第六十七話 「強くなりたい」
『魔人ファゴットの絶命を確認。戦闘お疲れ様でした』
ファゴットを倒した後。
ヘルプさんからその報告を受けて、ようやくそこで緊張が解けた。
同時に力も抜けて、思わず地べたに座り込んでしまう。
「はぁ……はぁ……!」
「大丈夫ですかモニカさん!」
僕の怪我を心配したヴィオラが、すぐにこちらに駆け寄ってこようとした。
しかし反対側でもライアが同じようにして座り込んでいるため、ヴィオラは前後に視線を振りながらあわあわと慌てる。
僕は軽く首を振って『ライアの方に行って』と伝えると、ヴィオラはハッとした様子で頷いて後方へ駆けて行った。
みんな無事でよかった。
ここまで強い魔人が襲撃をしてくるなんて想定していなかったから、一時はどうなることかと思った。
いくら【ロード】で時間を戻せると言っても、メニュー画面を操作する前にやられたら終わりだし。
「すぐに治しますね、ライアちゃん」
「うん、ありがとう」
「……」
遠くでライアが治癒魔法で治療されるのを見ながら、僕は人知れず唇を噛み締める。
ライアが勇気を出して、自らの意思で魔人に立ち向かっていけたのはよかったと思う。
本人もいずれは自分一人で戦えるようになりたいと言っていたし。
僕たちもライアのその勇気に助けられて、ファゴットを倒すことができたんだから。
でも、ライアに助けてもらわなければ、あのまま負けていたという事実がとても不甲斐ない。
絶対に守ると約束したはずなのに、僕はたった一人ではあいつには勝てなかった。
ライアを守ることができなかったんだ。
「……くそっ」
強くなったと思っていたからこそ、今回の戦いが情けなく思えてくる。
僕は弱かった。小さな女の子たった一人守れないほどに。
このままじゃきっとダメだ。
弱いままだったら、本当に誰かを守りたい時に守ってあげられない。
今回はたまたまその相手がライアだったから助かったけど、もしこれが妹のコルネットだったとしたら……
「あの、大丈夫ですかモニカさん?」
「えっ? あっ、うん、大丈夫だよ」
気が付けば目の前にヴィオラがいて、隣には治療を終えたライアも立っていた。
そしてヴィオラは地べたに座り込む僕に合わせて膝を突き、治癒魔法の【ヒールライト】で傷を癒してくれる。
折れた左腕もしっかりと治り、何度か拳を握って具合を確かめてからヴィオラに伝えた。
「ありがとう、助かったよ。それとライアも」
「……?」
「勇気を出して助けに来てくれて」
改めてライアにもお礼をする。
するとライアはなぜか申し訳なさそうに目を伏せながら、謝罪の言葉を返してきた。
「こっちも、ごめんなさい。ずっと見てることしか、できなくて。二人のこと、いっぱい傷付けちゃった」
「それでも最後は勇気を振り絞って助けに来てくれたでしょ。ライアは変わることができたんだから、本当にすごいよ」
続けてヴィオラもライアと目線の高さを合わせて、笑みを向けた。
「とてもかっこよかったですよ、ライアちゃん」
「……そう、かな」
そう言うと、ライアは安堵したように大きく胸を撫で下ろした。
そして二度目となる純粋な笑顔を、僕たちに見せてくれる。
ライアは本当にすごい。
僕も、ライアのように変わりたいな。
今回の戦いで、自分がまだまだ弱いということに気が付けたから。
「では、身清ぎの儀を行いましょうか。またいつライアちゃんを狙って敵が襲ってくるかわかりませんし」
「そうだね。それが終わったらファストトラベルですぐに町に帰ろう」
そうだ、まだ護衛依頼は終わっていないんだ。
神の愛し子のライアは儀式を受けて、体の汚れを払わなければならない。
僕たちはそのためにここまでライアを連れて来たんだから。
魔人たちの介入で中断されてしまっていた身清ぎの儀を、改めて執り行うことにする。
ライアは再び山頂で一番高い場所に立つと、両手を合わせて祈りの形を作った。
彼女の体が仄かに光り、胞子状の光が全身から溢れて風に攫われていく。
「これが、身清ぎの儀……」
神の愛し子が下界で蓄積した汚れを払うための儀式。
これでライアは、神聖な恩恵に適した肉体に清められたということだ。
しばらく肉体の汚れと神聖な恩恵の拒否反応で苦しむことは無くなる。
神の愛し子の護衛依頼は、これで完全に達成された。
やがて光が収まると、ライアはこちらを振り返り、改まった様子で僕たちに頭を下げた。
「ここまで連れて来てくれて、本当にありがとう。私に勇気をくれて、本当にありがとう。モニカ、ヴィオラ」
――――
ライアの身清ぎの儀が無事に終わった後。
マップメニューのファストトラベル機能を使って、バラードの町に帰ってきた。
そしてそこのギルドにライアを連れて帰り、護衛依頼の報告をする。
魔人集団アンサンブルに襲われたことも知らせると、思わぬ反応が受付さんから返ってきた。
「ア、アンサンブルのファゴットを倒したのですか!?」
「は、はい……」
驚きながらも頷きを返すと、カウンターの奥側にいるギルド職員さんたちも驚愕の顔でこちらを振り向く。
次いでギルド内がざわつき、あちこちから視線を感じるようになった。
ここまで大事になるとは思わなかった。
ファゴットって実はこの国ではそれなりに名前が知られていた魔人だったのかな?
トランスの町やバラードの町があるポップス王国ではあまり活動していなかったのでよくわからない。
念のためにファゴットの腕から頂戴した鱗を証拠として提示すると、受付さんは慌てた様子で『少々お待ちください』と言い残して奥へと走っていった。
それからの出来事である。
受付さんはギルドの支部長さんという人を連れて来て、改めてその人に詳しく事情を話すことになった。
そして支部長さんは今回の件の確認が取れ次第、追って懸賞金を贈呈してくれると約束を交わしてくれた。
聞けばファゴットは、この辺りでは魔人集団の頭領として危険視されており、莫大な懸賞金が掛けられていたとのこと。
ファゴットの手に掛けられた冒険者も数多くいるようで、足取りを掴むのも難しかったため対処に困っていたそうだ。
その魔人から神の愛し子ライアを守り、さらには討伐まで成功させたとしてギルド側から感謝の言葉を嵐のようにもらった。
また、魔人の襲撃を予期できず祝福の楽団を危険に晒してしまったことについても謝罪の言葉をもらった。
終わりよければすべてよしなので、僕たちはそこまで気にしていないけど。
おそらく今回の件はまた広く知られることだろうと言われて、僕とヴィオラは嬉しいような恥ずかしいような気持ちになった。
「改めてこの度は、神の愛し子ライア様を魔人たちから守っていただき、誠にありがとうございます!」
以上で依頼報告は終わりとなる。
そしていよいよライアともお別れの時となった。
ライアはギルド職員さんの方へ歩いて行き、改めて僕たちも気持ちを伝える。
「少しの間でしたけど、一緒に旅ができてすごく楽しかったです」
「もしまた身清ぎの儀を受けなきゃいけなくなった時は、いつでも僕たちを頼ってよ」
リミックス高山の麓までは、もうファストトラベルで一瞬で連れて行ってあげられるからね。
危険域への転移はワールドマップ上で選択するだけで、入口までしか行けないから、山頂までは歩いて行くことになるだろうけど。
でもファゴットやアンサンブルのような厄介な敵も、そう頻繁に出てくることはないだろうし、次からは随分と楽に儀式を受けられるんじゃないかな。
そう言うと、ライアは『うん』と頷いてまた笑みを見せてくれた。
そして僕たちはギルドから立ち去ろうとする。
確かな寂しさを胸に抱きながら、ライアに背中を向けようとすると……
「あ、あの……!」
「「……?」」
不意にライアが、僕たちのことを呼び止めてきた。
後ろを振り返り、何か言いたげな顔をしているライアを見つめる。
「ま、まだ、魔物は怖くて、上手く戦うことはできないけど、もし勇気を持ってちゃんと戦えるようになったら……」
ライアは力強い声で、僕たちに決意を表明した。
「私は、冒険者になる。冒険者になって、今まで助けてくれた人たちに、精一杯の恩返しをする」
「……」
自分はいつまで経っても、弱虫で臆病だと言っていたライアが。
これから先、自分が戦えるようになれるなんてまったく想像できないと吐露した彼女が。
確かな自信を持って、冒険者になると言ってくれた。
それだけでも充分に、ライアの成長を肌で感じることができた。
「いつか、モニカとヴィオラの力にも、絶対になるから。その時まで待ってて」
「うん、そうなったらすごく心強いよ!」
「頑張ってください、ライアちゃん」
将来、とてつもなく頼もしい仲間ができるかもしれないと、僕たちは嬉しい気持ちになったのだった。
――――
「というわけで、一件落着ですね」
ギルドでの報告を終えた後。
僕とヴィオラは依頼成功の祝いも兼ねて、近くの酒場で食事を取ることにした。
その道すがら、ヴィオラはいつになく明るい笑みを浮かべながら、依頼の感想を述べる。
「一時はどうなることかと思いましたけど、みんな無事に終わって本当によかったですね。依頼報酬もたくさんいただきましたし」
ライアの護衛依頼の報酬は通常の依頼と比べて莫大なものとなっている。
それにのちに入ってくるだろうファゴット討伐の臨時収入も合わさると考えると、頬の綻びも当然のものと言えた。
これで一気に貯蓄が増える。
けど、僕の心中はあまり喜びに満たされてはいなかった。
募る思いは、仲間に対する心苦しさばかり。
「…………ごめんね、ヴィオラ」
「えっ、何がですか?」
「ヴィオラにも苦労を掛けさせちゃって」
ファゴットたちとの戦いで、僕は仲間を危険に晒してしまった。
僕がもっと強ければ、ライアに怪我をさせることもなかったし、ヴィオラに無茶をさせることだってなかった。
自分の弱さを、今一度痛感させられた。
「だから、本当にごめん。僕がもっと強ければ、二人を危険に晒すこともなかったのに……」
「……それを言うなら、私もですよ」
不意にヴィオラが、悲しげな声を漏らす。
見ると、ヴィオラは浮かべていた明るい笑みを失くし、どこか申し訳なさそうに顔に翳りを作っていた。
まるで今の僕と同じように……
「私も、あの魔人二人にまったく歯が立ちませんでした。魔術師として、仲間として、モニカさんの援護をしなければならなかったのに、自分の役目もまともに全うできずに……。経験不足を改めて痛感しました」
悔しさからか、ヴィオラの両拳が力強く握りしめられていく。
彼女も僕と同じ気持ちだったんだ。
自分の不甲斐なさに情けなくなって、仲間を危険に晒したことに心苦しさを感じている。
いつになく明るい笑みを浮かべていたのも、おそらく悔しさを紛らわすために、あえて明るく振る舞っていたんだ。
強くなりたいと思っているのは、僕だけじゃない。
「ですから、これから一緒に強くなりましょう。大切な人を守りたいその時に、ちゃんと守ってあげられるように」
「……うん」
僕たちは今回の戦いで、自分たちの弱さに直面し、これから一緒にもっと強くなっていこうと、同じ決意を抱いたのだった。
第三章 おわり