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第六十八話 「これからの目標」

 石造りの壁と床で囲われた部屋。

 壁の隙間からは苔がむしていて、床は埃にまみれている。

 所々で崩れた瓦礫が積もって小山を形成しており、足の踏み場もほとんどないほど部屋が散らかっている。

 そんな中で僕は、吹き抜けの天井から差す月明かりを頼りに、小山を崩しながらある探し物をしていた。


「ここにもいないみたいだね、ヘルプさん」


『過去の目撃情報から算出した出没予測地点ですので、遭遇を保障するものではございません。新たに出没予測地点を算出します』


 ヘルプさんのその声が脳内に響き、部屋には僕一人の声だけが虚しく木霊した。


 僕は今、とある遺跡に来ている。

 ポップス王国北部に位置するトランスの町。

 さらにその北側にあるコード大樹海の奥地に、木々に覆い隠させるかのようにひっそりと建つ名も無き遺跡がある。

 有益な採取品もなく魔物くらいしか現れず、人の出入りなどまったくない寂れた場所。

 そして現在時刻は日を跨ぐ手前。

 なぜ一人でこんな遅い時間に、こんな辺鄙な遺跡にやって来ているのかというと……


『次なる黒妖精デスピクシーの出没地点を予測しました。この部屋の西側にある広間へ向かってください』


「ありがとう、ヘルプさん」


 黒妖精デスピクシーという魔物を討伐し、その魔物から素材を得てシステムレベルを上げるためである。

 僕の持つスキル【メニュー画面】は、システムレベルを上げることで新たな機能を覚醒させることができる。

 自分の恩恵の数値を自由に変更できる【ステータス】メニュー。

 仲間の恩恵の数値まで変更できる【パーティー】メニュー。

 敵の位置などを地図上で示したり、ファストトラベルもできる【マップ】メニュー。

 あらゆる情報を参照して最適な回答をくれる【ヘルプ】メニュー。

 スキルを宿した特別な武器を作成できる【鍛冶】メニュー。


 これらはシステムレベルを上げたことで新たに得ることができた機能だ。

 そして僕はさらに機能を覚醒させて、冒険者として強くなろうとしている。

 一つ前の大きな依頼で、自分の弱さを痛感したばかりだから。


『ここまで連れて来てくれて、本当にありがとう。私に勇気をくれて、本当にありがとう。モニカ、ヴィオラ』


 神の愛し子であるライアの護衛依頼。

 その際に僕たちは、魔人集団アンサンブルと衝突した。

 そして集団の頭領である魔人ファゴットに苦戦を強いられて、最後には守るべきはずのライアに助けられてしまった。

 あんな悔しさは、もう二度と味わいたくない。

 今度こそ自分たちの手で、大切な人たちをちゃんと守れるようになるために。


 僕は、もっと強くなりたいんだ。


 もちろん妹のコルネットの呪いを解くのが一番の目的だけど、その後でちゃんと守ってあげられる力がないと意味がない。

 だから今一度、冒険者依頼を受ける傍らで、メニュー画面のシステムレベルの上昇に精力的になっているというわけである。

 剣術や体術の修業をするという方法ももちろんあったが……


『今から剣や身のこなしの技術を学び、実戦に活かせるようになるまでおよそ十五年は掛かります。加えてそれによる戦闘能力の向上も僅かしか見込めませんので、システムレベルの上昇を主眼に置くのを推奨します』


 小手先の技術や身体能力だけでは、そこまでの成長に繋がらないとヘルプさんにダメ出しされた。

 正直僕も、魔人たちと戦った時は多彩なスキルに翻弄されたので、対抗するには相応の能力が必要だと考えていた。

 そして結局僕の強みはメニュー画面しかないから、これの機能を増やして能力で対抗していこうと決めたのだった。


【システムレベルを上げますか? 必要素材:黒妖精デスピクシーの羽】

【Yes】【No】

 

 ただ、システムレベルが6になった段階で、対価として必要になるものがお金から魔物の素材に切り替わった。

 だから僕はヘルプさんにくだんの魔物の居場所を検索してもらい、目撃情報があったこの名も無き遺跡にやって来ているわけである。


「よいしょっと……うーん、この広間にもいなさそうだね」


黒妖精デスピクシーは目撃談の少ない希少な魔物となっております。繰り返しになりますが、長期的な捜索を心してください』


 ヘルプさんにそう言われて、僕はため息を吐きながらも捜索を続ける。

 黒妖精デスピクシー探しを始めて一週間。

 ファストトラベルの機能で全国各地に一瞬で移動できる僕が、目撃情報のあった場所を隈なく探しているというのに痕跡すらまだ見ていない。

 それもそのはずで、黒妖精デスピクシーはヘルプさんの言った通り目撃談の少ない珍しい魔物となっている。

 加えて自身への認識を阻害する『認識阻害』の力も持っているらしく、黒妖精デスピクシーは常にその能力を使って姿を隠しているとのこと。


 そこにいるはずなのに、いると認識できない魔物。

 目撃談が少ないのも当然で、長期的な捜索を覚悟するしかないのも頷ける。

 ならば【マップ】メニューを使って地図上で魔物の位置を特定すればいいではないかと思うかもしれないが、なんと黒妖精デスピクシーの認識阻害は【マップ】メニューの機能にまで干渉しているのだ。

 いくら【マップ】メニューを睨んだところで黒妖精デスピクシーの居場所は表示されない。

 だから黒妖精デスピクシーを発見するには、本来の見つけ方である『本体がいる場所を凝視』する必要がある。


 認識阻害のせいで姿は見れないが、実際には黒妖精デスピクシーは存在している。

 そんな黒妖精デスピクシーを凝視すれば、どうやら動揺して認識阻害の力が解けるらしい。

 そしてよく発見される場所が瓦礫の裏だったり部屋の隅らしいので、僕はその辺りを念入りに探しているというわけだ。


『繰り返しになって申し訳ございませんが、やはりお一人での探索ではなくヴィオラ様にもご助力いただいた方がよろしいかと思います』


 また一つ瓦礫の小山を崩していると、不意にヘルプさんがそう言う。


『デスピクシーの認識阻害はヴィオラ様の感知魔法も掻い潜ることができます。ですが単純に人手が増えれば発見の可能性をより高めることができます』


 無感情な声音に乗せられた冷静な指摘。

 まさしくヘルプさんの言う通りで、黒妖精デスピクシー探しは人手が増えるほど効率的になる。

 黒妖精デスピクシーは両手がナイフのようになっていて、気付いていない人間を後ろから刺す危険な魔物だが、ヴィオラならばそれにも対処ができる。

 だから捜索を手伝ってもらった方がいいとヘルプさんはまともな提案をくれたわけだが……


「これは僕が強くなるためにしていることだから、ヴィオラの手を煩わせちゃダメな気がするんだ。それにヴィオラの“邪魔”はしたくないからさ」


『ヴィオラ様の修業の件でしょうか?』


「そうそう」


 ヴィオラから直接聞いたわけではないけど、どうやら彼女も今は自主特訓に励んでいるらしい。

 昼間は僕と一緒に冒険者依頼を受けて、夜に解散した後に魔法の修業をしているのだとか。

 ちなみにこれはヘルプさん情報。

 まさかヴィオラも同じように、夜に一人で強くなろうとしているなんて思わなかった。

 どのような修業をしているのかまでは知らないけど、おそらくヴィオラもライアの一件が悔しかったのではないだろうか。

 そんな彼女の修業を、僕一人の都合で邪魔したくはない。


「僕も僕だけの力で、絶対に強くなりたいんだ。今度こそ大切な人をちゃんと守れるようになるために」


 ヴィオラが一人で修業をしているのなら尚更。

 そう返すとヘルプさんは『失礼しました』と言って口を閉ざした。

 と思いきや、すぐさまヘルプさんが口早に言った。


『後方から魔物です』


「うん、気付いてるよ」


 僕はそう応えながら後ろを振り返る。

 すると広間の入り口の方に、剣と鎧で武装した骸骨型の魔物が構えていた。

 数は三体。骨の口と首を小刻みに揺らしており、広間に不快な音が響き渡る。


「カカッ、カカカッ!」


「お前たちに用はないんだけど……」


 黒妖精デスピクシー探しの邪魔をするなら容赦はしない。

 僕は破損することのない自前の武器――【竜晶の短剣】を取り出し、斬りかかってくる骸骨たちを迎え撃った。

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