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第七十六話 「海渡り」

 闘技祭開催まであと一か月半。

 すっかり各地にも闘技祭の情報が出回り、参加を表明する冒険者たちが大勢見られる中……

 僕たちもいよいよ参加登録をするために、開催地である大都市マキナに向かうことにした。

 トランスの町の入口にヴィオラと集合し、改めて彼女に問いかける。


「じゃあさっそく行こっか。忘れ物とかない?」


「はい、たぶん大丈夫です」


「まあもしあっても最悪【ファストトラベル】ですぐに戻ってこられるから別にいっか」


「そ、そうですね……。地味にものすごいこと言ってますけど」


 【マップ】メニューは地図の自動作成をしたり、町や危険区域の詳細を記してくれる万能な地図機能だ。

 同じように【ワールドマップ】では世界地図を表示してくれて、選択可能な場所には【ファストトラベル】機能を使って一瞬にして転移することができる。

 それがたとえ“隣の大陸”だとしても。


「大都市マキナはお隣の大陸にあるんですよね?」


「そうそう、ドーム大陸にね。こっちのホール大陸と大きさはそんなに変わらないって話だったかな」


「そこら辺を散歩しに行くくらいの感覚で海を飛び越えられる【ファストトラベル】って、やっぱりなんだかずるいですね。感覚が麻痺しちゃいますよ」


「僕もいまだに違和感があるよ。何日、何週間もかけなきゃいけない道のりを、一瞬ですっ飛ばせちゃうんだから」


 大都市マキナも【ワールドマップ】上で選択が可能になっていたので、指先一つで一瞬にして転移することができる。

 本来の行き方でマキナを目指す場合は海を渡らなければならず、時間にすると船でおよそ一週間ほどかかる見込みになるそうだ。

 それを無視して瞬き一つの間に辿り着けるのだから、メニュー画面の機能においてやはり最高峰の機能と言っても差し支えない。

 あっ、ヘルプさんもすごい機能だと思っているけどね。

 と、誰に向かってしているのかわからない言い訳を心中でこぼしていると、不意にヴィオラが首を傾げた。


「それで結局【ファストトラベル】で向かうんですか? 確か【マップ】メニューの地図を詳細にしておきたいから、ご自分の足で各地を歩いてみたいとも仰っていましたよね」


「う~ん、そこまで急ぎでもないから船で行ってもいいんだよなぁ。ポップス王国の西部にサグラップっていう港町があって、そこから出てるらしいから」


 先述した通り、【マップ】メニューは地図の自動作成をしてくれる。

 より厳密に言えば、自分の足で赴いた地点の周辺を詳細に地図化してくれる機能だ。

 ただし一度も訪れたことがない場所は、大まかな地形や地名くらいしか把握ができない。

 だからいざという時のために【マップ】メニューの地図は詳細にしておきたいと思っているのだ。

 あと純粋に行ったことない場所は灰色の霧が掛かった感じで表示されて、それがすごく落ち着かない。

 道中で珍しい魔物に出会ったり素材を回収できたりするかもしれないし、【ファストトラベル】を使わない利点というのもまた存在するのである。

 そのことをすでに知っているヴィオラは、黒い三角帽子を揺らしながらこくこくと頷いた。


「私は船でも構いませんよ。船旅もそれはそれで味がありますから」


「そう? じゃあ【ファストトラベル】じゃなくて、港町のサグラップから船で向かおうか」


 というわけで僕たちは、まずは港町であるサグラップに向かうことにした。

 サグラップの近辺には前に一度冒険者依頼で行っているので、【マップ】メニューの地図もそれなりに詳細になっている。

 だからそこまでは【ファストトラベル】で向かうことにして、開いていた【ワールドマップ】からサグラップの名前を選択した。


【サグラップの町に移動しますか?】

【Yes】【No】


 すかさず【Yes】の文字を叩くと、視界がぐにゃっと歪んで一瞬だけ暗転する。

 直後、潮の香りが鼻腔をくすぐり、真っ青な海とそれに面した港町が目に飛び込んできた。


「おぉ! 海ですね! こうしてちゃんと見たのは久しぶりな気がします」


「だね~。依頼で海の近くを通っても遠目に眺めるくらいだったし」


 改めて近くで見ることができて、その綺麗さに目を奪われる。

 これからこの海を越えて隣の大陸へ行くわけか。

 海にも【マップ】メニューに表示されていない小さな島とかあるだろうし、霧がかった部分を明瞭にするのが楽しみだ。

 今一度そう思いながら、感慨深い気持ちで海を眺めていると、町の入口付近にいた人たちから怪訝な視線をもらっていることに気がついた。


「きゅ、急に現れなかったか?」


「ひょっとして転移魔法……?」


 【ファストトラベル】で転移してきたためか、妙な注目を集めてしまっている。

 僕たちはその目から逃げるように港町へと入っていき、潮の香りに包まれた町並みを歩きながら行き先を話し合った。


「このまま埠頭に行って、乗船の手続きをしようか」


「どの時間の船に乗るかはもう決めているんですか?」


「一時間後に出る商業船に乗客の空きがまだあるみたいだから、それに乗る予定だよ」


 昨日の晩にヘルプさんにそれをおすすめされた。

 ヴィオラもそれに異存はないようで、二人で埠頭まで手続きをしに行く。

 そこで手早く乗船の予約を済ませると、時間になるまでのんびりと港町を散策することにした。

 僕たちが今まで暮らしていた町と違って、港町ならではの露店が多く、朝ご飯として海の幸を堪能する。

 程なくして出港の時刻となり、僕たちを乗せた商業船はドーム大陸を目指して|錨≪いかり≫を上げた。


「私、船に乗るの初めてなんですけど、意外と揺れないものなんですね」


「僕は前のパーティーにいた時にちょこちょこ乗ってたけど、この船と今日の波は結構静かな方かも」


 『勝利の旋律』にいた時の記憶が蘇ってきて、人知れず顔をしかめてしまう。

 そんな嫌な気持ちも晴れ渡る空と地平線まで広がる海原が、爽快な気分に変えてくれた。


「そういえば船の上に【トラベルポート】を置けたりしないんですか?」


「【トラベルポート】? 置いたらその場所に自由に【ファストトラベル】できるようになるあれ?」


「あれを船の上に置いたら、適宜町に戻って湯浴みや食事などできるんじゃないんですか? 一週間近くの船旅も、そこまでの疲れを感じずに済むかと……」


「確かにそれができたら快適な船旅ができそうだね。でも、ちゃんと“地面”として認識できる場所じゃないと設置できないらしいんだよね」


「あっ、そうなんですか。あんまりずるはできないんですね」


 そんな他愛のない話をしながら、僕たちは船に揺られて海を進んでいったのだった。


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