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第七十七話 「敵に回したくない存在」

 一週間の船旅を終えて、僕たちはお隣のドーム大陸へと上陸した。

 港町であるノルデスチという町に到着し、検問やらを抜けていよいよ大都市マキナを目指すことにする。

 現在位置は大陸の東部地方で、目的地のマキナも同じ東の方にある。

 そのため距離はそこまで離れておらず、馬車を乗り継いでおよそ五日で着くとのことだ。


「どうするヴィオラ? 船旅で疲れたんだったら、大都市マキナまで【ファストトラベル】で行っちゃってもいいけど」


「いいえ、大丈夫ですよ。まだ闘技祭の開催まで日がありますし、ドーム大陸の様子も見てみたいのでゆっくり行きましょう」


「それもそうだね」


 闘技祭の開催まであと一か月と少し。

 開催地のマキナまで馬車でのんびりと向かっても、一か月前には到着できるだろう。

 だから二人で観光気分でマキナに行くことにした。

 そして馬車に乗って次の町に向かう間、隣に座っているヴィオラが客室を眺めながら小声で話しかけてくる。


「船に乗っている時にも思ったんですけど、冒険者とか傭兵っぽい人が結構多いですね。皆さん闘技祭に参加される方なのでしょうか?」


「うん、たぶんね」


 この時期に海を渡ってドーム大陸に来る人は、闘技祭目的の人が多いだろう。

 僕たちと同じで行き先が大都市マキナの方角だし。

 何よりいかにも腕に自信のありそうな人たちばかりだから。


「五十年ぶりの開催で賞金の額も多いから、みんなこぞって参加しにきたんじゃないかな。ヘルプさんも過去最大規模の闘技祭になるかもって言ってたし」


「そういえば闘技祭は二位と三位にも賞金が出るんですよね? もし優勝できなくても二位か三位に入れば少なからずの賞金がもらえるので、それ目当てに参加する人も多いんでしょうか?」


「確か1000万と500万だから、『自分でももしかしたら』って思って出る人は多いんじゃないかな」


 猛者ばかり集まる闘技祭だけど、二位と三位くらいなら入れるかもって思う人は多そうだ。

 僕たちは当然優勝狙いだけど。


「あっ、でしたらいっそのこと私たちは別々に出場して、一位と二位の賞金を両方とも手に入れるというのはいかがですか?」


「ヴィオラってそんなに大胆なこと言う子だったっけ?」


 一位と二位を独占するなんてあまりにも無謀なことだ。

 確かに優勝と準優勝ができれば2000万と1000万を合わせて3000万もの大金を手中に収められるけどね。

 そもそもの大前提として……


「さっきも言った通り今回は過去最大規模の闘技祭になるんだよ。それだけ大勢の猛者たちが集まって死力を尽くして優勝を狙いにくるんだから、別々に一人ずつ出場して簡単に勝てるとは思えないよ」


「まあそれもそうですね」


「それにどんな対戦形式になるかもまだ未定だし、最悪別で出場した僕たちが潰し合う可能性だってあるんだ」


 ならいっそのこと一緒に出て、着実に一位を狙いに行く方がいいに決まっている。

 冷静な返しをすると、半ば冗談で言ったつもりだったらしいヴィオラが苦笑を浮かべた。


「仲間同士で争うことになるのは確かに嫌ですね。いくら模擬戦だからといっても、お互いに怪我をさせてしまったら気まずいですし」


「いや、たぶんそうなったら僕が一方的にヴィオラにボコボコにされるだけだと思うよ」


「えっ? いやいや、私のこと買いかぶりすぎですよ」


 ぶんぶんと手と首を一緒に横に振るヴィオラ。

 謙遜しているというより、本心からの反応に見える。

 もしも僕と戦うことになった場合、一方的な展開になるとは露ほども思っていなさそうだった。

 そんな彼女に、やや自嘲的になりながら僕は諭す。


「実際、僕とヴィオラが一対一で戦った場合、僕の勝ち目はかなり薄いと思うよ。薄いというかほとんど“ない”って言い切れるかもしれない」


「どうしてですか?」


「ヴィオラは【賢者の魔眼】で色々な魔法を習得してる。それが莫大な魔力値によってどれをとっても必殺級の魔法になってるんだ。僕にはそれを掻い潜る手段がまったくない。言っちゃえば僕なんて、ただちょっと素早いだけの怪力小僧だし」


 ついこの前【装備】メニューが覚醒して、【クイックツール】機能という新しい手札が増えたけど、それもまだまだ発展途上の力。

 仮に十二分に使いこなせるようになったとしても、ヴィオラの多彩な魔法と比べたら見劣りする能力である。

 今後の伸び代から見ても、僕がヴィオラに勝てている部分というのがまるでないんだ。


「仲間の贔屓目なしに見ても、ヴィオラの潜在能力はずば抜けてると思ってる。おそらく模擬戦になったらまったく勝負にならずにヴィオラが勝つよ」


「うーん、私はそうは思えないんですけどねぇ」


 自分に自信がないのかヴィオラは複雑そうな顔で首を傾げている。

 それとも仲間である僕と戦うという展開が荒唐無稽すぎて上手く想像できないのだろうか。

 それは僕も同じなので、あくまでぼんやりとした想定で話をしているけど。


『ヴィオラ様との戦闘を余儀なくされた場合、アルモニカ様が取るべき最善手がございます』


「えっ、最善手? って、なにヘルプさん?」


 僕たちの会話を聞いていたらしいヘルプさんが、唐突に脳内で話しかけてくる。

 ヘルプさんの知恵まで借りてヴィオラに勝ちたいわけではなかったけれど、彼女と戦う際の最善手がなんなのか純粋に気になって耳を傾けてみた。


『【パーティー】メニューを操作して、ヴィオラ様の魔力値をゼロにする手を推奨します』


「ヘルプさん、さすがにそれは大人げなさすぎると思うよ」


 いったいどんな秘策かと思えばとんでもなく“ずるい”手段だった。

 それでヴィオラを一方的に圧倒したとしても、とても勝った気にはなれない。

 ヘルプさんの声が聞こえていないヴィオラは、いったい何を話しているのかわからずぽかんとした顔でこちらを見ている。

 僕は仕切り直すように咳払いを一つ挟むと、改めてヴィオラに告げた。


「何はともあれ、ヴィオラと戦う展開にはなりたくないから、やっぱり一緒に出場しよう。せっかく最大“三人”での参加が推奨されてるんだし」


「はい、そうですね」


 別々に出場して一位と二位を狙うという方法はとらないことに決まった。

 と、闘技祭の参加人数について言及したからか、ヴィオラがこんな疑問を口にする。


「というか三人での参加を“推奨”ということは、あと一人仲間に加えることができるんですよね」


「そうだね。闘技祭の戦いは険しいものになりそうだから、できればもう一人頼もしい仲間がいてほしいところだけど……」


 生憎その当ては僕たちにはない。

 ということを今一度思い知り、ヴィオラが目のハイライトを消してぼやく。


「……私たち、友達少ないですね」


「言わないでよ。余計悲しくなる」


 二人して交友関係の狭さに気持ちを暗くしてしまう。

 冒険者友達の一人か二人でもいれば、助っ人を頼んで一緒に闘技祭に出られたかもしれないのに。

 こんなことならもっとたくさんの冒険者と話して仲を深めておけばよかった。

 せいぜい顔見知り程度の人しかいないので、一緒に闘技祭に参加してほしいとは頼みづらい。


「あっ、ライアちゃんはどうですか? 神の愛し子で莫大な恩恵を宿していますし、戦力としては申し分ないと思いますけど」


「さすがにまだ経験不足で、戦いへの怖さを払い切れてないんじゃないかな。魔人集団のアンサンブルとの戦いだって昨日の今日みたいなものだし」


 神の愛し子ライア。

 無意識のうちに力の気配が体外へ放出されてしまうほど、莫大な恩恵を神から与えられた逸材。

 そのせいでより強い人間を餌食にしようとする魔族から狙われてしまう存在で、僕たちがついこの間護衛したばかりの少女だ。

 確かに彼女はアンサンブルとの戦いで、一度は勇気を振り絞って魔人に立ち向かった経験があるけれど、まだ根底の臆病さは抜け切っていないと思う。

 そんな彼女に猛者たちが入り混じる闘技祭に参加してもらうのは、いくらなんでも酷ではないだろうか。


「そうですね、神の愛し子ということを念頭に置いても、ライアちゃんはそもそもまだ十四歳の女の子ですし」


「戦いを熟知した戦士たちが集う危ないお祭りには参加させられないよね。せっかくこれから少しずつ勇気を出せるように頑張るって言ってたし」


 そこに水を差すわけにはいかない。

 というわけでライアを闘技祭に誘う案は取り下げとなった。

 そのとき脳裏に一瞬だけホルンがよぎるが、すぐにかぶりを振って彼女の幻影を頭から払いのける。

 さすがにホルンを仲間に勧誘するのは無神経すぎる。

 ていうか絶対に気まずくなるだろうし、そもそもホルンが首を縦に振る姿がまったく想像できない。

 ヴィオラも委縮しちゃうだろうしライア以上にあり得ない人選だ。


「まあ、もし一緒に戦ってくれそうな人を会場で見つけたら勧誘してみるぐらいでいいんじゃないかな」


「ですね。そもそも三人になれば賞金の分け前も減ってしまいますから、二人で勝てるならそれに越したことはありませんからね」


 三人目の勧誘についての話はそんな感じで落ち着き、それから僕たちはしばし静かに馬車の中からドーム大陸の景色を眺めたのだった。


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