第七十四話 「実戦に勝る修業はなし」
「で、どうかなヴィオラ? 一緒に闘技祭に出てくれない?」
翌日。
冒険者依頼を受ける予定でヴィオラと待ち合わせをしていた僕は、依頼を受ける前にカフェに入って闘技祭の話を持ち出した。
大都市マキナで大規模な闘技大会が開かれること。莫大な賞金が出ること。そして仲間と一緒に出場してもいいことを。
すると熱々のホットティーをちびちびと飲んでいたヴィオラが、黒い三つ編みをふわっと揺らしながら大きな頷きを見せてくれた。
「はい、もちろんいいですよ。一緒に出ましょう、闘技祭」
「ホ、ホント!? めちゃくちゃ助かるよ!」
よかったぁ! 頼もしい戦力が加わってくれた。
断られてしまったら最悪一人で出場するしかなかったので一安心である。
メニュー画面の機能である【セーブ】と【ロード】を使えば試合はやり直せるけど、相手との実力差がありすぎた場合は何度やり直しても結果は変えられないだろうから。
強力な味方は多い方が断然いい。
「私も純粋にその闘技祭というものが気になりますし、何より色々と戦闘経験が積めそうですからね。力をつけたいと思っている今の私たちにぴったりの催し物ではないですか」
「その点もヘルプさんが闘技祭の参加を推奨してくれた理由の一つだよ」
莫大な賞金が出ることもそうだけど、強くなりたいと思っている僕たちにとって都合のいい修業場所だ。
「強くなるためには強い人たちと戦うのが一番。実戦に勝る修業はないからね。僕なんて特に恩恵頼りの力任せな戦い方しかしてないから」
「私としては色々な人たちの多彩な魔法が見られそうなので、とても貴重な機会になりそうで今からわくわくです」
ヴィオラは眼鏡をかけるように、両手の指で輪っかを作って覗き込みながら微笑む。
基本的に魔法使いは一、二系統の魔法しか扱うことができないけど、ヴィオラだけは例外。
彼女の持つ【賢者の魔眼】のスキルは、視認した魔法を記憶して模倣できるようにするというものだから。
確かに実力自慢の猛者たちが集まる闘技大会なら、珍しい魔法を使う魔法使いたちも大勢やってくるはずだ。
それを一度に見られるとなると、当日は戦闘に実用的な魔法をたくさん覚えられる可能性が高い。
ヴィオラの実力が闘技祭でさらに伸びていきそうだ。
「まあ賞金に関しては山分けってことになるけど、それでも大丈夫?」
「優勝賞金は2000万ノイズですよね。山分けってことになっても1000万ノイズですか。とんでもない金額ですね。私はそれでも構いませんけど……」
途中で言葉を切ったヴィオラは、何やら眉を寄せて考え込み始める。
するとすぐにそれがまとまったのか、ヴィオラはかぶりを振りながら返してきた。
「いいえ、もし闘技祭で優勝できた際には、その2000万ノイズはすべてモニカさんがもらっちゃってください」
「えっ、なんで? ヴィオラもお金が必要なんじゃ……」
「私も故郷の孤児院と恩師のオカリナおばさんのためにお金は欲しいところですけど、そこまで急ぎではありませんから」
ヴィオラは不意に黒ローブの懐に手を入れると、そこから少しの紙の束を取り出す。
それを柔和な笑みを浮かべて見つめながら彼女は続けた。
「手紙のやり取りで孤児院の近況を聞いています。最近は私の仕送りを上手くやりくりして運営が安定してきているみたいですし、大きな孤児院を建てるという夢はじっくりと貯蓄を進めていけばいいので問題はありません」
どうやら取り出した紙の束は故郷の孤児院から届いた手紙のようだ。
ヴィオラは故郷の孤児院のためにお金を必要としている。
捨て子だった時に拾って育ててくれたオカリナおばさんが、無理に働きに出ながら孤児院は運営されているらしい。
その状況はこれまでの依頼の報酬を仕送りに回してきたおかげで、随分と好転しているようだ。
であれば急ぎでお金が必要ということはないだろうけど、いくらなんでも2000万まるまるもらってしまうのは忍びないような……
「それよりも急ぎでお金が必要なのはモニカさんの方じゃないですか。妹さんの治療が遅れてしまったらお体に負担もかかりますし、早く呪いを治してあげた方がいいです! 絶対に! どう考えても!」
「そ、それはそうだけど」
「逆に私は今1000万ノイズもらったところで、すぐにどうこうできるわけではありませんし持て余してしまいます。どうか優勝賞金は妹さんの解呪費用に充ててください」
両手でホットティーの入ったカップを丁寧に持ちながら、ヴィオラは湯気を隔てた向こう側で静かに笑った。
なんとも屈託のない笑顔。
そんなものを見せられてしまったら、これ以上ヴィオラの気持ちを無下にすることはできなかった。
「……わかった。それじゃあお言葉に甘えさせてもらうよ。優勝した時の賞金は全部、妹のコルネットのために使わせてもらう」
「はい、ぜひそうしてください!」
ヴィオラがさらに笑みを深めて、力強い頷きを返してくれた。
彼女の優しさに救われて我知らず頬を緩めた僕は、甘えてばかりにならないように続ける。
「もちろん全部の事が済んだらお金は色をつけて返すよ。それこそいつになるかはわからないけど、なるべく早く返せるようにするから」
「いいですよそれくらい。そもそも私なんてモニカさんのおかげで戦えているようなものですから、闘技祭に出て一緒に戦うのは当たり前というか……モニカさん視点で言えば、私を闘技祭に駆り出すのはモニカさんの当然の権利みたいなものなんですよ」
「当然の権利って……」
確かに【パーティー】メニューでヴィオラの【魔力】の恩恵値をいじってはいるけど。
それはそもそもヴィオラの【賢者の魔眼】という才能があったからこそ、【パーティー】メニューの機能を生かせているわけだ。
僕だけの功績ではない。
だというのにそれを理由にヴィオラを好き勝手に連れ回すのはいくらなんでも憚られる。
という返しをする間もなく、ヴィオラは差し当たっての懸念を話し始めた。
「それにまだ優勝できると決まったわけではありませんよ。闘技祭には各所から猛者たちが集まるんですよね」
「ヘルプさんの話によれば、闘技祭は過去最大の盛り上がりを見せるだろうから、名の知れた騎士やSランク冒険者なんかも参加する可能性が高いってさ」
「でしたらこうして優勝した時の話をしている私たちは、いささか早計ではないでしょうか?」
「それもそうだね。もう勝った気でいるのは文字通り気が早いか」
もっと他に気にすることがあるよな。
今回の闘技祭ではどんな対戦形式で戦わされるのかとか。
事前に準備しておけることやものはあるかとか。
優勝できる可能性を少しでも高めるために、今からでもできることはあるはずなので、改めてヘルプさんに尋ねてみよう。
「ヘルプさん、今までの闘技祭ではどんな対戦形式が採用されていたの?」
『これまで行われた対戦形式は全十五種。そのうち五種が予選にて採用され、他十種が本戦に用いられています』
「やっぱり結構多いね」
ていうか予選と本戦があるんだ。
という心中の疑問に、ヘルプさんが答えてくれる。
『参加人数の増加に伴って予選、一次本戦、最終本戦の三段階に分けられるようになりました。加えて開催日程の縮小のため勝ち抜き戦から複数パーティーで同時に戦う“乱戦形式”が直近の主流になっています』
「なるほどね」
直近って言っても五十年前のことだけど。
だから久しぶりの今回では大幅に対戦形式を変更する可能性もある。
元々かなりの数の形式があるみたいだし、今回の闘技祭でどの形式が採用されるか絞るのは難しいか。
「ヘルプさんなら今回の闘技祭で採用される形式が予測できたりする?」
『これまでの採用状況に規則性は皆無で、新たな形式が取り入れられる可能性もございます。現状予測は不可能です』
だよねぇ。
あらかじめどんな形式が採用されるかわかっていれば、事前にそれを想定しての練習とかできたんだけど。
全十五種もあって新しい形式が追加される可能性もあるなら、純粋に地力を鍛え上げていくのが無難ではあるか。
『しかし二ヶ月後の開催予定日が近づけば、形式も決まっていきますので、その際に改めてお伝えします』
「よろしくねヘルプさん」
今の僕たちにできることはやはり基礎的な修業しかないようだ。
ヘルプさんからの続報を待つことにしようと心に決めていると、不意にヴィオラの怪訝な視線に気が付く。
「あのぉ、ヘルプさんはなんと?」
「あっ、ごめん。今回の闘技祭ではどんな形式が採用されるかはわかんないって。あと予選と本戦で分かれてて……」
ヘルプさんの声は僕にしか聞こえていないため、ヴィオラにも情報の共有をしておく。
彼女からも無難に地力を上げていくのがいいかもと言ってもらったので、とりあえずは闘技祭までいつも通り冒険者依頼を受けることにした。
新しく覚醒させた【装備】メニューにも慣れていかないといけないからね。
ヴィオラにも【装備】メニューのことを自慢したいと思っていたので、今日も元気に魔物討伐へ出発することにしよう。
話し合いを終わらせた僕たちは空になったカップを尻目にカフェを後にして、まっすぐギルドへと向かったのだった。