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第七十三話 「闘技祭」


 エアグライダー、もといクイックツールの検証を終わらせた後。

 僕は空から落ちたこともあり、へとへとになりながらトランスの町へと帰ってきた。

 現在はポップス王国を拠点に冒険者活動をしているので、いつも王国内のどこかの町で宿をとっている。

 今夜は遺跡で助けた人たちがトランスの町を拠点にしていると聞いていたので、運よく会えるかもしれないと思い僕もトランスへ帰ってきた。

 ただあいにく彼らとは出会えず、仕方なく僕は宿をとって体を休めることにする。


「ふぅ~、疲れた~!」


 一人用サイズのベッドと小さな机と椅子、ささやかながらのクローゼットだけがある宿部屋。

 そこに入った瞬間、目についた木造りのベッドに勢いよく飛び込む。

 ずっと探し続けていた黒妖精デスピクシーをようやく倒せて、メニュー画面に新しい機能を覚醒させることができた。

 達成感はひとしおだが、それ以上に今はドッとした疲れが押し寄せてきている。

 主にエアグライダーではしゃぎすぎたせいでもあるけど。

 明日もまたヴィオラと冒険者依頼を受ける予定なので、今日のところはさっさと寝てしまおう。

 ちなみにメニュー画面のシステムレベルを上げるのに、次も必要になるのはまた魔物の素材だった。


【システムレベルを上げますか? 必要素材:一角獣ユニコーンの角片】

【Yes】【No】


 ヘルプさんに軽く聞いた限りだけど、この一角獣ユニコーンとやらは黒妖精デスピクシー以上に目撃情報が少ない希少な魔物らしい。

 当然素材が市場に出回っているということもなく、直近での冒険者の遭遇履歴もないとのこと。

 それらしい目撃情報はいくつかあるようだが、そのほとんどが見間違いや偽の情報のため頼りにはできないとか。

 生息地も定められていないため捜索は困難を極めるという。

 これまた骨の折れそうな課題が出てきてしまったものだ。

 差し当たっては信憑性の高い情報が出てくるまで待つのが無難ということになり、システムレベルの向上については情報待ちという方針になった。

 まあ、新しく覚醒させた装備メニューもまだ使いこなせていないからね。これに慣れることから始めなくてはならない。


「じゃあ、おやすみヘルプさん」


 長く感じた夜を終え、充足感に満たされながら僕は目を閉じた。

 刹那――


『ご就寝の前に一つ、お伝えしておきたいことがございます』


「んっ? なんか珍しい言い方だね」


 伝えておきたいことがある。なんだかヘルプさんらしからぬ発言。

 ヘルプさんは聞かれたことに対して的確な返答をくれるメニュー画面の機能。

 だから必要以上のことは何も話してはくれない。

 当然向こうから何かしらの話を振ってくることなんてほとんどないのだ。

 ただ、聞いたらだいたいのことはなんでも答えてくれる。

 何か面白い話をして、と前に雑談のつもりで一度だけ問いかけてみたら、トンチの効いた話で意外なユーモラスを見せてくれたこともあるから。

 そんなヘルプさんが向こうから話しかけてきてくれて、若干嬉しく思っていると、続くヘルプさんの言葉で話を振ってきた理由を察した。


『たった今、マキナという大都市にて“闘技祭”が開催されることが決まりました』


「闘技祭? ってなに? ていうかなんで急にそんな話を……」


 僕はハッとなって、体を起こしながら聞き返す。


「もしかして今、どこかしらでその『闘技祭』の話し合いが行われていて、正式に開催が決まったからそれを伝えたかったってこと?」


『はい。くだんの闘技祭がアルモニカ様にとって“有益”なものになると判断し、お伝えさせていただきました』


「なるほどね」


 珍しく唐突に話しかけてきた理由はそれだったのか。

 たった今、世界のどこかで闘技祭なるものの話し合いが行われている。

 その開催が正式に決まり、僕にとって有益な情報と判断したからいきなり話題を振ってきたというわけだ。

 具体的にどう有益になるのかはわからないし、闘技祭という名称にも聞き覚えがないけれど。


「語感的に何かの催し物っぽいけど、お祭りが今の僕にどんな利益をもたらしてくれるの?」


『そもそも闘技祭とは、冒険者や騎士、傭兵や腕利きの一般人といった、役職を問わず実力自慢の猛者たちが集う、大都市マキナで行われている“闘技大会”となっております』


「闘技大会……。“大会”か」


 この時点でヘルプさんの言わんとしていることをなんとなく察した。


『その闘技大会で王冠を勝ち取った者には、“莫大な富”と名誉が約束されております』


「まあそんなところだろうと思ったけど、莫大な富って具体的にいくらぐらい?」


『優勝賞金は2000万ノイズとなっております』


「に、2000万!?」


 ヘルプさんが闘技祭の話をしてきた理由がそこに詰まっていた。

 僕が冒険者活動をしている理由はお金を稼ぐため。

 厳密には魔人に呪われた妹を治すための費用5000万ノイズを貯めるためだ。

 現在の貯蓄はAランク依頼と武器販売を両立して1500万近くになっている。

 それでも目標金額まではまだ遠く、ヘルプさんの計算ではあと一年弱はかかるとのことだ。

 ライアの時みたいに高額報酬の特別依頼や、鍛冶メニューで価値のある武器を作れる魔物素材を大量に仕入れることができれば、期間の短縮はできるだろうが。

 どちらも運頼みで望みは薄いため、地道に依頼と鍛冶の二足の草鞋で頑張っている。

 そんなところに降って湧いてきた闘技大会の話。


「もし優勝して2000万ノイズを手にすることができたら、目標金額に大きく近づける。ヘルプさんが有益な情報って判断したのはそれが理由だったんだね」


『闘技大会でしたら優勝できる可能性も高いと判断し、ご提案させていただきました』


 いいことを聞かせてもらった。

 それはぜひとも賞金狙いで出場したい。

 おまけに実力自慢の猛者たちが集うということなので、“修業場所”としても打ってつけなのではないだろうか。

 お金が欲しくて強くもなりたい僕に最適な提案をしてくれたヘルプさんに改めて感謝である。

 ただ一つだけ疑問が残った。


「でもなんでそこまでの大金が出る闘技大会のことを、僕は今まで知らなかったんだろう? 世間知らずの田舎者ではあるけど、さすがに2000万の賞金が出る大会なら知名度は高いはずだよね?」


 だというのに一切聞き覚えがないのは不思議である。

 開催地である大都市マキナはぼんやりとは聞いたことあるけど、そこで大規模な闘技大会が行われていたことなんて今までまったく知らなかった。

 それとヘルプさんが闘技大会についてこれまで一度も触れていなかったのもおかしな話である。

 前々から存在していたのなら、その大会についてどこかのタイミングで触れていないと不自然だ。

 たくさんのお金が必要だと話した時に、大都市マキナに莫大な賞金が出る闘技大会があると普通なら教えてくれるはず。

 その疑問の答えをヘルプさんは相変わらず淡々とした口調で返してくれた。


『大都市マキナの闘技祭は、これまで十年に一度の頻度で開催されていました。しかし五十年前に催されたものを最後に、その姿を完全に消してしまいました』


「五十年前に? 何か理由があるの?」


『大都市マキナを保有するブルース王国の国王が変わったことによる影響です』


 あぁ、王様が変わったからか。

 国、ひいてはその中心となる大都市での催し物は、王様の意向で変化することが多い。

 形式が変わったり催し物それ自体が無くなってしまったり。

 それで五十年前に即位した王様は闘技祭に反対だったのだろうか、開催を取り止めるように計らったようだ。


『そして前年、王位継承が行われ、新たな王が誕生したことにより闘技祭の復活が叶いました』


「五十年ぶりの開催なら、僕が聞いたことないのも当然か」


 新しい王が即位したことによる方針の変更なら、ヘルプさんの予測の範疇も超えているし。

 事前に開催を予想できなかったのも無理はない。

 ともあれ莫大な賞金が出る闘技大会が開催されることは確定したのだ。

 夢の5000万が目前に迫ってきた!

 くだんの闘技大会で優勝できればの話ではあるが。


「闘技大会って言うからには、やっぱり模擬戦をして勝者を決めていくって感じなの? ただの腕っぷし勝負だったら優勝できる可能性は高そうだけど……」


『闘技祭では様々な対戦形式があります。純粋な手合い形式のものもございますが、多くの形式のうちの一つでしかありません」


「えっ、そうなの?」


 普通の模擬戦形式になるとは限らないのか。

 攻城戦とか略奪戦とかがあるのかな?


『当初はアルモニカ様の仰ったように模擬戦の形式となっておりました。闘技祭の起源は大都市として栄える以前のマキナ村にて行われていた、魔払いの儀が元となっております』


「魔払いの儀?」


『村の戦士たちが剣や拳を交え、力を競い合い、村に活気をもたらすことで魔人や魔物を寄せ付けないようにする儀式があったのです』


 ありそうな話だ。

 実際に活気づいている村には魔物が寄ってこないし、力を競い合うことで戦士たちも一層強くなれるだろうから。


『その儀式は時代を経て、魔払いの儀式から縁起のよい催し物という位置づけになりました。同時に競技性が盛り込まれるようになっていき、参加人数の増加も相まって元来の模擬戦形式の儀式とは趣が異なっております』


「時代に伴った変化ね……。観戦する側も楽しめるように競技的な対戦になっていったってことか」


 参加人数も増加していったということは、同じく観戦者もその数を増していったことだろう。

 となればその人たちを楽しませるためにも競技的な要素を取り入れていったのは自然な流れに思える。

 純粋に殴る蹴る、斬る叩くといった泥臭い戦いは好みが分かれるし、暴力的になりすぎるのも問題視される可能性があるから。


『最も大きな違いとして、現行の闘技祭は個人での参加ではなく“集団”での参加が推奨されております』


「集団? 仲間と一緒に出ていいってこと?」


『最大三名のパーティーで参加ができます。戦場訓練の延長として集団での模擬戦を取り入れた際に、想像以上の熱狂と盛り上がりを見せたため、その後現行の制度に変わったとのことです』


「まあ個人戦よりも集団戦で味方同士の連携とか技を見れる方が面白いからね」


 闘技祭の運営をする人たちも、莫大な人数の個人を管理するより団体の方が楽だろうし。

 何より味方同士で争うこともなくなる。参加人数が増えたことによる至って自然な形式の変化だ。

 となると、ヴィオラと一緒に出られるってことか。

 それはかなり……いや、めちゃくちゃ大助かりだ。

 純粋な力比べではなく競技的な戦いだと聞いて不安に思ったけど、あのヴィオラと一緒に出られるのなら優勝の可能性はより高いんじゃないかな。

 賞金は山分けしても1000万ノイズは手に入るわけだし。

 まだ一緒に出てくれると決まったわけじゃないけど。


「ちなみに優勝できる確率とかって計算できる?」


『現状では参加登録者と対戦形式が明確ではありませんので回答できません』


 まあ開催が決定されたばっかりだから仕方ないか。

 参加登録もみんなこれからするはずだし、どんな人が参加するかわからないとさすがのヘルプさんも予測はできないよね。


『今回の開催は五十年ぶりということもあり、大きな盛り上がりが予想されます。賞金の額も歴代最高となっており、多方面からの参加者が予想されますので最終的な規模は計り知れません』


「やっぱり賞金って今までで一番多いんだ。なら本当に色んなところから色んな人が来そうだね。そんな中で優勝とかできるかな……」


 ベッドボードに背中を預けながら顔をしかめていると、ヘルプさんが不安を払拭するように言ってくれた。


『現状では確かなことは言えませんが、アルモニカ様の現在の戦闘能力と【セーブ】【ロード】の機能を駆使すれば、優勝確率はかなり高いと思われます』


「【セーブ】と【ロード】ね」


 その手はもちろん僕だって考えた。

 闘技大会に出場して試合で負けてしまっても、【ロード】して時間を戻せば試合をやり直すことができる。

 いい結果になるまでそれを繰り返していけば、優勝の可能性は充分にあるんだろうけど。

 果たして使ってもいいものなのだろうか?

 他の参加者たちは死力を尽くして、たった一度きりの試合に力も気持ちもすべてを捧げる。

 正々堂々と皆が勝負に身を投じる中で、ボタン一つで時間を戻して、何度も試合をやり直すなんて……


「……」


 いや、開き直れ。

 それが僕の力なんだと。

 できることはすべてやり切るんだと。

 たとえやり直しをしても優勝できるとは限らないし、悔いが残らないように最善を尽くすんだ。

 妹のコルネットのために。


「もうすぐだぞコルネット。もうすぐで呪いを解いてやるからな……!」


 莫大な賞金と修業を目的に、僕は闘技祭への参加を決意したのだった。


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