第七十八話 「大都市マキナ」
港町ノルデスチから馬車を乗り継いで、出発から五日が経った今日。
ようやく僕とヴィオラは目的地である大都市マキナに到着したのだった。
「おぉ、ここが大都市マキナか」
「随分と大きな場所ですね。さすがはブルース王国最大の繁栄都市」
正門を抜けた先にあった広間にて、僕たちは街並みを眺めながら感嘆の息をこぼす。
大都市を両断するように広間から伸びる石畳の大通り。
両脇には露店とそれに群がる人だかりが点在し、客引きやら値下げ交渉の声があちこちで飛び交っている。
大通りから逸れた住宅通りの方では、木造りの民家が軒を連ね、上階の窓からご婦人たちが顔を出し談笑している姿が見られた。
僕たちのいる広間にも待ち合わせの人々や行商人の荷車が行き交い、隣にいるヴィオラの声もまともに聞こえないほどの喧騒に包まれている。
僕とヴィオラは大都市マキナの景観を一望すると、顔を見合わせて笑みを交換した。
「賑やかでいい町だね。闘技祭の開催も近いからか、住民だけじゃなくて冒険者や傭兵っぽい人たちも多いし」
「私たちが生活していた町と雰囲気がそこまで変わらないのもいいですね。大陸が違うので生活感も違うものだと思っていました」
「言ってもお隣の大陸だし、ホール大陸とドーム大陸で気候や自然環境にほとんど違いはないから」
僕たちが普段暮らしているポップス王国やゴスペル王国は、海洋の東部に位置するホール大陸という場所にある。
そしてここ大都市マキナを保有するブルース王国は、同じく海洋東部にあるドーム大陸に存在し、気候や自然環境にほとんど違いが見られない。
そのため町並みは僕たちが暮らしていた町と変わらず、異国に来たような気分にはならなかった。
向こうより少し温かいから、人々の装いが気持ち軽めで、露出が多い分肌の焼けた人が若干多いかな、と思うくらいである。
「じゃあさっそく闘技祭の参加登録をしに行こうか。町の東門から闘技場に行けて、そこで受付してるらしいから」
「人が多いのではぐれないようにしないといけませんね」
それから僕たちは人ごみを掻き分けるようにして大通りを進んでいく。
しばらく露店や街並みを眺めながら歩いていると、町の中央の噴水広場に辿り着いた。
そこから東の方向へ折れて再び人ごみを縫うように進み、やがて東門の前に到着する。
すでに周りには屈強な肉体を持つ人だったり、佇まいから雰囲気を感じる人が大勢いた。
闘技祭に参加しにきた冒険者や傭兵だと思われる。
その人たちを横目に闘技場の中に入ると、受付前も混雑していてかなりの行列ができていた。
「こ、これ、みんな闘技祭の参加希望者?」
「まだ一か月前なのにすごい数ですね」
闘技場は半球状の形をしていて、一階のド真ん中が闘技場となっている。
天井が吹き抜けになって空が見えるため、上空からだと環状に見えるだろうか。
闘技場を取り囲むように二階と三階にはぐるっと観客席が設けられており、一階の受付場の端から階段を上って観客席へ行けるようになっている。
まだ開催日ではないため階段には立ち入り禁止を示す立て看板が置かれており、参加登録を希望する人たちが受付場に集中して熱気と喧騒に包まれていた。
行列に並ぶ人たちの会話が微かに聞こえてくる。
「なんで五十年ぶりの闘技大会にこんな人数集まんだよ」
「その分色んな連中と戦えるんだからいいだろ。あー、さっさと手合わせしてえ」
「優勝賞金2000万ってマジかよ」
「これよりもっと大人数の中で優勝できたらな」
その景色を前に思わず圧倒されて竦んでしまうが、僕たちも意を決して行列に並び始める。
受付には五つの窓口があり、どれも手早く前に進んでいるが、次から次に押し寄せてくる人の波で混雑は一向に解消されそうにない。
忙しなく手続きをしたり行列を整理する受付さんたちを気の毒に思っていると、不意にヴィオラが声をかけてきた。
「一人で並んでいる人も結構多いですね。個人参加する人もいるんでしょうか?」
「ヘルプさんが言うには、三人での参加ができるようになってからも個人で出る人は多かったみたいだよ。自分の実力を示したいと思う猛者が単独で闘技祭に挑んで、過去にはたった一人で優勝を勝ち取った英雄もいるんだって」
「それはそれでかっこいいですね」
まあ僕たちは実力を誇示しにきたわけではなく勝利が目的なので、二人で参加するけれど。
それくらい参加者たちの目的が違うのが闘技祭というわけだ。
「もうかなりの人数が参加登録をしているみたいですけど、歴代の優勝者さんとかも交じっていたりするんでしょうか?」
「いやぁ、それはないんじゃないかな。前回の闘技祭が五十年前だし、二十歳前後で優勝してたとしても七十歳近くになってるんだから」
「でも見たところお年を召された方も結構いらっしゃいますよ。もしかしたら今も元気に戦いの日々に身を投じていて、研ぎ澄まされた剣術を扱う熟練の剣豪として私たちの前に現れるかもしれませんよ」
「あんまり怖いこと言わないでよ。さすがに現役冒険者として、七十近いご老体に負けたくはないなぁ」
ていうかヘルプさんに聞いたら、現状の参加者の情報なんてすぐにわかるじゃん。
と思った僕は、改めてヘルプさんに問いかけてみる。
(今の段階で要注意な人物とか集団っていたりする?)
『ドーム大陸を活動拠点としている“Sランク”の冒険者パーティーが二組参加登録しています』