第六十九話 「できることから」
「んっ? なんだかお疲れのご様子ですね、モニカさん」
「えっ?」
翌日。
今日も今日とて冒険者パーティー『祝福の楽団』として依頼を受けに行こうとすると……
集合場所に時間通りにやって来たヴィオラに、怪訝な顔をされてしまった。
僕は咄嗟に顔を逸らして、ペタペタと自分の顔を探る。
そんなに疲れた顔をしていたかな?
まあここ最近の黒妖精探しがしんどいのは確かだけど。
ファストトラベルでいつでも帰れるからって、限界まで時間を使って探索しているし。
そのことをヴィオラに悟られないように、僕は平静を装って彼女の方を振り向いた。
「疲れているように見えるかな?」
「はい、少しだけ。目の下にクマができていますし、肩もなんだかだらりとしています。昨日はあまり眠れなかったんですか?」
昨日と言うかここ最近はずっとそうだ。
ただこのことをヴィオラが知れば、絶対に手伝うと言ってくるので黙っておく。
本当なら時間をかけずに黒妖精探しを終わらせたいところなんだけど、それもなかなかに難しい話なんだよなぁ。
【セーブ】と【ロード】の機能を使って、その日だけで何度も色んな場所を捜索する方法ももちろん考えた。
けれど結局は新しい目撃情報が出てこない限り、全国各地を手探りで探索することになる。
まさに広大な砂漠から一つの砂粒を探し当てるかのごとく無謀な挑戦。
それならば大人しく新しい目撃情報が出てくるように、時間の流れのままに黒妖精探しをするのが賢明だとヘルプさんにも言われた。
「今日は冒険者依頼お休みにしましょうか? 急ぎの依頼もありませんし」
「いいや大丈夫! 今日も依頼頑張ろう。武器販売の方も順調だし、休んでなんかいられないよ」
冒険者依頼の傍らで、僕は引き続き定期的な武器の販売も行っている。
やはりスキル付きの武器は需要があるらしく、おまけに黒妖精探しの最中に別の魔物の素材が貯まるので武器製作の方はすごく捗っているのだ。
ただまあ、鍛冶メニュー解放直後は目新しさにお客さんがたくさん来てくれたけど、今の売れ行きは最初の頃に比べたら緩やかだ。
十日でおよそ500万ノイズは稼げていたけど、再び同じ額を稼ぐのにだいたい一ヶ月半は必要になるだろう。
それでも日々の積み重ねは大事で、稼ぐほどコルネットの呪いの解呪に近づいていくので休んではいられない。
「わかりました。では今日も冒険者依頼頑張りましょうか。でも、もし体調がすぐれなかったりしたらすぐに言ってくださいね! 最悪、私がおぶって運びますから」
「いや、ヴィオラの筋力でそれは無理があるんじゃ……。あっ、パーティーメニューで恩恵いじればいけるのか」
「それだけではありませんよ。つい先日とても珍しい自己強化魔法を習得したんです! 筋力、頑強、敏捷の恩恵値をなんと二倍にできる魔法なんですよ。ただ発動中は他の魔法が使用できず、効果が切れたらしばらく私が動けなくなっちゃうんですけどね……」
新しく習得した魔法を嬉しそうに教えてくれる。
もしかしてヴィオラがやっている修業って、色んな魔法使いの人たちの魔法を見ることだったりするのかな?
視認した魔法を習得できる【賢者の魔眼】のスキルを最大限に活用して、ヴィオラも僕と同じようにやれることを増やそうとしているのかもしれない。
考えることは同じなんだな、と密かに嬉しい気持ちになりながら、僕たちは冒険者依頼へと向かったのだった。
そして夜。
今宵も黒妖精探しの時間がやってきた。
今日も捜索場所は昨日と同じく、コード大樹海の奥地にある名も無き遺跡。
昨日で探索は済んだかと思ったけど、まだ調べ切れていない地下室があるとのことなのでまずはそこから確認していく。
それで痕跡が見つからなければ、ファストトラベルで別地方の探索に向かう予定だ。
「昨日も思ったけど不気味なところだよなぁ」
樹海の奥にひっそりと建つ遺跡。
月明かりがなければ真っ暗で、ジメジメとした空気が不快感を増してくる。
出没する魔物も骸骨やらコウモリやら恐ろしい姿の連中が多いし。
特別な用事がなければ来ようなんて絶対に思わない場所だ。
遺跡の中に入るとさすがに暗かったので、【アイテムメニュー】からランプを取り出して片手に持つ。
それでも暗くて先の方が見通せず、足元に注意しながらジリジリと進んでいると……
『人の気配です』
「うおっ、びっくりしたぁ」
突然ヘルプさんの声が脳内に響いた。
しかも緊急性があるとき特有の、ちょっと大きめの声だったので尚更びっくりしてしまった。
「って、人の気配? こんな場所に?」
『はい。この通路を進んだ先の広間にいます。詳しくは【マップ】メニューをご確認ください』
そうだ【マップ】メニュー開いてなかった。
黒妖精は目視で見つけるしかないので、【マップ】メニューは意味がないと開くのを怠っていた。
あと【セーブ】も一応しておかないと。遺跡の地下室を軽く確認するだけだけど、危険区域に入る時はセーブを欠かしてはならない。
僕にとって最大の命綱なので、この意識は大切にしておかないとね。
【現在の進行状況を記憶しますか?】
【Yes】【No】
セーブが済んだ後、僕は改めて【マップ】メニューを開く。
すると確かにヘルプさんの言う通り、マップ上に人を示す印があった。
奥の方の広間に三人。
こんなところで何をしているんだろうと疑問に思っていると……
「うわぁぁぁ!!!」
「――っ!?」
マップ上に映っている人のものと思しき叫び声が、通路の奥から響き渡ってきた。
その声音から差し迫った様子を感じ取った僕は、すぐに声のする方へ走り出す。
高い敏捷値から繰り出される俊足で、ものの数秒で広間へと辿り着くと、そこには武装した三人の男性がいた。
そしてうち一人は、背中から血を流して地面に倒れていた。