第七十二話 「クイックツール」
「うっひょぉぉぉ!!!」
僕は今、空を飛んでいる。
全身で風を切り、月明かりに照らされた夜空を高速で横切っている。
そのあまりの気持ち良さに年甲斐もなくはしゃいでしまい、やんちゃな声を空に響かせていた。
「エアグライダー、さいこーーー!」
装備メニューと共に解放されたクイックスロット機能。
それに標準搭載されているクイックツールの四つ目は、なんと空を自在に飛べるようになる“魔法の翼”だった。
背中に両腕より僅かに大きいくらいの黒い翼が取りつけられて、飛行を可能にしてくれる。
そうとわかった瞬間、僕は急いで試してみたくなり、閃くような速さで遺跡を飛び出してエアグライダーを起動した。
その結果、今はこうして空にいる。
「便利なのは確かだしものすごい道具で驚いたけど、何より“楽しい”が勝つ!」
まだ完全に使いこなせているわけではないが、もうすっかり空を飛ぶのにハマってしまった。
鳥たちはこんな気持ちでいつも空を飛んでいたのか。
僕も鳥たちのように、もっと自由自在に空を上手に飛んでみたい。
エアグライダーは翼をはためかせて飛んでいるわけではなく、不思議な力によって体を浮遊させている。
さながら空を泳いでいるような感覚だ。
そして移動方法については、グラップリングフックと似たように背中の翼に“意識”を向けて操作する感じとなっている。
ただ、これがとても難しい。
グラップリングフックは伸ばす、縮める、解くといったように一度の意識で操作が完結する。
しかしエアグライダーに関しては、常に飛ぶことに意識を向け続けなければならない。
気を抜けば意識が乱れてあらぬ方向に飛んでいってしまったり、最悪意識が途切れて墜落するなんてこともある。
エアグライダーで空を飛び始めて、すでに三十分弱が経過。
それでようやく形になってきたくらいだ。
『エアグライダーについて補足があります』
「うおっ!」
突然頭の中にヘルプさんの声が響き、飛んでいた体が僅かにぐらつく。
いきなり話しかけられたせいで少し意識が乱れてしまった。
形にはなってきたけど、さすがに声をかけられたりするとそれだけで飛行が不安定になるな。
まだまだ慣らしていかないと。
「で、エアグライダーについての補足だっけ?」
『はい。エアグライダーの加速力はアルモニカ様の敏捷の恩恵値が参照されております。敏捷の恩恵値が高いほど最高速度が上昇する仕様です』
あぁ、どうりでかなり速いわけだ。
今は【ステータス】メニューで筋力、頑強、敏捷の三つの恩恵に数値を偏らせているから。
今よりさらに敏捷に数値を傾ければ、エアグライダーでもっと速度を出せるようになるってことか。
でもヘルプさんにいきなり話しかけられたくらいでぐらついてしまうのだから、さらに速度を上げるのは危険かな。
今くらいがちょうどいい気がする。
ていうかこうして飛びながら話している今も、飛ぶ意識を保つので割と精一杯だ。
『それとクイックスロットの設定画面にて、エアグライダーを長押しするとスキンの変更も可能となっております』
「スキン? ってなんのこと?」
『見た目のことです』
あっ、見た目ね。
今は黒い鳥の翼みたいな見た目になっている。
大きさは広げた両腕よりも若干大きいくらい。
夜間は特別気にならないけど、昼間とかにこのそこそこ大きな黒翼で空を飛んでいたらさすがに目立つかな?
でもまあ人が空を飛んでいること自体とても目立つ行為なので、エアグライダーの見た目を変えたくらいじゃ特に何も変わらないか。
とりあえずはこのままで。
ていうか今さら気付いたけど、こうして空を飛んでいる人間って見たことがない気がする。
この世には多種多様なスキルや魔法が存在しているはずなのに。
そんな中でこんなに大胆に飛んでいたら、目立つどころかかなりの騒ぎになってしまうのではないだろうか。
もしかして空を飛べる力を得た人間って、僕が初めて?
『過去にも同じように魔法で空を飛んでいた人物がいたと記録されております。希少な力ではありますが唯一無二ではございません』
「あっ、そですか」
ぬか喜びだったか。
でも過去にも空を飛べる人がいたとなれば、その人たちがどのように飛行能力を有効的に活用していたかわかるからありがたい。
その辺りのことも含めて、これから色々特訓や学習が必要になるな。
飛ぶことに夢中になっていた僕は、遅まきながら斜め後方で光を放ち続ける浮遊ランプの存在に気が付く。
「そういえばフロートランプもちゃんとついてきてるね。この速度にもついてきてくれるなんてすごいな」
『ファストトラベル時もアルモニカ様とご一緒に転移しますので、フロートランプを見失うことは決してありません』
「クイックツール、どれも便利で本当によかったよ」
今回解放されたのは【装備】メニューだけど、もはやクイックツールが本命と言っても過言ではない。
特にグラップリングフックとエアグライダー。
グラップリングフックで戦略の幅も広がるし、エアグライダーで空を領域とする魔物や魔人にも対抗ができる。
ライアの護衛依頼の時は、両腕が鳥の羽みたいになっている魔人に苦労させられたけど、これからはそういう空の敵もエアグライダーを使って捉えられる。
さすがにまだ飛行の意識を保ちながら戦うのは難しいだろうけど、僕は確かに新しい力を手に入れることができたんだ。
「僕はまだまだ、強くなれる……!」
改めてメニュー画面に大きな可能性を感じた僕は、人知れず拳を握りしめて笑みを浮かべたのだった。
これからもどんどんシステムレベル上げて、できることを増やしていこう。
『……それと、最後にもう一つだけ補足があります』
「……?」
『エアグライダーの駆動時間は、最長で三十分です』
「えっ?」
瞬間、翼の感覚がフッと消える。
急激に体が重くなり、凄まじい勢いで浮遊感が襲いかかってきた。
僕は今、落ちている。
「それは一番先に補足してよーーー!!!」
僕は情けない叫び声を上げながら、開放感のある空から薄暗い森の中へと落ちていったのだった。
これだけのとんでもない機能が、使い放題なわけないですよね。