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第六十六話 「勇気」


 アルモニカとヴィオラが追い詰められている姿を、ライアは裏空間から見ていた。

 裏空間からでも表空間の様子は確認することができる。

 この魔法の本来の所持者である魔人パンデイロは、この特性を利用して表空間の冒険者に奇襲を仕掛けていた。

 しかしライアの場合はヴィオラに保護される形でこの場に残されたので、二人が傷付けられている光景をただ見ていることしかできない。

 そのため精神的な負荷は計り知れないものになっていた。


「モニカ、ヴィオラ……!」


 ライアは人知れず唇を噛み締める。

 何もできないでいることに大きな罪悪感を抱いていた。

 そもそも魔人たちは自分のことを狙って襲撃を仕掛けてきた。

 神の愛し子だからと魔人集団の長に狙われて、二人は護衛として自分のことを逃がしてくれた。

 その二人は今、自分を守るために魔人たちと戦い、傷を負わされている。


「い、嫌……!」


 もう誰にも、迷惑をかけたくないと思っていた。

 自分のせいで誰かが傷付くのはもう嫌だと思っていた。

 それなのにまた、自分を守るために他の誰かが傷を負わされている。

 悔しい。情けない。自分が許せない。

 何より、莫大な恩恵を持っているのに、臆病なせいで魔物や魔人に立ち向かえずにいるのがすごく心苦しかった。


(どうして、私は……)


 こんなに……こんなに弱いんだ……。

 親友のリラが魔物から庇ってくれた時も、冒険者たちが護衛をしてくれた時も。

 自分は誰かの後ろに隠れることしかできていない。

 不幸を呼び込んでいるのはいつも自分だというのに。

 もう嫌だ。目の前で誰かが傷付けられるのは。誰かに迷惑をかけてしまうのは。


『少なくとも僕たちは、ライアのことを迷惑だなんてまったく思ってないよ』


 その時――

 アルモニカの優しい声が、頭の奥で蘇った。

 こんな自分のことを優しく慰めてくれて、傷付きながらも守ってくれた。

 迷惑をかけたと思ったのなら、その分のお返しをすればいいとも教えてくれた。

 そしてその後に聞かせてくれた言葉が、ライアの臆病な背中をそっと押してくれた。


『焦らずにゆっくりと、自分にできることを考えていけばいいと思うよ』


(……自分に、できること)


 今の自分にできることは、たぶん少ないと思う。

 魔物や魔人はいまだに怖いし、体だって震えているから。

 でも、優しく慰めてくれたアルモニカの力になりたい。

 自分のことを度々気に掛けてくれたヴィオラを助けたい。

 そのために今、自分にできることは……


『五分が経ったら表空間に強制的に戻されてしまいます。そうなった時はライアちゃん一人で急いで逃げてください』


 ライアは、アルモニカからもらったナイフを懐から取り出して、勇気を少しだけ分けてもらった。




――――




 ファゴットの重い蹴りを受け止めて、押し潰されそうになっているその時――

 不意に奴の後ろの空間が、陽炎のように不自然に揺らぎ始めた。

 ファゴットの何らかの能力……ではない。

 奴はその空間の揺らぎに気付かずに、空中にとどまったままこちらに脚を押し付け続けている。

 直後、空間の揺らぎから、突如として茶色の髪の少女が飛び出して来た。


「モニカ!」


「――っ!?」


 それは、神の愛し子ライアだった。

 裏空間にいたはずの彼女は、僕が渡したナイフを持ちながら表空間に戻って来た。

 そしてナイフを両手で振りかぶり、ファゴットの背中へ飛びかかるように真一文字に斬りかかる。


 ガンッ!


「――っ!」


 僕が渡したナイフは、ファゴットの肉体を貫くことはなかった。

 しかし刃に乗せられた神の愛し子ライアの力が、ファゴットを遠方へと吹き飛ばす。

 そのおかげで押し潰されそうになっていたところを助けられて、僕は呆然とライアを見つめた。


「ラ、ライア、魔人が怖くないの……?」


「わ、私も、一緒に戦う……! もう見てるだけは、嫌だから……!」


 言うや、彼女はジャグとカバサに襲われているヴィオラの元へと走り出して行った。

 凄まじいほどの俊敏性。

 瞬く間にジャグの背後へと肉薄する。


「なっ――!?」


 奴は遅れてライアの接近に気が付き、咄嗟に距離を取ろうとする。

 だが、それよりも早くライアの刃がジャグの背中を捉え、深い一本傷を刻み込んだ。


「ぐあっ!」


 ジャグが倒れたのを見た後、次いでライアは上空のカバサに目を向ける。

 その直後、右手を振りかぶり、力強く何かを投げつけた。

 それは、いつの間にか握りしめていた石だった。


「うっ!」


 もはや矢のような速さで放たれた石は、カバサの腹部にめり込んで打ち落とした。

 ただの石とはいえ、愛し子の怪力によって投擲されればその威力は計り知れない。

 まさに一瞬のうちに、ヴィオラを苦しめていた魔人の二人を打ち倒してしまった。

 ……強い。


「調子に乗るなよ……!」


「――っ!?」


 刹那、ライアの背後にファゴットが現れた。

 奴は額に青筋を立てながら、鋭い蹴りをライアに浴びせる。

 大柄な魔人に対してライアの小さな体はあまりにも軽く、凄まじい勢いで吹き飛ばされてしまった。


「ライア!」


「うっ……ぐ……!」


 神の愛し子の恩恵があるとはいえ、相手もまた規格外の強敵。

 一撃で力尽きるということはなかったが、ライアは立つこともままならなくなってしまった。


「餌の分際で我らに楯突くとはな。楽に死ねるとは思わんことだ……!」


 ファゴットの魔の手がライアに迫る。

 そこにすかさずヴィオラが割り込もうとするけれど、精神力の消耗が激しく動ける体力も残されていなかった。

 僕が行かないと……!


「――っ!」


 刹那――

 不意にファゴットが、顔をしかめて足を止めた。

 同時に奴の体に異変が起きる。

 鈍色に染まっていたファゴットの肉体が、徐々に人肌のそれに戻っていった。

 外皮の硬質化に伴う変色だったはずだけど……


「な、なんだ、これは……!? 【硬化】が使えん……!」


 ファゴットが自ら解いたような様子はなく、奴にとっても想定外の事態のようだ。

 奴の体に何が起きているんだ?


『ライア様のスキル、【寵愛の加護】の効果です。危害を加えてきた魔物や魔人の恩恵を弱めるというものになっております。伴ってスキルの発動も困難になり、魔人ファゴットは【硬化】を維持することができなくなったのです』


 攻撃してきた魔物や魔人の恩恵を弱体化。

 それがライアの持っているスキルの効果なのか。

 彼女に危害を加えれば罰が下るという、まさに神に愛されている少女らしい力。

 硬化が解けた今なら……!


「行って、モニカ!」


 ライアの声に後押しさせるように、僕は右手のナイフを力強く握り直して走り出す。

 彼女が作ってくれたこのチャンスを、絶対に無駄にはしない!

 ファゴットもそれを気取って咄嗟にこちらを振り返り、鱗に覆われた両腕を構えた。


「舐めるな、人間風情が!」


 僕なんかスキルを使わずとも倒せる、とでも言いたいのだろう。

 硬化が解けてなお、強気に前に出て来る。

 竜の鉤爪で鋭い貫手を放って来るが、僕は体を逸らして紙一重で躱した。

 折られた左腕が痛む。ヒビの入った右腕も満足に動かせずにいる。

 気を抜けば今にでも倒れ込んでしまいそうだ。


【ロード】をして時間をやり直す、という選択肢も脳裏をよぎった。

 しかし僕は時間を巻き戻すことはせず、このまま戦いを続行することに決めた。

 もし時間を戻して奴らへの対策を万全に済ませたとしたら、おそらく戦況は好転するだろう。

 しかし今回のように、ライアが勇気を振り絞って助けに来てくれることが無くなるかもしれない。

 僕が少しでも行動を変えた場合、他の人の行動もまるっきり変わってしまうことを僕は知っているから。

 だから僕はやり直さなかった。

 他でもないこの瞬間……この戦いにこそ、きっと何か大きくて特別な意味があるはずだから。


 今、ここで、絶対に勝ってみせる!


「は、あああぁぁぁぁぁ!!!」


 ファゴットの一撃を躱し、素早く奴の懐に潜り込む。

 硬質化が解けて人肌に戻った腹部に狙いを定めて、右手のナイフを力強く突き込んだ。

 硬化によって阻まれていた刃が、『ドッ!』と深々と突き刺さる。


「ぐ……あっ……!」


 それでも足りないと思った僕は、すぐにナイフを抜いて体を回転させる。

 その流れのままナイフを一閃し、奴の首を真一文字に斬り裂いた。

 ファゴットは腹部と首から多量の鮮血を散らす。

 そして糸の切れた操り人形のように、力なく地面に倒れたのだった。

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