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第六十五話 「捨て身」


「なっ――!?」


 なんだ、いきなりファゴットの肉体の色が変わった。

 人肌だった胸部と赤い鱗に覆われていた両手脚が、鋼のような鈍色に……


「行くぞ」


 瞬間、ファゴットが驚異的な速度で迫って来る。

 体の変質に一瞬は気を取られたが、研ぎ澄まされた反応速度で奴の動きを見切った。

 突き出された鉤爪を横に飛んで躱し、即座に地面を蹴ってファゴットに肉薄する。

 先ほどよりも直線的な一撃。力も入っており、攻撃後の隙が大きくなっている。

 今なら奴の胸元に、全霊の一撃を叩き込める。

 鱗に覆われていない人肌の部分なら、一撃で致命打を与えられるはずだ。


「う……らあっ!」


 千載一遇のチャンスを逃すまいと、僕は力の限り短剣を突き込んだ。




 ガンッ!




「うっ……」


 ……硬い。

 竜晶の短剣の切っ先は、確かにファゴットの胸元を捉えていた。

 だが、刃先はそこでピタリと止まってしまっていた。

 鱗の腕で防がれた時以上の硬さを感じる。

 先ほどまでは人肌と変わらない外皮をしていたのに。

 何より奴はそこへの攻撃を防ぐように鱗に覆われた腕を盾代わりにしていたじゃないか。

 いったいファゴットは、何をしたんだ?


「勝った気でいたか?」


「――っ!?」


 ドゴッ! と強烈な痛みが腹部に走る。

 その衝撃で後ろに飛ばされて、岩肌の地面に転がされた。

 神速で放たれた蹴り。

 奴の硬さに驚いていたあまり、僅かな隙を突かれてしまった。


「この程度の擦り傷を付けたくらいで調子づくとはな。まだまだ青い」


 ファゴットは呆れたように肩をすくめて、身構えることなく余裕綽々とこちらに歩んで来る。

 そこから絶対的な自信を感じ、僕はその気迫に気圧されながらもナイフを構えた。

 どうして攻撃が効かなかったのか、まずそこから見破らないと。


『魔人ファゴットは【超人術】というスキルを持ち、それによって【硬化】という武術系スキルを習得しています』


 ヘルプさんが僕の疑問を聞き取って、ファゴットの解析を進めてくれる。


『【硬化】の発動中は全身の外皮が硬質化し、並の刃や火では傷一つ付けられません。他にも体の一部の重量を増幅させる【重化】や、体温を熱鉄並に急上昇させる【熱化】のスキルもありますのでご注意を』


 という説明を受けながら、ファゴットの正面からの貫手を紙一重のところで躱した。

 ヘルプさんの解析結果を聞いて、奴が直線的に仕掛けに来たのも納得する。

 全身を硬質化させる【硬化】のスキル。

 これだけ強固な肉体があれば、敵の反撃を恐れる必要もない。

 だから今の一撃も、小細工なしで真正面から仕掛けに来たんだ。

 無敵の肉体を利用した反撃知らずの型破りな戦型。

 やりづらい……!


「はあっ!」


 それでも負けじと迎撃するようにナイフを振るう。

 しかしそれらは硬質化された皮膚ですべて弾かれてしまった。

 攻撃が通らない。【不滅】のスキルによって刃こぼれ一つしないが、このままじゃ埒が明かないぞ。

 むしろ消耗されていくのは僕の体力だけなので、戦況は少しずつ不利な局面に傾きつつある。


「はぁ……はぁ……!」


 こうなっているその訳を、僕は薄々だけど勘づいている。

 僕には、決定打がない。

 ヴィオラが放つ、破壊力のある魔法のような一手が。

 事実、ヘルプさんもこう言っている。


『現状、アルモニカ様が魔人ファゴットの【硬化】を打ち破る術はありません。武術系スキルの使用に必要な“体力”が尽きるのを待つのが最善かと』


 とりわけ僕の戦闘の要になっているのは、ステータスメニューで数値を変動させた恩恵の力だ。

 もっと言えば“1000”まで数値を上昇させた筋力恩恵値である。

 その力は確かに凄まじいが、恩恵はあくまで身体能力を強化するだけだ。

 空が飛べるようになるわけじゃないし、火が起こせるわけでもないし、常識を超えた剣術を扱えるわけでもない。

 残酷だけど、人より少しすごいことができる、程度のことしかできないんだ。

 そしてファゴットの硬質化された肉体を貫くためには、身体能力以外の何かが必要になる。


「くっ……!」


 戦闘系のスキルを持ち合わせていないことが心底悔やまれる。

 剣の鋭さを増す武術系スキルや、破壊力のある魔法系スキルでも使えたら、ファゴットの【硬化】のスキルを突破する糸口が見つかったかもしれないのに。

 様々な機能を併せ持っている【メニュー画面】は確かに便利だけど、あくまでこれは補助系統のスキルで、戦闘に特化されたものではない。

 だからどうしたってこの辺りが限界になってくるんだ。

 強力な戦闘系スキルを持っている魔人と対峙して、改めてそれを痛感させられた。


「向こうもじきに終わりそうだな」


「えっ……?」


 ファゴットが横目に見る先では、ヴィオラが魔人の二人と戦っていた。

 そこには、当初僕が想像していたものとはまったく違う光景が広がっていた。


「オラオラ! そのくだらねえ殻から引き摺り出してやるよクソガキ!」


「それが無くなり次第、すぐに八つ裂きにしてあげる!」


「うっ……くっ……!」


 彼女は、ジャグとカバサに翻弄されていた。

 地上ではジャグが俊敏に攻撃を仕掛け、空中からはカバサの羽の刃が飛来している。

 防護魔法の【パーソナルスペース】によってヴィオラ自身は無傷だが、その障壁も二人がかりによる猛攻ですぐに崩壊寸前になり、新しい障壁を何度も強制的に張らされていた。


 障壁をボロボロにされて、新しい障壁を張り、またすぐに障壁をボロボロにされる。

 反撃をしようにも、障壁の張り直しだけで精一杯。

 下手をすれば障壁魔法が間に合わずにダメージを受けることになるので防戦一方になっていた。

 複数体の敵を同時に相手にした経験が少ないことも、彼女の劣勢の原因になっているのだろう。

 スタミナだけが減り続けている僕と同じように、ヴィオラも精神力だけがジリジリと削られ続けていた。

 このままじゃ、二人ともまずい……!


 ここは一度【ロード】をして時間を戻し……


「【重化】」


「――っ!」


 交戦していたファゴットが、突如として飛び上がり、大振りな蹴りを振り下ろしてきた。

 ここまでの戦闘では見せてこなかった大胆な択。

 そのせいで一瞬だけ気を取られるが、反応が遅れてもギリギリで躱せる程度のもの。

 と思いきや、ファゴットが振り上げた脚は想像以上の速さで落ちてきた。

 避ける暇もなく、僕は咄嗟に両腕で蹴りを防ぐ。

 だが……


「うっ……!」


 とてつもない衝撃と、それに伴う激痛が両腕にのしかかってきた。

 ……重い。

 まるで、樹齢千年を超える長寿の大木が、そのまま腕に倒れてきたのかと思うほどだった。

 そのあまりの衝撃に僕が立つ地面は軽く陥没し、そこを中心に周囲がヒビ割れていた。

 当然、受け止めた僕の腕も無事ではない。

 頑強の恩恵値もそれなりに上げているはずなのに、この一撃だけで右腕の骨にはヒビが入り、左腕は完全に折れているとわかった。


 まさかこれがヘルプさんの言っていた【重化】のスキル?

 ただ体の一部の重量が増すだけだというのに、遠心力と重さで破壊的な攻撃力になっている――!

 重さがここまで攻撃力に直結しているなんて……


「潰れろ、愚かな冒険者」


「ぐっ……うぅ……!」


 ほぼ右腕一本で、ファゴットの重い脚を受け止め続けるのは至難の技だった。

 このままじゃ押し潰される。

 ヴィオラの加勢も望むことができず、僕は強く歯を食いしばりながらファゴットを見上げることしかできなかった。

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