第七十一話 「装備メニュー」
「装備……メニュー?」
新たに解放された機能に、僕は首を傾げる。
字面を見ただけではどんな機能なのかまったく想像がつかない。
装備、というからには武器とか防具に関連した機能なのだろうか?
【自動セーブにより現在の進行状況が記憶されました】
システムレベルを上げた際にあらわれる恒例の画面が表示される。
そしてメニュー詳細の画面に戻ったので、僕はもう一つ戻って最初の画面を表示させた。
◇メニュー◇
【アイテム】
【ステータス】
【装備】
【パーティー】
【マップ】
【鍛冶】
【ヘルプ】
【セーブ】
【ロード】
ちゃんと追加されている。
この【装備】メニューはいったいいかなる機能なのかと思っていると……
『新機能“装備メニュー”を解析…………解析完了』
ヘルプさんのその声が脳内に響いた。
これまた恒例のヘルプさん万能解析。
自分で機能を調べるまでもなくヘルプさんにわかりやすく解説してもらえるのだ。
「それで、この【装備】メニューってどういう機能なの?」
『装備メニューでは武器や防具の付け替え、取り外しが瞬時に行えます』
「付け替え……?」
な、何それ? 早着替えできる機能ってこと?
試しに【装備】メニューを開いてみると、そこには確かに僕が今装備している物が表示されていた。
武器、上衣、手甲、下衣、革靴。それぞれアイコンとなって並んでいる。
下衣の部分を押してみると、ベルトや靴下など細かく部位分けもされていて、指先一つで取り外しができたりアイテムメニュー内の類似品と入れ替えができるようになっている。
ヘルプさんの言った通り、装備メニューはお着換え機能のようだ。
『加えて装備一覧の下にプリセット機能もございます』
「プ、プリセット?」
見ると確かに装備の一番下である革靴のさらに下に、【プリセット一覧】なる文字が表示されている。
それを押してみると、【プリセット1】【プリセット2】……と10の数字までずらっと展開された。
『これらのプリセットには現在の装備を一括で記憶しておくことが可能です。プリセットを選択するだけで記憶した装備を一括装備できます』
「おぉ、結構便利な機能だね」
今の装備をプリセットなるものに記憶しておけば、いちいちアイテムメニューから衣服を選んで取り出す手間がなく瞬時な着替えが実現できるのか。
寝間着から一瞬にして冒険着に変更したり、洞窟内で肌寒い階層に入ったら即時厚着の装備に着替えたり……
でもなんだろう……?
この絶妙に嬉しくない感覚は。
確かに便利な機能と言えば便利な機能なんだけど、正直痒いところに手が届くようになったってだけな感じがする。
あの黒妖精を探し出して、ようやくのことで素材を手に入れて解放できた機能がこれだけ?
「う,嘘でしょ~……!」
暗い遺跡の中、僕は一人で落胆して石畳の上に膝をつきかける。
しかしその時……
『最後にもう一つ、【クイックスロット】機能も解放され、使用が可能となりました』
「えっ、何それ? そんなのあった?」
すでに終わったと思っていたヘルプさんの解説がまだ続き、僕はハッとしてメニュー画面に視線を戻す。
プリセット一覧から装備メニューの方に戻ってみたけど、ヘルプさんが言う【クイックスロット】なるものはどこにも表示されていなかった。
「今つけている装備とプリセット一覧の項目しかないけど……」
『最上部にある装備の文字を長押ししてください』
装備……?
僕は言われた通り、一番上に表示されている【◇装備◇】の文字を長押ししてみる。
すると確かに画面が切り替わり、【◇クイックスロット◇】なる画面が表示された。
ただ他の機能の画面よりもかなりコンパクトで、横長の長方形の画面に八つの丸いスロットが表示されているだけである。
スロットは二列の構成になっていて、上四つは見慣れないアイコンがすでに設定されており、下四つは穴が空いているみたいに空欄だ。
何これ……?
『こちらのクイックスロット画面は、メニュー画面を操作して展開する必要がなく、二本の指を下から上に弾く動作でいつでも表示が可能です』
「へぇ、これいつでも出せる画面なんだ」
試しにメニュー画面を操作している右手ではなく、左手で二本指を立てて下から上に弾いてみる。
するとヘルプさんの言った通り、シュッとクイックスロット画面が出てきた。
メニュー画面を開く時は一つの指を下から上に弾くけど、それを二本の指でやればこうしていつでもクイックスロットを開けるようだ。
どうやら閉じる時も二本指で操作するらしく、メニュー画面と同じく指を上から下に弾くことで閉じられた。
すぐに出してすぐに仕舞えるのはありがたい。
で、出し入れの快適さはわかったけど、結局これってどんな機能なの?
『ただいま出していただいたクイックスロットには、八つの道具を設定することができ、それらを即座に取り出し使用することができます』
「あぁ、なるほど。ここによく使う道具を設定しておけば、アイテムメニューをわちゃわちゃ操作せずにすぐに取り出して使える機能ってことか」
基本的にほとんどの道具はアイテムメニューの中に収めている。
その中から必要なものを取り出す時は、いつもたくさんある道具の中から目的の品を探し出すしかなかった。
町にいる時や周りに魔物がいない時は気にならないけど、戦闘中など余裕がない状況で何か道具を取り出したい時は煩わしいのだ。
それを省略して二回の動作で取り出せるのはかなりいいな。仕舞うのもすぐだし。
んっ? でも待てよ……
「もうなんか四つ道具が設定されてるんだけど、これは何?」
『そちらはクイックスロットに“標準搭載”されている【クイックツール】機能となります。そちらもアルモニカ様の道具としてクイックスロットからいつでもお使いいただけます』
へぇ、標準搭載されている機能か。
これも僕の道具として使っていいんだ。
なんだかクイックスロット機能についてきたおまけみたいな感じだな。
アイコンを見る限りどんな道具かはわからないけど、便利なものだったらすごくありがたい。
まあもし使えない道具だったとしても、外して他の道具をスロットに設定しちゃえばいいか。
クイックスロットについてきたおまけ程度の認識で、何気なくヘルプさんに問いかける。
「このクイックツールってどういう道具たちなの?」
『左から順に説明します。一つ目は【フロートランプ】と言い、アルモニカ様を追従しながら辺りを照らす“浮遊ランプ”となっております』
「えっ、すごく便利だ……」
予想外にも超便利な機能を紹介されたため、思わず僕はぽかんと間抜けな顔をする。
今まさに真っ暗闇の遺跡内で、ランプを片手に携帯している。
これがなかなかに煩わしく、夜間で戦闘する際も片手が封じられてそれが解消されるのはものすごくありがたい。
もしかしてクイックツールって結構便利なものが揃っているのかな。
少しの高揚感を抱きながら、続くヘルプさんの声に耳を傾ける。
『二つ目は【トラベルポート】と言い、使用すれば現在位置に設置することができ、ファストトラベルの地点として選択が可能になります』
「あぁ、ファストトラベルって地名とか町を選択して、入口付近に転移する機能だからね。そのファストトラベルの地点を細かく自由に設定できるってことか」
ファストトラベルは地図上で選択した場所の、“入口”にあたる付近に転移する機能となっている。
そのため細かい場所を指定して転移できるわけではない。
例えば宿に帰りたいとなった時、直接宿部屋に転移するわけではなく町の入口に転移しなければならなかったり……
トラベルポートはその地点を自由に設定できる道具ってことか。
『ただし設置できるトラベルポートの最大数は五です。回収する際はワールドマップ上で選択して回収の操作を行ってください』
「さすがに無限に置けるわけじゃないのか」
だとしてもこれまたとんでもない便利道具だ。
洞窟内や遺跡内を探索している時は、階層ごとにトラベルポートをおけば細かく転移できるし。
ますますクイックツールに対する期待感が高まっていく。
『三つ目は【グラップリングフック】と言い、伸縮自在の吸着する“縄”を目標に目掛けて射出できます』
「な、縄?」
何その道具?
こればかりは一言で説明されても理解し切れなかった。
縄が使えるようになってお得なことがあるのかな?
いっそのこと試してみようと思って、僕は左から三番目のスロットを押してみる。
すると押した右手の人差し指を伝って、右手全体が青白くほのかに光った。
『それが射出可能の状態となります。目標を決めて縄を伸ばす意識をしてください』
「あぁ、そういう感じで使うのね」
念じて使うタイプの道具なんだ。
何に縄とやらを飛ばせばいいかわからず、手頃な場所もなかったので、とりあえず広間の天井に右手を掲げてみる。
そして心の中で『出ろ!』と強く念じてみた。
瞬間――
「おぉ!」
右手の先から青白い光の縄が高速で伸びて、ピタッと天井に張りついた。
すごい吸着力。引っ張ってもまったくとれる気配がない。
ていうか魔法すらろくに使ったことがない僕からしてみたら、手から光の縄が伸びただけでだいぶ感動なんだけど。
「で、でも、これがなんなの? 天井に光の縄くっつけただけだけど?」
『その状態で縄を縮める意識をしてください』
縮める?
瞬間、ものすごい力で右手が上に引っ張られて、体が宙に浮いてしまった。
見ると光の縄がかなりの勢いで縮んでいる。
吸着した天井に向かって僕の体が引き寄せられている。
てか、このままじゃ天井にぶつかる!
止まれ止まれ止まれ! と心の中で叫ぶと、光の縄はピタッと止まり天井に激突するという悲惨な未来は免れた。
一瞬の浮遊感に襲われた後、いまだにフックとやらは天井に張りついたままで、ぶらぶらと天井から釣られる格好となる。
なるほど、どんな道具かおおよそわかってきた。
「ようは【グラップリングフック】は魔法の鉤縄ってことね」
『フックを引っかけることができるのは壁や天井だけではなく物や生物にも吸着します。自身の体を吸着地点に牽引するだけではなく、吸着した物を引き寄せることもできます』
万能すぎるでしょ、このグラップリングフック。
探索が快適になるし、機動力も底上げできる。
何よりこれ、戦闘にもすごく活かせそうじゃない?
まだ具体的な使い方は思いついていないけど、直感でこの力は必ず僕の助けになってくれるとわかる。
こういう力を、僕はメニュー画面の新機能に求めていたんだ。
吸着の解除も意識すればできるようで、天井からフックを外した僕は、ストンと遺跡の地面に着地した。
もうすでにかなり心が満たされていたけれど、あと一つだけ紹介されていないクイックツールがあることを思い出す。
「それで、最後の四つ目のクイックツールはなんなの、ヘルプさん?」
かなりの期待を込めてヘルプさんに問いかける。
するとヘルプさんからの返答を受けて、僕は思わず遺跡に間抜けな声を響かせてしまった。
『四つ目は【エアグライダー】と言い、使用すると飛行ツールが背中に装着され、飛行が可能となります』
「はっ?」