される方をお教えください」
「わたくし一人ですわ」
「えっ⁉」
声を上げたのは僕だった。
その反応に少女は再び不満げな顔でこちらを一瞥してくる。
いやだって、よもやこの子が単独で参加するとは思わなかったから。
隣にいるヴィオラだって目を丸くしているし、受付さんもかなり動揺している。
それでも手続きを進めてくれてやがて参加登録が終わると、小さな少女は三度こちらを一瞥して、やはり不満げに鼻を鳴らした。
「ふんっ」
そうしてブロンドのツインテールを揺らしながら立ち去っていき、その背中を見届けてから僕はヴィオラと顔を合わせる。
お互いに抱いている気持ちは同じようだった。
「あ、あんなに小さな子も参加するんですね。しかもお一人で……」
「参加条件に年齢制限はないからね。にしたって、神託の儀を受けて間もないだろうに、よく闘技祭に参加しようと思ったよね」
そもそも年齢など関係なしに、たった一人で出場するのは無謀と言わざるを得ない大規模な闘技大会だ。
それをあんなに体が小さい女の子が単独出場なんて……
いや、もしかしたらああ見えて、実際はとんでもない実力者だったりするのかな?
すでに見えなくなった少女の軌跡を追うように出入口の方をじっと見つめていると、不意にカウンターの方から声をかけられた。
「……あの、次にお待ちの方ー」
「あっ、すみません」
前にいた少女が登録を済ませたので、次は僕たちが参加登録をする番だった。
急いでカウンターの方を向き直って受付さんとやり取りを始める。
参加登録の手順は順番待ちしていた時に見ていたので、特に詰まるところもなく、滞りなく進めることができた。
概ね闘技祭のルールは話に聞いていた通りで、予選、一次本戦、最終本戦の構成になっている。
それぞれ一日をかけて執り行い、計三日で優勝者を決めるという流れになっているそうだ。
特筆すべき注意点としては、怪我や事故は自己責任というところぐらいか。
相手に修復不可能なほどの大怪我を負わせたり、死に至らしめる攻撃を加えた場合は即時失格、懲罰対象として扱われるという。
つまりやりすぎは禁物で、あくまで闘技大会ということを前提に参加しましょうという注意事項だ。
それと闘技祭には様々な身分の人間が出場し、剣や拳を交えることになる。
そのため下の身分の者が上の身分の者に切っ先を向けることもあるということを承知の上で、闘技に参加することを誓うように明言もされていた。
あとは別段、気になるところもない。
「参加登録は以上となります。闘技祭当日の活躍を楽しみにしております」
そうして無事に闘技祭への参加登録を済ませると、僕たちは流れ作業のように横に逸れて次の参加希望者が登録をし始めた。
それを横目に見ながらカウンターの前から立ち去り、ヴィオラと一緒に出入口の方へと向かう。
「さて、登録も終わらせたことだし、しばらく町の観光でもする? それともホール大陸に戻っていつも通り冒険者依頼を受けてもいいけど……」
【ファストトラベル】を使えば一瞬で隣の大陸に帰ることができるので、選択肢は豊富にあった。
だからヴィオラの意見も聞いてみようと思って尋ねようとすると、彼女が不意に袖を摘まんでくいくいっと引っ張ってくる。
「モニカさん、あれなんでしょうか?」
「んっ?」
ヴィオラは出入口の方ではなく、受付広場の隅の方に視線を注いでいた。
釣られて僕もそちらに目を移すと、隅っこの壁の前で行列ほどではないが僅かな人だかりができている。
気になって二人で近づいてみると、そこにはたくさんの紙が張り出されている“掲示板”らしきものがかけられていた。
【チーム名:不滅の伴奏 仲間一名募集 闘技祭十日前の朝九時に受付広場の階段前にて面談】
【チーム名:上機嫌な鼻唄 仲間一名募集 毎日朝八時に噴水広場にて面談】
それらの紙に書かれた内容から察するに、おそらくこの掲示板は……
「これ、闘技祭の仲間を募集するための掲示板だね」
「私たちと一緒で仲間が足りないチームが結構いるんですね」
ほとんどの用紙には仲間を募る文言が書かれていた。
しかも自分たちと同じように二人組で、あと一人足りないチームが多いように見える。
やはり勝利を目指すからには上限人数の三人で出場するのが一番で、みんなそれを望んで仲間の募集をかけているようだ。
「私たちもこの掲示板を使って仲間を募集してみましょう。もしかしたら心強い味方が来てくれるかもしれませんよ」
「うぅーん、いい人がいたらヘルプさんが自動でお知らせしてくれそうだけど、何もやらないよりかはいいかもね。一緒に戦いたいって人が名乗り出てくれたら、その都度面談して人柄を見たり条件を話し合ったりすればいいし。一応張り紙してみよっか」
それに募集をかけるのはタダだし。
そう思って僕たちも掲示板に仲間募集の張り紙を掲示しておいた。
【チーム名:祝福の楽団 仲間一名募集 闘技祭の三週間前の朝九時に噴水広場にて面談】
前もパーティーメンバーの募集をした時にこうやってギルドに張り紙をしたけど、あの時は志が好ましくない人たちばかりが集まったんだよなぁ。
ヘルプさんが経歴検索をしてその人の過去を丸裸にしてくれて本当に助かったものだ。
だから今回は真面目な人が来てくれたらいいなと心から思いながら、僕たちは闘技場を後にしたのだった。
それから一週間が経過した。
僕とヴィオラは大都市マキナの観光をしたり、ホール大陸に戻って冒険者依頼を受けたりして時間を過ごした。
そして気がつけば闘技祭の三週間前になっており、募集用紙に記載していた期日になった。
朝九時に町の中央にある噴水広場に行き、そこでドキドキしながら加入希望者を待つことにする。
しかし一時間が経って十時になっても、それらしい人は誰一人として来てはくれなかった。